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自習

 教室に戻って意外だったのは、クラスメートが殆どいなかったことであった。入れ違いに出て行こうとした男子が、

「図書室に移動だよ」

と、すれ違いざまに言ってきた。僕は少しだけ教室のドアをくぐって中を見回した。越智も穂村もすでに図書室へ行っているようだった。

「倭先生が探してた。放課後また来るって」

さっきの男子が背中越しに言い放った。驚いた僕は振り向いて彼を呼び止めようとした。しかし姿はなく、声の余韻だけがそこに残っていた。よくよく考えてみると、その声はこのクラスの誰一人として合致しない気がした。心のうちで異な感じを抱きながら、僕は一人図書室へ向かった。

 五限目は完全に自由時間であった。落ち着きのない生徒のせいで、僕は静かに座って本を読む余裕を持っていられなかった。続けて十ページも読まないうちに、その本を返す始末だった。要るに任せて手当たりに次第立ち読みを繰り返す僕を、越智が手招きで「こっち、こっち」と呼んでいるのが見えた。気づいてしまった以上無視するわけにもいかず、彼の座っている席へ歩いていった。

「これ、面白いぜ。見てみろよ」

そう言って、彼は持っていた本を寄越す。その本を手に取った僕は、表紙を返してタイトルを見た。

「本当にあった学校の恐怖怪談」

またこの類かと思いつつ、僕は最初のほうから暗読してみた。

「私の学校があった場所は、昔お墓があった所らしく、今でも死体が埋まっているという噂がありました。その年の夏は例年以上に蒸し暑く……」

数行も読まないうちに越智が、

「どうだ、面白いだろ」

と尋ねてきたので、僕は生返事をして本を返した。すると向かい側にいつの間にか穂村がやってきて、

「またそんな本読んでる。そんなんじゃ何も分からないって言ってるのに」

と言って呆れ顔を見せた。越智はむっちりとして、

「んだよ。俺は俺なりに調べてんだから、邪魔すんなよ」

と返した。「調べてる」という一言を聞いて、僕は「何を?」と尋ねないわけにはいかなかった。

「よくぞ聞いてくれた。実は今、俺と穂村は協力して若草小で起こった怪奇話や噂を調べてるんだ」

「協力って言っても、それぞれで調べ上げたことを話し合うだけなんだけどね」

 僕は別に感心したわけでもなく、ただ真面目に聞くフリをしていた。

「でね、ちょっとこれ見てくれる」

穂村もまたその手に持っていた本を開いてみせた。

「何の本だ、これ」

「若草小学校史。この学校の歴史を綴った本なの」

「学校って何でこういうの作りたがるんだろうな。誰も読まないっつーの」

「そう満更でもないのよ。ここ読んでみて」

越智は穂村の指差したところを見て、そこに書いてある一文を読み上げた。

「昭和××年五月。四年三組男子生徒、三島幸兎君が交通事故により死亡。某日全校追悼集会を執り行う。これってお前の兄ちゃんが言ってたってやつか」

「うん、多聞そうだと思う。噂の元ネタはこれね。ここから尾ひれがついて広がったんだわ」

穂村の声はものすごい発見をしたと言わんばかりに、得意げな調子を帯びていた。

「んー、考えられなくもないけど。でもあの幽霊とどういう関係があるんだ」

越智は穂村ほど驚いていないようであった。それが気に食わなかったのか、僕が「あの幽霊?」と聞くと、

「例の女の幽霊に決まってるでしょっ」

と穂村がぶっきらぼうに答えた。

「でも死んだのは男子だぜ。何で幽霊は女なんだ」

「それは、まだ分かんないわ。でもここのところ、全然出たっていう噂を聞かないからなあ。ちょっち放課後まで残って調べてみるか」

 穂村は椅子に腰を下ろして腕組みをすると、口をへの字に曲げて自分なりに思案し始めた。越智は集中力が切れたように大きな欠伸をして、また自分の本を開けて読んでいた。立ったままの僕は学校史を取り上げると、さっきの一文に繰り返し目を通した。

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