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給食

 午前の授業が終わり給食の時間になった。

「いただきます」

学級委員の号令で一斉に食べ始める。二時間目に見たあの人影が気になっていた僕は、なるべく早めに昼放課の猶予を得ようと、急いでかき込んだ。すると、僕の向かいの席の女子(僕の学校では給食のとき、机を九十度回転させて周りの席とくっつけ、一つの大きなダイニングテーブルのようにしていた)がいつものように話し出した。

「ねえねえ、私今日見ちゃったんだけどさ」

これはいつものパターンだ。真先に噂好きの彼女が僕の隣に座っているあの知識豊富な男子に話しかける。それが常だった。しかしその日は違った。

「ちょっと聞いてる、折月君」

急に呼びかけられた僕はもごもごした口をピタリと止める。前を見るとその女子、紹介が遅れたが、穂村麻由美が器の底を箸でつつきながら僕の反応を待っていた。

「今朝女の子と一緒に登校してたでしょ」

そう言った彼女は、詮索するようないやらしい目つきで僕を覗き込んだ。

「うそ、マジかよ」

隣の男子、越智秀和も箸を止めて調子を合わせた。登校中どこかで見られていたのだろうか。それとも見た人から聞いたのだろうか。どちらにしろ、歩く拡声器と揶揄される彼女のことだから、下手なことを言うと素っ破抜かれかねない。

「親戚のお姉さんだよ。今日転校してきたんだ」

内心どぎまぎしながらそれを悟られないように、僕は努めて冷静に答えた。

「ホントに?」

疑りぶかい穂村が念を押す。僕は魚のフライを口に含みながら「うん」といった。すると何だつまんないといった風に、穂村は椅子の背にもたれた。期待を裏切ったことで、それ以上追求されなかったのは僕にとっては幸いだった。

「あー、そういや兄貴が言ってた。今日転校生が来るって」

越智が思い出したように言った。

「越智君のお兄さん、六年生なの」

と穂村。

「うん、六年一組。女の子だったらいいなあとか言ってたから、今頃喜んでるんだろうぜ、きっと」

「あはは、そうねえ。聞くところによると結構美人らしいよ。ねえ、折月君」

「え、ああ、そう…かも」

 確かに容姿から言えば由宇は他の女子と一線を画していた。しかしながら一向に僕はそこのところに頓着したことがなく、むしろ大人びた物腰に惹かれていた。今まで殆ど大人たちとしか関わったことがなかったためでもあろうが、それでも彼女の持つ独特の雰囲気は、到底普通の小学生の敵うところではなかった。

「マジ、どの位?倭先生位?」

と越智が尋ねた。そう言われれば、あの先生も男性に好かれそうなタイプである。けれど二人を比較するのは少し失礼だと僕は感じたので、

「どうか分からないけど、似てるところもあるよ。そう、髪の長さとか」

と無難にかわした。結っているかいないかの違いはあるけれど、それが二人の唯一の共通点であった。

「そっかー。やっぱり女はロングヘアーだよなあ」

と、一人納得している越智。それを聞いた穂村は、

「なによ、それじゃあショートヘアの女の子はダメなわけ?」

と、にわかに憤った。無論彼女自身もショートヘアだ。

「ダメじゃないけどさあ、やっぱ美少女って言うと大抵長い髪だろ。男子永遠の憧れだぜ。なあ、折月」

そんなこと僕に聞かれても、とか思いながら僕は残り半分の牛乳を飲み干した。

「まさか例の女の幽霊も可愛いんじゃないかとか、そう思ってるんじゃないでしょうね」

僕が何かを答える前に、穂村がまた口を出した。

「そりゃあ、幽霊でも可愛いのはいるんじゃねえの」

「馬鹿馬鹿しい!見たこともないのによく言えるわね」

「見たことないから想像するしかないんだろ」

「妄想、の間違いじゃない」

「酷ェな、いたとしたらってことだよ」

「いたとしたら?」

「いたとしたら……ほら、あれ…みたいな……」

そう言った越智の視線は、穂村ではなく彼女の背中越しに置かれていた。向こうの席の生徒。壁に掛けられた掲示板。僕は順にその視線の道筋を辿った。そうして教室の入り口まで達すると、そこに人影を見つけた。そしてそれが彼女であることは瞬時に分かった。

「ユウ姉…」

僕の呟いた言葉を聞いて、穂村も「え?」と言う風に後ろを振り返った。

 由宇はドアの影に隠れるようにして立っていた。しかしその目は明らかに僕の方を見て呼んでいた。しばらくしないうちに、由宇は不意にドアから離れて見えなくなった。おそらく僕たち三人だけがその存在に気づくことができただろう。それくらいの間の出来事だった。

「え、もしかして今のが親戚のお姉さん?」

穂村が聞いたにも関わらず、僕は由宇を追いかけようとしていきなり立ち上がった。

「ちょっ、ねえ、折月君?!」

「ごめん、行かなきゃ」

説明するわけにもいかなくて、僕は食べかけの給食と食器とをそのままに駆け出そうとした。

「どうすんだよ、この残飯」

越智が呼び止める。

「ごめん、お願い」

振り返って気のない慰謝をする僕。それを見て越智が不快な表情で、

「お願いっ…て」

と言った。

「食べてくれってことじゃないの」

と穂村。

「んなアホな」

「にしても、やっぱり怪しいわね。後でじっくり聞かせてもらわなくちゃ」

 二人の珍問答を放って、僕は教室を飛び出していった。

 廊下に出ると由宇の姿はなかった。それでもすぐ側に階段があったので、そこを降りたのだろうという見当はついた。上から覗くとそれらしき姿がすでに二階あたりにいた。いつの間にあんなところまでと思いつつ、僕は二段抜かしで降りていく。勢いあまって踊場の壁にぶつかるのも気にせず、一息で一階まで辿りついた。

 けれどもやはり由宇はまた先にどこかへ行ってしまっていた。僕は周りをきょろきょろ見回した。右の方は一年生の教室へと続く長い廊下。しかしひっそりとしていて、そちらに行ったとは思えなかった。左に折れるとその右奥がすぐ下駄箱になっている。

「外、か」

独り言のように言うと、僕は躊躇なくそっちへ走った。

「!」

いた。昇降口を出たすぐ前のところで、僕を待っているようにして横向きに立っていた。が、やはり僕の姿を見るなり、また向こうへ行ってしまった。

「待って!」

聞こえているのかいないのか、僕の声に何の反応も見せない由宇。急いで靴を履き替えるうちに、彼女は校舎の影に吸い込まれるように消えていった。一瞬目の錯覚かと思い、とりあえず外へと出てみたが、彼女の行った方向には誰もいない。辺りも、グラウンドにも僕以外の生徒は見当たらなかった。

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