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片鱗

 しばらくすると、父が叔父を連れて戻ってきた。

「二人そろっているなら丁度いい、こっちへ来てくれないか」

父に言われるままに僕たちは部屋の中へ入った。長方座卓を挟むようにして僕と由宇、そして父と叔父が向かい合わせに座った。結界封結の鍵となる四人が一堂に会した。

「これから俺たちがとる行動をここで確認しておきたいんだが…どうした究作、浮かない顔して」

父に言われて初めて気づいたように、僕は顔を作り直した。そんなことないよと笑って否定すると、父は

「そうか、一日経って心変わりしたかと思ったぞ」

と茶化すように言った。僕の中ではさっきの由宇の態度が気になっていただけで、もちろん昨日の自分の気持ちに変化はなかった。いや、自分のことなどどうでもよかったのだと思う。ただ彼女のことがどうしても気がかりなだけだった。そしてその気持ちは、彼女が言ったような偽善などでは決してなかった。当の本人は、例の如くまた落ち着いていた。

「まあいい。要点だけ一通り話すから、分からないことがあればすぐ聞いてくれていいぞ。何せ時間がないからな。裕仁もそれから由宇君も質問があれば遠慮なくしてくれ」

そう言うと、父はまた真剣な表情に戻った。

 それから三十分ほど三人の話し合いが続いた。三人とは、僕を除いた三人のことだ。陰陽道というものはとてもじゃないが、十歳そこそこの子供に理解できる代物ではない。当然それに基づいた父の話も同じことだ。質問しようにも単語一つからして意味不明なのだから、僕は黙って聞き流すくらいしかできなかった。そうしているうちに、何だか自分だけ場違いなところにいる気がしてきた。はたして僕はここにいていいのだろうか。僕がいなくても、この三人だけでも大丈夫なんじゃないだろうか。

 一人取り残される不安を抱いていると、そのとき不意に由宇の右手が僕の左手を掴んできた。僕はドキッとして彼女のほうを見た。そこには、顔は父達の方を向きながらも、心だけは僕のことを気にかけてくれる姉がいた。

「私について来れば大丈夫」

口に出さなくても、その手から由宇の気持ちが伝わってくる。嬉しい反面、父達に気づかれないか、手は机に隠れて見えないだろうが、すぐ顔に出る僕のことだから少し心配だった。幸い二人とも互いを見ながら話をしていた。というより、今までの単調な確認作業とはうってかわって、にわかに白熱した論議が二人の間に交わされていた。

「『金神』の加護だと?兄貴はいつから悪神崇拝者になったんだ」

叔父が声を荒げて父に嫌悪を示す。

「すべての凶方位を封じるためだ。一時的な扶翼を授かるだけで、別に邪神の、いや、金神=邪神という考え自体もう古いんだ」

「聞き捨てならない台詞だ。他の親族の前で話したら即刻当主罷免だな」

「とにかく俺の話を聞いてくれ、裕仁。確かに金神は陰陽道における最凶の悪神。だが裏を返せばその加護は計り知れない。そして俺はそれを授かる方法を知っている」

「悪神は災いをもたらすから悪神なのだろう。加護などあるわけがない」

「そういった一遍した考えが変わらない限り、扶翼を授かることはできないさ。絶対の悪など存在しないと俺は思う。本当に怖いのは自分の立場と違ったものを排除しようとする人間のエゴだ」

「仮に兄貴の考えているとおりに事が運んだとしよう。だが陰陽道宗家の一人として、俺は兄貴を認めない」

「認めてもらわなくても構わん。だが金剛封結だけは俺たちで成し遂げなければならない。そのためにはまず、神明光輪大社へ赴いて協力を取りつける」

「神明大社…って、あそこのジジイにか?!いや、力になってくれるなら確かにいい戦力だが。しかし何でまたあそこなんだ」

「おまえ知らなかったのか。あそこのご本尊、『鬼門大金神』だぞ」

「なっ…!」

「驚くのも無理はないか。親父も一時期あそこで修養していたこともあるしな。ともかく俺は究作を連れて神明大社へ行く」

「勝手にしろっ。俺は絶対に悪神の力なんか借りんからな。己の力で凶方位なんか封殺してくれる」

「確かにおまえの封殺力は一族の中でも抜きん出ている。だが俺たちの役目は一刻も早く封結法を施すことだ。封殺に時間を取られてしまっては元も子もない。裕仁、一緒に神明大社に行こう」

「兄貴は忘れたのか?!あそこには軍司の…!」

「裕仁!」

努めて冷静にしていた父は、このときばかりは何故か人が違った。叔父を戒めるように睨んだ後、再び態度を改めて、

「いや、悪かった。無理にとは言わん。だがくれぐれも無茶はしないでくれ。一応ここに暦占で導き出した吉方位の祠の位置を書いておいた。この通りに廻っていけば、大方事もなく済むと思う」

