はじまり
アクセスありがとうございます。
一度は描いてみたかった中二系異能バトルファンタジー。執筆は一年くらい前の作品ですが、色々乗せるついでにこいつも連載することに。
一応一区切りつくところまで、原稿用紙で三百枚分くらいは執筆しているので、コンスタンスな投稿ができると思います。とりあえず三日に一度は投稿するつもりです。
どうかよろしくお願いします。
寝坊をした。
跳ね上がるように起床して置時計を確認する。洗顔や歯磨きをすっ飛ばして、ようやく間に合うかという時間だった。この一ヶ月でもう既に七回はこんな状況に陥っており、内の五回は結局間に合わなかった。ずぼらな自分が嫌になる。
最初の数回は遅刻なんか全然気にしていませんという表情をしていたのだ。とろくさい奴だと思われたくなかったからである。しかし二回三回と繰り返すごとに焦燥が生じ始め、習慣化したここ最近は、息を切らして校門をくぐるのが日課になった。窓から見詰めるクラスメイトの嘲弄するような視線に気付いた時には、足が震えて動かなかった。
すぐに洗面台へと駆け込んで歯ブラシをくわえる。ぞんざいに歯にあてがいながら、ぼくは大急ぎで身支度を開始した。どんなに急いでいても、その所為で間に合わなくなると分かっていても、ぼくはどうしてもこの歯磨きを欠かせないでいる。中学校の頃、口が臭いとみんなの前で言われたのが全ての原因だ。なんの根拠もない言いがかりであっても、クラスメイト全員に手を叩かれてはやし立てられれば、脳裏に焼きついて離れなくなる。
始業チャイムまで後十分もない。焦燥にまみれたぼくは靴下もはかずに鞄を引ったくり、転びそうになりながら家の扉を空けた。
人が倒れていた。
自動車の軍団の中央で、その人物は見るからに危なっかしい。道路の端っこ、透き通るような銀髪をぶわりと広げさせたその少女は、真っ白い肌を晒してうつぶせに倒れていた。
「君っ」
ぼくは咄嗟に少女に駆け寄った。その隣を大型トラックが走りぬけ、クラクションを鳴らす。驚いてそちらを一瞥すると、あからさまに邪魔そうな顔でたばこをくゆらせていた。早くどけろというのだ。ぼくは無我夢中でうつぶせに倒れる彼女の体を持ち上げた。
今にも溶け出しそうに熱くなったその体からは、如何なる力も霧散していて、まるで人形のようだった。熱を帯びた息は荒く、その顔つきは天使のように愛らしい。通常、こんな少女が裸で倒れていれば性犯罪を疑ってしまうが、少女の体には道路の砂以外に汚れや外傷の類はなかった。
不器用に家の前まで少女を運び込み、もう一度彼女の顔を確認した。汗をかいて赤くなった少女は、苦悶の表情を浮かべると、こちらを確認するように潤んだ瞳を開かせる。しっとりと熱い体だった。
ここで「大丈夫だよ」と頼もしく胸を叩いてやれたら良いのだろうが、ぼくは冷静さを一つも持てずにいた。服を着せてやることが頭をもたげ、家の扉を開けようとして両手がふさがっていることに気付き、片手を空ければそこでようやく携帯電話に手が伸びた。こんな熱を出しているのだから、救急車を呼ぶしかない。
「あら。イナイくん」
と、ぼくの背後から声がした。
「もうこんな時間だよ、また遅刻する気? ……それよりその子はどうしたの? 裸じゃない」
自転車にまたがって、心配げな瞳でこちらを覗き込むのは、隣に住んでいる朝日奈だった。ぼくは突然声をかけられたこととポケットに携帯電話が入っていなかったことに飛び上がり、裏返った声で返事をした。
「ぎゅうぎゅっ。あざひな。その……救急車を……」
頼もしい人物の登場に、ぼくは少しだけ落ち着いて後ろを向いた。朝日奈は困惑した面持ちで少女とぼくとを見比べて、それから神妙な顔でポケットの中に手を突っ込む。携帯電話を取り出すためだ。
「家を出たらこの子が道路で寝てて……。すごい熱で。どうにかこっちまで運んだんだけど……ああ、乱暴されたとかじゃないみたいだよ」
やっぱり朝日奈はぼくと違ってしっかりしている。こんなろくでもない事態になっても、すぐに落ち着いて行動できる。思えばこいつには助けられてばっかりだ。ぼくは心底安心した面持ちで溜息をつくと、顔をあげて朝日奈の方を見た。
大きな刃物を高く振り上げた朝日奈が、自転車を蹴り捨ててこちらに向かっていた。
「なっ」
思わずぞっとするような無表情にこちらに飛び込む朝日奈を見て、ぼくは少女を抱え込んで身をすくませるしかできなかった。振り下ろされる大きな刃物が、ぼくの右肩に深々と突き刺さる。全身が無様に痙攣し、あまりの痛みに絶叫をあげた。
「痛い、いい痛い痛い痛い! うわーっ!」
ぼくはその場を振り返り、引き抜いたナイフを再び掲げる幼馴染を見やった。信じられないくらいの冷たい無表情に、力なく手を振り回していた左手が固まる。朝日奈は目が据わっていた。
「そいつを放して」
ぼくは困惑した。ナイフを突き刺された右肩が疼く。蛇口を捻ったようなおびただしい血液が、ぜぇぜぇと息を吐く少女の腿の辺りを濡らしていた。
「何を言っているんだ、朝日奈。この子はさっき倒れてた……」
「放せと言っている」
ぼくの言葉を無視するように、朝日奈の声が重なった。冷たい声色に全身が震える。
「だ。だから……」
何かがおかしい。
「この子をどうするつもりなのさ。だ、だってそんな怖いもの……向けられちゃそんなことできないよ……。どうしちゃったのさ、朝日奈。どうしてこんなこと……」
朝日奈の目はこちらに向いてはいなかった。ぼくを認識してはいるのだろうけれども、それは本当にどうでも良いものを視界の端に捉えるような、その程度のものでしかない。人が変ったような冷徹な視線は、ただの一点、ぼくの腕の中の女の子に対して向けられていた。
「所在は不明と言っていたが、あれはすぐに書き換えておこう。この状況についても、すぐにスレッドを立ち上げなければならないな。だがしかしおまえをここでどうするかについては、誰かからレスポンスをもらう必要もない。テンプレートで殺害すると決まっている」
「な、何を言って……」
「しらばっくれるな、『イニーツィオ』の女」
びくりと、ぼくの腕の中で女の子が微かに震える。
「そいつを放せと言っている」
気が付けば、女の子はすがるようにぼくのズボンの腰周りを掴んでいた。熱を帯びた体をぎゅっと押し付けて、弱々しくこちらにしがみ付いて来る。この子はいったい……。
「ああ、朝日奈。ちょっと待って。まずは話を」
「話をしても無駄なようだな。ならばそいつごと殺してやる」
朝日奈が振り上げた刃物で飛び掛る。ナイフというにはあまりに巨大で、無骨な刃物には、有無を言わせぬ威圧感があった。頭上めがけて振り下ろされる凶器にぼくは、息を詰まらせ身をよじるしかない。
躊躇ない刃がぼくの頭に食い込むその直前、庇うようにした女の子が何かを呟いた。次の瞬間、視界が白い光に塗りつぶされると、血を吐くような閉塞感の訪れと共に、ぼくの意識はどこかへと霧散していった。
アクセスありがとうございます。
短めの導入部。とりあえずここまでで、という訳にもですので。今日のところはもう一話分投下しておくことに。
これからもお付き合いいただけると幸いです。