第35話
街を見て回ってわかったが、かなりの人がこの国から出て行ってしまったらしい。
私は完全に空家になっているこじんまりとした家を見つけ、そこに住む事にした。
「お姉ちゃん、ここで何しているの?」
自分の家と決めた空家を掃除していると、開けていた窓からひょこりと小さな女の子が顔を覗かせた。
床を拭いていた手を止め、窓に近づく。
「ここは誰も住んでいないから、今日からここに住もうと思って掃除していたの」
「そうなの? ここはね、リツのお友達が住んでいたの。でもこの間引っ越しちゃった。私はリツ・クレイマンよ。よろしくね」
「私はホクト・カガナミよ。リツちゃん、宜しくね?」
女の子の服装はくたびれてあちらこちらに繕った跡が見える。
他の国に逃げられるほど裕福な家庭ではないのだろう。
こういった人達は、魔物が出るとわかっていてもどうすることも出来ずに留まるしかないのだ。
「……あの、時々ここに遊びに来てもいい?」
「もちろんよ。この街のこと色々と教えてね」
「うん! あっ!」
「どうしたの?」
急に悲鳴を上げたと思ったら、リツちゃんが手を押さえていた。
その手には赤い血一筋流れている。
「怪我をしたの?」
「うん……ここのとんがったところで手を切っちゃった……」
言われたところを見れば、丁度破損しているところだったようで、板の一部が飛び出していた。
背伸びをして中を覗いていたリツちゃんは手を降ろした瞬間、刺してしまったのだろう。
「ちょっと待ってて」
そう言い残して捨てたドレスを破って作った袋から癒しの魔道石を取り出す。
あまり質がいいものではないが、あれくらいの傷ならこれで十分だ。
家から出て、リツちゃんがいる場所へと移動する。
まだ血は止まっていないのか、手を掴んだままで立っていた。
「手をどかして」
傷口を見れば棘などは残っていないようだ。
「クレイアラル! 癒しの光よ、この者を癒せ!」
呪文に反応し、石から光がリツちゃんの傷に注ぐ。
光が傷口に吸い込まれ、もう傷は跡形もなく消えていた。
「……これ、何?」
リツちゃんが不思議そうに傷のあったあたりを確かめている。
「どうして消えちゃったの?」
「これは魔道石の力なの」
「魔道石?」
「そう、私はその力を使う事が出来るのよ」
「お姉ちゃんってすごい!」
リツちゃんは少し興奮した様子で、尊敬の眼差しを私に向けてきた。
このことがキッカケで、私はリツちゃんとそのご家族とも仲良くなり、色々と助けてもらいながら生活を送れるようになったのだ。
ここに住むようになって半年。
最近はそれなりに大きな魔物が出るようになって、私の力が必要とされ、あちらこちらに依頼されて出かけるようになった。
ストーンマスターは魔道騎士よりも、もっと稀な存在だ。
大抵のストーンマスターは法外な値段で力を使う。
私は生活出来る範囲のお金があれば良かったし、ここに残っているのは大抵お金のない貧困層だ。
だから、ほとんど無償で力を使っていた。
そのせいか街の人たちはとても友好的で、何かしらお裾分けしてくれるようになり、おかげで生活は順調だ。
何度か私の噂を聞きつけたお金持ちが私と契約したいと話を持ちかけてきたが、うんと法外な値段をふっかけてやったら、もう2度と来なくなった。
セイディーンについての噂は、この領地を治めるのに忙しく、館から外に出てこないというものだった。
少し気になるものの、セイディーンに会う事は出来ない。
私がここにいるとわかれば、彼は私の存在をグレドルフに知らせるかもしれないのだ。
近くにいるだけでいいだ。
ただ、彼を想うだけで……。
そんなある日のことだった。
いつものように外出の出来ない老人の家に、治療に行った帰りのことだ。
家の前に立派な馬車が停まっていた。
こういった光景は何度も見ている。
魔物が徘徊するようになり、自分の身を守る為に私の力を当てにする、お金を持つ人種の馬車だ。
今までお金を持つ人に偏見はなかったが、この国に来てからはいい思い出はなく、この街に住んでもそれは変わらない感想だった。
私はいくつかの攻撃用魔道石がポケットに入っているのを確認する。
こういった人種は丁寧にお断りしても意味がない。
自分勝手で、己の都合のみを相手に押し付ける。
そして思い通りにならなければ、力でねじ伏せようとするのだ。
あいにくここはセイディーンの領地で、ここから私を追い出す権限はなく、私の力の前に諦めていった。
それでもしつこく嫌がらせをしてくる輩もいる。
今日の馬車は見た事がないことから、新しい金持ちなのだろう。
私はいつでも攻撃が出来るように、攻撃用魔道石を繋げた首飾りを首に下げると同時に、馬車から1人の男性が降りてきた。
痩せているが、とても優しそうな白髪の老人だ。
「ストーンマスターのホクト様でいらっしゃいますか?」
「そうです」
「ほんの少し、お時間をいただけないでしょうか?」
「お話を聞くのはかまいませんが、私の報酬は高いですよ?」
「ええ、存じております」
何でも知っていると言わんばかりににっこりと微笑まれ、私は仕方なく自分の家に招き入れた。
小さくシンプルなテーブルにその男性が座る。
私はお茶の準備をして、さりげなく彼を観察した。
きちんとした身なり。
背筋をまっすぐに伸ばし、不躾に家の中を見回さない。
それだけでも今までの訪問者とは違う。
お茶を煎れて出すと、静かに頭をさげてきた。
「お話とは何でしょう?」
「わたくし、ルザー・クリッセルと申します。このクロルヘルシン領地の領主様、セイディーン・ローラン様に執事としてお仕えしておりますが、今日はローラン家とは関係なく、わたくし個人の依頼に参りました」
セイディーンの名前が出て、一瞬動きが止まる。
「私の主、セイディーン様は睡眠を削ってまで職務に没頭され、いくらお休みになるように申しても聞く耳を持ってくださらない。あのままではいつか倒れてしまうのではと不安なのでございます。どうぞ、お力をお貸しください」
老人に深々と頭を下げられる。
なんて偶然なんだろう。
この人がセイディーンの執事だなんて……。




