第3話
可愛らしく歌う鳥の鳴き声に目が覚める。
随分良く寝たようで、気分がいい。
ゆっくりと瞼を開けてみれば、見覚えのない景色が突然視界に入る。
瞬きしてみても、見える物は変わらない。
今、自分が寝ているのは天蓋付きのベッドだということはすぐにわかった。
天蓋の天井には精巧に彫られた花の模様。
その枠には細かな刺繍の入った布がついている。
私はゆっくりと身を起し、その布を引いてみる。
布の向こうに見えた部屋もやっぱり見覚えのない部屋だった。
ここはどこだろうか?
そう思った瞬間、次に自分が考えた内容に呆然としてしまう。
ここは見覚えがない部屋だと思うのに、見覚えのある部屋が思い出せないのだ。
そして、自分が誰なのか、それさえ覚えていなかった……。
自分の名前、年齢、そしてそれ以外の記憶が私の中にない。
ベッドや部屋は判ることから常識的な事は知っているらしいが、自分の事に関する記憶が一切ないのだ。
私は部屋の片隅に大きな姿鏡を見つけ、そっとベッドから降りた。
鏡の前に進み、その前に立つ。
白く長い髪はゆるいウェーブがかかり、瞳の色は金。
信じられないほど綺麗な美女が立っている。
これが自分?
鏡に映る姿を見てなんとも言えないような違和感が湧き上が湧き上がる。
自分の姿のはずなのに、なぜか違うと感じるのだ。
だからと言って自分じゃないと言える記憶もない。
ふと、額に花のような痣があることに気付く。
私はその額に手をやり痣をこすってみたが、当然消えたりはしない。
「……私」
自分が何者で、ここは何処なのかわからないということが、酷く私を不安定にさせた。
心の中が空虚な感じがしてひどく落ち着かない。
フラフラと部屋を歩き、カーテンの隙間から光が差していることに気付く。
そう言えば、鳥の声で目が覚めたんだった……。
私は窓に近づき、そっと押してみれば、窓は何の抵抗もないまま外へと開いた。
窓の外はベランダになっているらしく、一歩出て眩しい光に目を細めると爽やかな風が通った。
このベランダは中庭に面しているようで、下を見れば、ここは最上階の7階に位置することがわかった。
それにしても大きな建物。
海外にあるどこかのお城のようだ。
ふちの1つをとっても丁寧な造りになっていて、歴史のある厳かな雰囲気がした。
バルコニーの手すりに彫ってあるレリーフに指を滑らせていると、後ろでドアを叩く音がして振り向く。
バルコニーに注がれる光のせいで室内は薄暗く見えるが、しばらくしてドアが開き、女性が入ってきたことがわかった。
シンプルなドレスに白いエプロンのようなものをつけている。
「あら、スフィア様、お目覚めだったのですね」
「スフィア……?」
その女性は私に気付くと、スカートの端を少し摘んで軽く膝を折った。
「この度スフィア様のお世話係りを仰せつかりましたリーザと申します。お召し物をお持ちしました。朝食が済みましたら謁見の間へ参りましょう。皆様がスフィア様をお待ちです」
どうやら聞いたこともないスフィアという名前は私のことらしい。
窓のところまで来たリーザは藍色の髪は1つにまとめ、きりりとした眉が清潔感のある美しさを際立たせている。
リーザは私の手を取ってゆっくりと部屋の中へと導く。
「昨日、召喚された事は覚えていらっしゃいますか?」
「……召喚? いいえ」
「ここはエルディア王国、次期姫が選出されないまま前期姫が崩御されてしまった為、スフィア様には次期姫を選出していただく召喚いたしました」
「ヒメ……」
言葉は分かるけれど、意味が少し理解出来ない。
召喚されたって言っていたけれど、私はどこからか召喚されたのだろうか……。
「……ごめんなさい。私何も覚えていないみたいなの。スフィアって私のことですよね?」
私の言葉に、ベッドの上に白いドレスを広げていたリーザの手が止まり、大きく見開いた藍色の瞳が向けられる。
「……何も覚えていらっしゃらない?」
「はい」
「まあ! 大変!」
リーザは両手を頬にそえ、ひどく驚いている。
「記憶を忘れるなど召喚儀式に何か手違いでもあったのでしょうか? すぐにでも報告しなければなりませんわ。申し訳ありませんが今しばらくお待ちください」
そう言うと、リーザは服をそのままに部屋を出て行ってしまった。
広げられたドレスを見れば、自分の着ている服は寝巻きのようなものだとわかる。
たぶんこのドレスは、私の為に用意されたものなのだろう。
私はそのドレスを手に取って、1人で着替え始めた。




