第30話
部屋から出たのは、この王宮から抜け出すつもりだった。
しかし王宮は広く、限られた場所に案内付きでしか行った事がなかったので、すぐに迷子になってしまった。
人のいる方に逃げることは出来ない。
どうしたものかと、うろうろと彷徨っているうちに女官が歩いてくるのに気づいて、あわてて近くの茂みに隠れた。
「ねえ、聞いた? 今度のスフィア様はグレドルフ大臣が引き取るんですって!」
「聞いたわ。若くて綺麗な女性と結婚して飽きると別れる。その繰り返しで、48回も離婚歴のあるグレドルフ大臣となんて可哀相。美貌が少しでも
衰えたら、すぐに放り出されちゃうんでしょうね」
「前妻と結婚してまだ8ヶ月でしょう? スフィアが召喚されると聞いてすぐ別れたものね」
「でも、今回はスフィア様を妻にするのに相当お金を積んだらしいわよ? 軍事大臣のベランと最後まで競っていたんだって」」
「あの人、見た目がすごいくせに、いかにも美女って女性がお好きだものね~」
「ケダモノ大臣と離婚大臣。私だったらどっちもお断りだな」
「やだぁ~」
笑い声が遠ざかっていく。
女官のおしゃべりの内容は衝撃的なものだった。
お金で私はやりとりされていたのだ。
そんな男の妻になるから、セイディーンは私を守っていた。
それがとても悔しくて、悲しい。
それでも私はセイディーンへの想いを捨てることは出来ないのだ。
「……いままで何を頑張ってきたんだろう?」
「スフィア様……」
零れる呟き。
会いたくない人の声が重なる。
私は泣きたい気持ちを押さえ、顔を見ないようにしながらゆっくりと振り返った。
「……セイディーン」
「皆が探しております。お部屋にお戻り下さい」
「……」
セイディーンにとって、私の気持ちなどないに等しい。
そうわかっていても私は辛くて、どうすればいいのかわからず、そのまま身を翻して走り出した。
どこでもいい。
セイディーンも、グレドルフもいないような場所へ。
「お待ちください、スフィア様!」
セイディーンが私を追っかけてくる。
でも、それは私の為じゃない。
「いたぞー!」
何処からか、そんな声が聞こえ、何人もの足跡が聞こえる。
私はとにかく闇雲に走り、結局兵士に捕まった。
「痛いっ」
腕を兵士に無理やり捻られ、痛みで悲鳴がもれた。
それをセイディーンが止めようとする。
「スフィア様に手荒なことをするな!」
「グレドルフ大臣から、多少傷つけてもかまわないと許可をいただいております」
「なに?」
「ここは我々に任せて、ローラン殿はグレドルフ大臣にご報告ください」
三人がかりで体を押さえられ、引きずられながら無理やり歩かされる。
走ったせいで、息が整わず、足元がふらふらしてしまう。
「おい、どこに連れて行く。スフィア様のお部屋はそっちじゃないぞ」
「いいえ、沈黙の塔の最上階にある部屋へ連れて行けと命令を受けています」
「沈黙の塔? そこは……」
「女官頭殿もそちらにいます。何か不明点があるようでしたらグレドルフ大臣にお伺いください」
「しかし……」
「では、失礼いたします」
男に挟まれ、まるで囚人扱いだ。
私は最後まで頑なにセイディーンの顔を見なかった。
「スフィア様。お食事のお時間です」
リーザが部屋に入ってくる。
ドアには2人の警備兵が立っていた。
私は結婚式までここに閉じ込められる。
けして逃げられない場所はここしかないとかで、私は沈黙の塔の部屋に閉じ込められていた。
1度逃げ出していたので、それを警戒してのことだ。
私の為にたくさんのお金を積んだのだ。
当然だろう。
こんな国、滅んでしまえばいいと何度思ったことか。
それでもこの国に住んでいる人には事情がわからないのだ。
だから恨めない。
誰も恨む事が出来ず、私の心は寂しさで埋め尽くされるだけだった……。




