一通の手紙
「素直に褒めてさしあげたらいいのに。」
マドルフの書斎に入るなりエプロンをまとったアテナがお茶を置きながら言った。
「聞いておったのか。」
「聞いてたんじゃなく“聞こえた”んですよ。」
綺麗な顔がにこりと微笑んだ。
「昔から変わらないって、昔から優しい子だって言いたかったんでしょう?」
「さぁの。」
少し濁しながら答えるマドルフにアテナはふふふと笑った。
アテナもまた、マドルフに憧れてこの塾に二年前入った。
今は勉強する以外に時々こうやってマドルフの身のまわりの世話をしたりする。
部屋を掃除をしたりお茶を淹れたり書類の片付けを手伝ったり…。
毎日が楽しくて楽しくて仕方がない。
ここに来てよかったと本当に思う。
それに……
彼にも会えるし、ね。
「ん?それわしのことか?」
「違います!そんなわけないじゃないですか!・・・って何で私の心読んだんですか!魔法ですね!?なんか心読む魔法ですね!?いやらしいですよ!」
手で顔を覆い、いかにも気持ち悪いものを見るめでアテナはマドルフを見る。
「あれ?それ。憧れている人に対して言うこと?ってそんな魔法使ってないわい!そちが勝手に口で語り出したんじゃ!」
「あれ?私ったらまた言っちゃってました?すみません。」
顔を少し赤らめて言う。
アテナはこの塾一の美少女だが、どこか少し…いや、かなり抜けている。
無自覚のかなりの天然じゃ。
「マドルフ先生。聞こえてます。何失礼なこと言ってるんですか。私は天然じゃないですよ。」
「おっと、すまん。歳でのぉ…。ついつい…。」
「いえ。絶対わざとでしょう。」
じっとアテナに睨まれたがマドルフは気にせず話しを変えた。
「ん?このお茶どこのじゃ?」
いつものお茶の香りと違うことに気づいたマドルフはアテナに尋ねる。
「新商品でしたので試しに買ってみたんです。」
「ほぉー。」
マドルフはお茶の香りを十分堪能してから、お茶をすすると満足そうに微笑んだ。
「香りも味もいい。気に入った。」
「それは良かったです。」
にこりと美しい顔が嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、サンザ草は見つかったのですか?」
サンザ草とは薬草のことで、この季節になるとよく生える。
頭痛や風邪薬などいろいろな症状によく効く、万能薬とも言われている薬草なのだが、植物には珍しく太陽の光を嫌い、昼は土のなかにいて、真夜中になるとにょきっと生えてくる。
かなり珍妙な薬草だ。
マドルフは昨日の夕方からこれを取りに出かけていた。
そして帰って来ると…まあ、火事の件を聞いたのだ。
「ああ。思ったよりたくさん取れたわい。」
満足そうにあご髭を撫でながら言った。
「それはよかったですね。あっ、それとマドルフ先生。先生宛てに手紙がきていましたよ。」
そう言ってエプロンのポケットから何通か手紙を出しアテナは手渡した。
「おお。ありがとう。」
手渡された手紙を見ていく。
ふと一通の手紙が目に留まったかと思うとマドルフの顔色が変わった。
「先生………?」
「……………ご苦労じゃった。もう下がって良いぞ。」
先生の異常な表情に少し心配になったが、そう言われれば出るしかない。
アテナはマドルフに一礼すると黙って書斎から出た。
モヤモヤしたものが心の中で渦巻く。
先生のあの表情…。
何か嫌な予感がする…。
そう思ったが、あまり変なことは考えてはいけないとモヤモヤした気持ちを無理やり追っ払ってアテナは廊下を歩いて行った。
アテナの嫌な予感は当たります。