最終話
セイディーンは私を真っ直ぐに見つめたまま口を開く。
ミスなんてない。
私がスフィアである証拠は唯一、額の証だけなのだ。
それを見られていない以上、判るはずなんてない……。
「スフィア様はラバダ茶が一番お好きで、いつも焦って飲もうとして火傷し、お茶をこぼしていました」
「た、たまたまです!」
「そして、火傷した舌を出していつも動かしていた……」
「それぐらい誰でもすることじゃないですか」
確かに痛くて舌を出して動かしていた。
人間、とっさに起す行動は同じだ。
しかし、決定的な証拠ではない。
「そして何より、貴女は猫舌と言った。……この世界に猫はいない」
「!」
「私に熱いのが苦手な人の舌は猫舌だと教えてくれたのはスフィア様だけです」
決定的なミス。
それがこれを示していたのだ。
そう、この世界には猫はいない。
よって猫舌と言う言葉はない。
今この国でこの言葉を知っているのは、私とセイディーンだけだ……。
誤魔化す言葉が見つからず、窮地に落ちる。
「最初貴女を見た時、姿はまったく似ていないのに、スフィア様にとても雰囲気が似ていて驚いた。だから、お茶に誘ったんです」
「何を言っているのかわかりません」
無駄だと思いつつも、首を振って否定する。
セイディーンの指が額に巻かれた布に触れた。
「なぜ額に布を?」
「……いつもは魔道石の額飾りをつけているんです。私がストーンマスターだとわかる様に」
「では、外してもかまいませんね?」
「いいえ!」
額にはスフィアの印がある。
これを見られてしまっては、言い逃れは出来ない。
とっさに逃げようとしたが間に合わなかった。
腕を掴まれ、勢い良く引っ張られて、セイディーンの胸の中に転がるように倒れこむ。
その衝撃でテーブルからカップが転がり床へと落下し、音を立てて粉砕していく。
うっかりカップに気を取られているうちに、一瞬反応が遅れたせいで、セイディーンの手が額の布をずらしてしまった。
「やめて!」
「……スフィアの印」
6枚の花の痣。
スフィアにしかない印を見られる。
「離……して……」
「……スフィア、様!」
逃げ出そうと抵抗した次の瞬間、息が出来ないほどの強い力で抱き締められた。
「セイ……ディー……」
「ああっ、こんなことがあるなんて! あの日、貴女は私に記憶を取り戻したと話してくれた。元の世界に戻れば死ぬと教えてくれた時、これでどんな事があっても元の世界に戻ることはないと安心したのに、貴女は帰還魔道を見つけ出し、私の目の前でいなくなってしまった」
強く抱き締められ息が苦しい。
それでもセイディーンからの初めての抱擁にドキドキしてしまう。
「貴女は召喚された時から、他の男のものになると決まっていた。それでも私は貴女に惹かれ、愛してしまった! 貴女が私を愛していると告白してくれた時、私は何もかもすべて捨ててしまいたかった。……だが、私には母も領民もいる。たとえ自分の心が引き裂かれても私にはグレドルフ様を裏切ることは出来ない。だから私は貴女を諦めるしかなかった……。しかし、諦めることが出来ても、貴女の存在はすでに私にとって心の拠り所だった」
辛そうに叫ぶセイディーンの体が震えている……。
彼にとって私がどんな存在だったのか、今、話してくれているのだ。
「ただ、同じ世界で生きてくれれば良かった。他の誰のものになっても貴女が大切にされるのならそれでいいと! グレドルフ様も必ず貴女を幸せするとお約束してくださった。だから自分の気持ちに封印をしたのです。それなのに貴女は還ってしまった!」
「……」
「私が貴女を死に追いやった。グレドルフ様と一緒になるより死を選ばせたのは私だ! ……その事がどれほど私を苦しめたか、わかりますか? 空虚な日々の中で何度、後悔したことかっ! 残された私は……貴女を失って生きていくことが出来なくなってしまったというのに……」
「セイディーン……」
彼からの初めての切ない告白に、喜びが沸きあがると共に、切なさで満たされる。
私をそれほど想ってくれたのなら、せめて本当のことだけでも話してほしかったのに……。
「貴女は還ってしまったはずなのに、どうしてそんな姿でここにいるのです?」
セイディーンに両手で頬を挟まれ顔を上げさせられる。
涙に濡れている瞳が私を見下ろしていた。
「女神様が、元の世界に帰らずこの世界に留まるのなら、私の願いを叶えてくれると約束してくれたんです。だから私はセイディーンの近くにいたいと願い。そして女神は私をこの国で生きていけるようにしてくれた……」
「女神様が? ……宝珠が消滅したのはその為ですか?」
「そうみたい。宝珠がなければ、もうスフィアの存在はいらないでしょう?」
「ああっ、女神よ! 感謝します!」
きつく抱き締められ、セイディーンの唇が私の唇に重なった。
キスは角度を変え、何度も繰り返される。
息が苦しくて火傷した舌がまだぴりぴりと痛かったけれど、今までで一番甘くて幸せな痛みだった。
「貴女をこの世界の何よりもかえがたく、愛しております! スフィアでない貴女は私のものだ。もう2度と間違えない」
「セイディーン」
「私を愛していると言ってください」
セイディーンの情熱的な告白に私の方が戸惑ってしまう。
あんなに冷静だったセイディーンがこれほどまで変わってしまっている。
それは私を愛しているゆえだと言う。
風が流れて、花びらが部屋に入ってくる。
最初に出合った時も、帰還魔道を発動させた時も花びらが舞っていた。
強く抱き締める腕の中で、私は花びらを揺らぐ視界の中で捕らえる。
セイディーンが聞かせてくれた本心が、ゆっくりと私の中を満たしていく。
彼が私を愛している……。
私も彼を愛している……。
今までの出来事が、走馬灯のように次々と脳裏に浮かぶ。
「私の気持ちはずっと変わってません。……今もあなただけを愛しています。だから、私の本当の名前を呼んでください」
辛く悲しい時も、いつもあなたがいてくれた長い長い物語。
私は幸せを噛み締め、私は自分の本当の名前を告げた……。
- END -
ここまで読んでくださってありがとうございました。
数年前に書いた作品ですが、少しだけ修正してアップさせていただきました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
※最後に表紙をアップしてみました。
ご自分のイメージを大切にしている方は見ないことをおススメいたします。