そう言って、一枚の紙を手渡した。叔父はしばらくそれを眺めると、

「『暦博士』の言うことなら間違いないだろう。ありがたく貰っとく」

と言って、大人しく紙を懐にしまいこんだ。叔父の態度も声の調子も、それまでの彼の興奮が嘘のように、変に落ち着いていた。

「ああ、それと舞子も一緒に連れて行くからな。本番前に実戦経験をつませておく為だ。凶相が現れ次第戻らせる」

「そうだな、いいだろう。究作も呪力をつけるために、かなりの時間を要するだろうから。神明大社にこいつを連れて行くのもそのためだし」

 父は僕の方へ向き直った。はっとして、僕が手を退ける間も無く、由宇のほうから放すと、彼女は

「私も連れて行ってもらえませんか」

と言って、その手を挙げた。

 あまりに唐突な頼みごとだったので、父の周りの空気が一瞬停まった。

「連れて行ってもらえませんか」

もう一度由宇が言った。

「どうして、あ、いや。由宇君も神明大社に行きたいのかい」

父がぎこちなく尋ねる。

「ええ、究作君が行くなら、そのほうが便宜があっていいと思ったので。護衛の意味も兼ねてですが」

由宇が答えると、

「大した自信だ」

と、叔父がポツリと口走った。父は何かを懸念するように、

「…まあ、いいが。しかし…」

と言い渋った。

「三人も人がいると、日取りとかいろいろと厄介なんだぜ。ま、嬢ちゃんには難しくて分かんないだろうけど」

叔父が侮蔑したように笑ってそう言うと、由宇は涼やかな顔をして答えた。

「心配はありません。来月の十八日までは大抵の日が吉日ですから」

その言葉に父も叔父も驚きの表情を隠せなかった。当然のように「何故」と聞き返す叔父。

「栄作叔父様と究作君は生まれ年の干支から『守護本尊』が阿弥陀如来、同じく私が大日如来です。これは『八卦』と『五行』の関係から言えば南西と北西、すなわち『土』の属性にあたります。金神は名前の通り『金』の属性ですから、『相生関係』で私たちが金神に力を与えます。また、来月から夏三月の始まりです。ですから十八日間は『土用』の日で、土気がますます強くなるでしょう。夏になれば、今度は『火』気が強くなり、『相克関係』で金は衰え、相生関係で土が育まれます。つまり、私たちは有り余るくらいのエネルギーを貰い、それを死気の中の金神に分け与えるのです。自分に都合のいい存在を排除するべきはずはありませんし、まして死気にある金神は本来の力を出せないでしょう。どうしても気になるのでしたら、影響の無い『間日』を選ぶという手もあります。『八将神』ですが、『木』属性の『大歳神』にだけ気をつければ、他は金、土、水属性の神ばかりなので問題はないでしょう。『的殺』、『指神』、『死引』は『方違え』で回避できます。後は神明大社と金神の方向が一致する日を選ぶだけです」

 由宇が一通り喋り終えたときには、叔父の口がポカンと開ききったままになっていた。僕には何のことやらさっぱりだったが、彼女がとんでもなく頭がいいことだけはわかった。

 数秒沈黙が続いた後、父が口を開いた。

「占盤や暦術書もなしにそこまで推察できるとは、さすがに親父が入れ込んでいただけはあるな」

「恐縮です」

と由宇が答える。

「俺の考えも同じだ。だが、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。あそこには、その…」

父が気兼ねするほど由宇には何の動揺も見られなかった。

「両親の墓があることは承知しています。」

と簡潔に一言だけ述べただけであった。父もそれならばと言って、諒解したようだった。

 後になって思えば、あのときの父の態度はやはり不自然だったと僕は感じる。父が僕に何かを隠しているときと同じように、由宇に対してもそんな態度が時折垣間見えることがあった。とくに彼女の両親のことについては、殆ど彼女に語ったためしがなかった。無論それは、彼女の気持ちを考えてのことかもしれないが。当の彼女も聞きたがる素振りすら見せないのだから、自然僕の頭が彼らの間を行き来する必要があった。

 これはある一人の親族から口伝いで聞いた話だが、由宇の両親が亡くなってから、父と叔父の仲が急に悪くなりだしたらしい。それが何を意味するのかは、僕の判断の及ぶところではない。しかし、一人の人間の死によって、それまでの人間関係が根本から崩れるだろうか。僕の答えは否定に傾いていた。それは四者の会談が終わり、叔父がその場からいなくなった後、父は彼について弁明のようなことを言ったからだ。

「真面目すぎて融通が利かんところがあるだけだ。誤解しないでくれ。ひねくれた態度をとってるけど根はいい奴なんだ」

真面目すぎて、というところは少し引っかかるが、本質は父と似たようなところがある。やはり兄弟なんだなと僕は感じた。彼らのわだかまりの原因、神篠軍司の死。新たな闇が自分の前にまた現れた。謎は解明されるどころかさらに膨らんで、僕の前に立ち塞がろうとしていた。

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