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第32話

「スフィア様。ローラン殿がいらっしゃいました」

「ありがとう。……あの、リーザはちょっと席をはずしてもらえます?」



 私の言葉にリーザの表情が硬くなる。



「ドアの側には護衛の人がいるんでしょ? ドアも閉まっているし私には何も出来ないわ」

「わかりました。では、しばらく下がっております」

「ありがとう」



 リーザが部屋から出て行き、外から施錠が下ろされる音がした。

 そしてすぐにドアをノックする音がする。



「スフィア様、セイディーンです。お呼びと伺いました」



 低く、甘い声に心がどきりと跳ねる。

 愛されていないとわかっても、私の気持ちは彼を愛しているからだ。



「わざわざすみません。命令とは言え私のことを守ってくださってありがとうございました。最後に1つだけお話してなかったことを話したくって呼んでいた


だきました。」

「……」



 私の声にセイディーンの反応はない。

 そのことに気づいていたけれど、そのまま続ける。



「前に、自分の姿に違和感を感じているって話したのを覚えていますか? 宝珠に力を満たした時、私は全ての記憶を思い出したんです」



 ドアの向こうから、息を詰めた音が微かに聞こえる。

 どうやらセイディーンは私の言葉に驚いたようだ。



「この体はスフィアの体だったんです。私とは似て似つかない姿。私がここに召喚される前、私は死ぬ寸前でここに召喚されました。だから戻れば私


は必ず死んでしまう。その運命のはずがここに召喚されて生きている。……私の名前って女の子より男の子につけるような名前なんですが、名


前には意味があって闇夜に浮かぶ道しるべ、ゆるぎない星。その星のように真っ直ぐな子になりますようにと願いをかけて両親が付けた名前なんです


。だから私、この名前に恥じない生き方をしようと思います」



 見えないことはわかっていたけれど、私は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。



「話はこれだけです。……今まで私を護ってくれてありがとうございました。さようなら……」



 もう会う事はない。

 そもそも帰還すれば私は生きてはいないのだ。

 それでも、不思議と恐くはなかった。

 心は悲しみに沈んでいるが、静かに凪いでいる。


 私は首飾りに触れる。


 世界は愛と、悲しみと、慈愛と、苦しみと恐怖に溢れているけれど、自分の気持ちの持ちようで、どうとでも変えることが出来るのだ。

 私は人を好きになって初めてそれを知った。


 次に生まれ変わってくる時は普通でもいい。

 もう少し長く生きてみたい……。






 朝、目を覚ますと、外は嵐でもきそうなほどぶ厚い黒い雲が立ち込めている。

 でも、空模様とは反対に、私の心は爽やかだ。



「スフィア様、おはようございます。本日はご成婚、おめでとうございます」



 ありがとうなどと返すほど私は人間が出来ていないので、何も言わないに留めた。

 そんな私にもリーザは気にしない。

 続いて何人もの女官が大きな荷物を持って入ってくる。

 今日の支度をする為だろう。


 次々と運び込まれた箱から、今日見につけるものがどんどん出てくる。

 ドレス、アクセサリーなどだ。


 まず、下着からつけられた。

 それから化粧。

 そしてドレス。


 柔らかいオレンジのドレスは美しく、私を華やかに彩る。

 鏡に映る美少女は本当に美しかった。


 しかし、この体はスフィアのもの。

 私の体ではない。

 愚かな茶番。


 グレドルフは私を妻にするのに、どれほどのお金を使ったんだろうか?

 せっかく大金を払ったと言うのに、結婚式の当日に花嫁に逃げられるなんて滑稽すぎて笑ってしまう。


 リーザが最後に私の首飾りを外そうとしたので、慌てて首飾りを押さえた。

 この首飾りがなければ還る事が出来ない。



「この首飾りは前のスフィアが残した物で私にとって旅の間、心の支えであり、お守りのようなものなんです。これを外すのは嫌です」

「ですが、お召し物に合いませんわ」

「じゃあ、服の中に入れておきます」

「……仕方ありませんね。そうされてください」



 あきれた表情を浮かべ、リーザが妥協した。

 そのことに少しほっとする。


 すべての準備が済むと、周りにはたくさんの女官と護衛に護られて神殿へと向かった。



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