第37話
お茶の為に、わざわざ別の部屋に通された。
外の風が優しく入ってくるとても落ち着いた部屋だ。
テーブルは円形の少し小さなもので、セイディーンと向き合って座った。
「今、ルザーがお茶の支度をしている。その間、少し話でもしないか?」
「お話……ですか?」
「ああ、君はこの領地に住んでいるのか?」
「ええ、半年ほど前から、コスカリタの街に住んでいます」
セイディーンの話がたいしたことのない内容でホッとする。
私がスフィアだということをセイディーンは知らないのだから当然なのだけど……。
「ここではストーンマスターとして仕事を請け負って生活を?」
「はい、そうです。それしか出来ないので」
「ストーンマスターは稀な存在だ。今まで誰かの専属になるという話はなかったわけではないだろう?」
「もちろん、ありましたけど、私を専属にするなら資産の半分を出していただきます」
「……それはあまりにも法外な報酬だろう。誰も了承しないと思うが?」
「当然です。お金持ちの専属になるくらいなら、街にいる人たちにただで力を使う方がましですから」
「これは手痛いお言葉だ」
面白そうな表情を浮かべるセイディーンは、やつれていてもどこか気品が漂う。
スフィアに対する時とは違う面に、どこか寂しくなる。
「すいぶんお仕事が忙しいんですね?」
「あ? ああ、常に何かしていないと生きていけそうにない……」
「え?」
セイディーンの言葉が引っ掛かる。
なぜそう思うのだろうか?
「そう思う理由をお聞きしてはあつかましいでしょうか?」
「お前は私の知っている方と同じ雰囲気がある。何もかも正直に話してしまいそうだ。……いいだろう。私は王都である方に頼まれ、尊き方にお仕えすることになった」
ある方とはグレドルフのことで、尊き方とは私の事だろう。
「その方に仕えるには自分の魔道を奉げなくてはならない。その時、私は軍に所属する魔道騎士で魔道が奪われるということは、もう魔道騎士ではいられなくなることでもある。しかし頼まれたのは恩義のある方だった。断わることは出来ない」
「なぜです?」
「私が幼い時に父が他界し、ローラン家は母が1人で領地を治めなければならなくなった。母はもともと体が弱く領主は重荷だったが、その方が助けてくださったおかげで、母は無理することなく領主を務め、私を育てる事ができた」
「……」
「その方の願いはたった一つ。尊き方にお仕えし、魔道力をすべて捧げ、守る事」
「なぜ、その人を護らなきゃならないんです?」
「その尊き方は、その方の妻になる方だったからだ」
私がグレドルフの妻になることは、召喚される前から決まっていた。
セイディーンは私と会う前からその事を知っていて、彼はグレドルフの為に私を護っていたのだ……。
「しかし、そのせいで私は己と戦うことになり、そして、一番大切なものを失ったのだ……」
「え?」
セイディーンが失ったもの。
それは彼の母親だ。
母親の為にグレドルフの願いを聞き入れたのに、彼は母親を失った。
「そして私は今、生きているだけとなった」
「……」
彼の口から信実を聞くのは今もまだ辛い。
なんて言葉をかけようか迷っていると、ノックの音が響いてホッとしてしまう。
もう、何も聞きたくないし、話したくもないからだ。
「こちらをどうぞ。最高級のラバダ茶でございます」
「ありがとうございます」
ルザーは私の前にお茶を置いたあと、セイディーンの前にもお茶を置いて部屋から下がってしまった。
カップからは久しぶりに嗅ぐ甘い香りが漂う。
ラバダ茶は私の一番好きなお茶だ。
「いい香り……このお茶大好きなんです!」
「少し香りが甘すぎる茶だが、最近、このお茶しか飲まないせいで、この館にはこれしかない。気に入ってもらえて良かった。少し熱いから注意して……」
「あ、つぅ!」
舌に痛みが走る。
うっかりして少し多めに口に入れてしまったのだ。
痛みに体を痙攣させた時、テーブルの足が体にぶつかり、カップからお茶が零れてしまう。
「んん~いひゃい!」
「だ、大丈夫か?」
火傷してしまった痛みで、少し涙ぐんでしまう。
痛む舌を少し出し、れろれろと揺らしながらテーブルに零れたお茶をナプキンで拭く。
「ううっ、またやっちゃったよ」
「だから、注意するようにと……」
「大丈夫かと思ったんです。猫舌だからちゃんと注意していたのに~」
「まだ、猫舌が治っていないんですか?」
「猫舌はそんな簡単に治りません!」
「あ、そこは私が拭きますからスフィア様は座っていてください」
「はい……」
いつものように大人しく座ろうとして、次の瞬間、自分の犯した失敗に気づいて息が詰まった。
おそるおそる視線を上げてみれば、テーブルを拭いていたはずのセイディーンの動きがそのまま止まっていた。
表情はあまり見えないけれど、目を大きく開いて固まっているようだ。
その様子を見れば、セイディーンもその事に気づいていることがわかる。
どう誤魔化せばいいのだろうか?
スフィアと呼ばれ確かに私は返事をしてしまったのだ。
「スフィア……様?」
信じられないものでも見るように、驚愕に見開かれた紫の瞳がゆっくりと私に向けられる。
その一言で、セイディーンの考えていることがわかってしまう。
でも、私がスフィアだと認めるわけにはいかないのだ。
「はい? あの、どうかしたんですか? スフィア様が何か?」
今さら遅いかと思うけれど、とりあえずしらばくれてみる。
スフィアの名はこの世界に住む者なら誰でも知っている名だ。
聞き間違えたと言ってしらを通してしまえばいい。
「貴女は今、スフィアと呼ばれて返事をされた」
「いえっ! 違います。焦っていて聞こえなかったので、とりあえず返事をしただけです」
「いいえ、それだけじゃない。もう1つ、貴女は隠すのに大きなミスを犯しています」
「……ミス?」
あんな短い会話で、ミスなんて犯しているはずがない。
そう思ってもなぜか不安がこみ上げてくる。
目の前にいるセイディーンの瞳には確信しているような光が浮かんでいるのだ……。




