第34話
愛らしい鳥の鳴き声がし、ゆっくりと目を開けると、光が見える。
それはついさっき見ていた光の中ではない。
目が光に慣れると、小さな白い花がひしめく地面が見えた。
身を起こして確認してみると、私は大きな樹の幹に寄りかかって座っていたようだ。
辺りに神殿らしき建物は見えない。
視界に入る黒髪。
すぐ側に湖があることに気づいてそこまで歩いて行く。
水面を覗けば、見慣れた顔。
私が生まれてからずっと見てきた顔だ。
けれど、あるはずのないモノに気づく。
額にスフィアの証である六枚花びらの痣が、はっきりと水面に移っている。
「スフィアの印……まだ消えてない。残した力って……スフィアの力?」
着ている服装は婚儀に着ていた服。
その服の端を一部ちぎって額に巻く。
スフィアの証を隠さなければ正体を宣伝して回っているようなものだ。
次々と装飾品をはずし、すべて湖に向かって思いっきり投げ捨てた。
つけていた装飾品は売ればお金になるだろうけど、それで足がついては本末転倒だろう。
旅をしたおかげで、ある程度の生活知識と食べられる野草なども知っている。
お金はないから、貧しい生活になるだろうけれど自由だ。
私は着ていたドレスも脱いで下着姿になる。
もちろんドレスも湖の底へ沈めた。
下着姿になってしまったけど、この下着、普通の下着より高価で余計な布が多い。
旅の途中で教えてもらった染め草を探し、葉を揉んで下着の布にこすりつける。
こうして色を塗れば、下着には見えなくなるだろう。
染め草を塗って少し乾燥させた後、そのまま湖に入った。
水は少し冷たかったけれど、気候は温暖で風もある。
すぐに乾くだろう。
乾くまでの間、景色を楽しむ。
たくさんの小鳥がさえずっている。
こうしてゆっくりと景色を見たり、鳥の声を聞いて楽しむことはなかった。
やっとこの世界の美しさが心にしみてくる。
ここはエルディア王国のどのあたりになるのだろうか?
まず、生活する場所を探してお金を稼がなければ。
魔道石が扱えるといいんだけど……。
そう思いつつ、地面に魔道石が落ちていないか探す。
魔道石は扱える者が少ないので拾われることがなく、よく地面に落ちている事が多い。
首飾りについていたような上質の魔道石はめったにないけれど、そこそこの力を持った魔道石ならけっこう落ちているのだ。
すぐに、小さな魔道石を見つけた。
手に取れば、かすかに魔道石の力を感じ取ることが出来る。
ストーンマスターとしての力は、消えてないかもしれない……。
見つけたのは雷鳴の攻撃魔道石だった。
さっそく、発動させてみる。
石が光となり、小さいながらも稲妻となって地面を焼く。
ちゃんと力は使えるようだ。
この力を使えばなんとか生活は出来るかもしれない。
まだ服は半乾きだったが、私は探索の魔道石を探す。
探索の魔道石なら街がどこにあるかわかるからだ。
ここは魔道石が豊富なのか、難なく探索の石が見つかった。
「デッドバル! 人の集まりし町を示せ」
魔道石を発動させると、光が一直線にその方向を指し示す。
私はついでに使えそうな魔道石を拾い集めながら、そちらに向かって歩き出した。
こうして私はこの国で、また生きていくことになったのだ……。
一番近い街に着くと、何か騒然と騒がしかった。
街の規模の割りに、馬車に荷物を詰め込む所や人通りが激しい。
すぐに、近くにいた女性を捕まえて事情を聞いてみることにした。
「あの、すみません。なぜこんなに街中が慌しいんですか?」
「旅の方?」
「はい」
「……この国はもう終わりよ。女神の加護が消えたの」
「え?」
信じられない言葉に、一瞬言葉がつまる。
そんなはずはない。
全ての宝珠に力を注いでちゃんと次期姫の選出したのだ。
「愚かにもスフィア様のご意志を無視し、大臣に金と引き換えに妻にさせようとして、女神がお怒りになったのよ。宝珠の加護が消滅して魔物が徘徊するようになってしまって……、もうこの国はおしまいよ」
「宝珠の加護が消えた?」
「この辺りに住んでいて少しでもお金を持っている者は、たいてい家を捨てて他の国に向かったわ。だから貴女も早く自分の国に戻った方がいいわよ」
衝撃的な話に困惑してしまう。
宝珠の加護がなければ、人は安心して住むことが出来ない。
加護のない国などもう国とは認められないのだろう。
これからこの国は消滅への道を進む。
必要な物と、必要ない物。
必要ない物、それは宝珠。
宝珠がなければ姫を選出する必要もない。
当然、そのどちらにも関係していたスフィアはいらないだろう。
私が神殿にいるみんなの前で捨て台詞を残した為に、こんな話になったのかもしれない。
「いつからこんなふうに?」
「4ヶ月前、スフィア様の婚儀があったの。でもその途中、スフィア様がご自分の世界に戻られてしまい。女神は戻ってきたスフィア様から話を聞いたのでしょうね。娘を虐げたとお怒りになって、宝珠を破壊されてしまったのよ。女神のお怒りはこの国にいる者全てに聞こえたわ。そしてそれを聞いた者が王都で暴動を起こし、何とか鎮圧したものの国の政はほとんど機能しなくなってしまったわ」
「そんな……」
「この国から出られない者は、それぞれの領主の手腕を頼るのみよ」
あれからすでに4ヶ月も経っていたことにも驚いたけれど、まさか女神がこの世界に干渉するとは思わなかった。
宝珠が消え、王都は混乱している。
「あの、あともう1つだけ、ここは王都のどの辺なのでしょうか?」
「王都? ここは王都から離れた。クロルヘルシンで、領主はローラン様よ」
「ローラン?」
「国でも稀なる存在、魔道騎士のセイディーン・ローラン様」
何故ここにいたのか、それを聞いて理解した。
女神様は、私が愛している人のそばにいたいという願いを叶えてくれたのだ。
「でも、軍に所属する騎士だからここにはいないんじゃ……」
「ローラン様はスフィア様にお仕えして、魔道力を全て捧げ失ってしまったの。だから今は軍から退いてこのクロルヘルシンを管理されているわ」
「……」
私はセイディーンの魔道力を奪ってなんかいない。
途中から魔道石が使えることがわかってから、私はセイディーンの魔道力を使っていないのだ。
魔道力がなくなるはずはない。
でも、セイディーンが王都を出て、ここにいる。
女神は娘の為にあらゆることをしてくれたらしい。




