遭遇
消えたユキを追いかけて、僕は校舎へと戻る。はたしてどんな「危険」が待ち受けているのだろうか。
「何があっても校舎に近づくな」
由宇が言っていた言葉に後ろ髪を引っ張られる感じがした。近づくたびに、その台詞が恐怖を以って僕の心に響いていった。
「僕には僕のやるべきことがある。だから行かなくちゃならないんだ」
たじろぎそうになる自分に言い聞かせながら、僕は昇降口の扉をくぐった。
由宇は最悪封殺してでも先生を止めると言っていた。「封殺」について詳しいことはよく知らないが、「最悪」という条件から照らし合わせると、最後の手段的意味合いがあるのだろう。由宇は人の幸福を叶えることを第一に考えていた。それが出来ない時、幸福に出来ないのならせめて不幸にはさせない、彼女ならあるいはそう考えるのかもしれなかった。すなわちそれが最終手段としての封殺だと思われた。
先生は三島幸兎の死という記憶に縛られている。だから苦しみ続ける。その流れを断ち切る最後の手段、それは……、
「三島幸兎を忘れさせること」
階段を駆け上がる僕は頭の中でそんなことを考えていた。確信は持てなかった。それに、そんなことを本当にできるのかという疑問もあった。しかしもしそうだとしたら、急がなければならない。幸兎が先生に会う前に、由宇を止めなければ。
「ユウ姉、約束破ってごめん。でも僕は、僕にしかできないことがあるから」
冷めた目でおごりが過ぎると言われても、言い訳がましいと蔑まれても、自分自身の直覚を、自ら導き出した答えをとにかく信じるしかない。朧げな輪郭を持った理由、それだけを拠りどころにして、僕はひたすら身体を前へ動かすのだった。
「あっ!」
三階の廊下へ出たところで、いきなり人影が現れた。避けるまもなく勢いそのまま僕はぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさ……っ!!」
謝ろうとした僕は相手の姿を見て息を詰まらせた。
「あら、折月君。待ってたのよ」
冷たい薄ら笑いを浮かべて言い放つ倭先生がそこにいた。最悪という言葉が僕の頭の中に再びよぎった。
先生の左手が僕の肩をしっかりと掴む。決して強い力ではなかったが、押さえつけられたようにその場から動けなくなった。気だけはしっかりと持っておかなくてはと思い、僕は先生の顔から目を背けずにいた。
「その顔は、もう全てを知っているようね」
「……一つだけ分からないことがあります。教えてください。どうして罪もない動物たちを傷つける必要があったのか」
僕がそう尋ねると、先生は一瞬険しい表情を見せた。そして僕から手を放すと、
「そんなに知りたいなら、ついてきなさい」
と言って、後ろを向いて歩き始めた。