第29話
結局、王都に戻ってくるまで、お互い何も話さなかった。
王宮の門にいる警備兵に戻ってきた報告をし、王宮内に入る。
「おかえりなさいませ。スフィア様」
リーザがすぐに出迎えてくれ、謁見の間へ案内される。
後ろからセイディーンが静かについて来てくるのを感じ、安心するような悲しいような複雑な気持ちになってしまう。
あまりいいイメージのない謁見の間に入ると、初めて入った時と同様に、テーブルにはたくさんの男性が座り、正面には王が座ったていた。
「よく戻った。宝珠に力が満ちたと各神殿から報告を受けている。それに報告通りの場所を探索した結果、新しい姫を見つける事が出来た。すでに継承の儀式は済ませ、姫の任につかせている」
言葉は重く、視線は鋭い刃となる。
王の口から、新しい姫が任についたと聞いても素直には喜べない。
前の『姫』が自殺したのはこの王のせいなのだ。
私はまた同じことを繰り返させることになってしまうのではないかと不安だった。
「それで、スフィアの今後の身の振りだが、1度召喚されたスフィアはもう戻れぬ。当然戻ることの出来ないスフィアの面倒を見る者が必要だ。そこで、貿易大臣のグレドルフが名乗りを上げた。グレドルフは丁度別れたばかりで新しい妻を迎えたいと言っておったので、スフィアの身はグレドルフが引き受けることになった」
「え?」
王が視線を向けた先には、50代ぐらいの男性が私を見ていた。
この人が貿易大臣のグレドルフなのだろう。
なんとなく、切れ者のような印象を受ける。
私がこの男の人の妻?
テーブルについている他の男性達はなぜか残念そうな顔をして私を見ている。
「勝手に決めないで下さい!」
「黙れ! 私が王なのだぞ! そなたに決める権利はない」
今、目の前で起きている事が信じられない。
「セイディーン!」
後ろに立っているセイディーンに救いを求めて振り返ったが、彼は静かに私を見ているだけだ。
「ローラン殿は、私と共に王に忠義を誓った者。今回、スフィア様の旅に同行させたのも私が頼んだのです」
いつの間にかグレドルフが立ち上がっていた。
「嘘……。だってセイディーンは自分から……」
「いいえ、貴女は無事に『姫』を選出した後、私の妻になることが決まっていました。だから私の妻となる貴女を守る為に、ローラン殿に誓約させたのです」
「……誓約させた?」
信じられない思いでセイディーンを見る。
セイディーンが自分から誓約したのではなく、言われて誓約したと言うの?
「私は、グレドルフ様に忠誠を誓った者。グレドルフ様の言葉は絶対です」
「セイディーン……。じゃあ、何もかも知っていて……」
「ええ」
誓約はただの口約束だが忠誠は違う。
魔道が絡む儀式により、言葉に縛られるのだ。
セイディーンは嘘を言えない。
冷たい表情を浮かべるセイディーンに、私は何もかも理解した。
そして前のスフィアの日記に書かれていた呪うような内容も。
「私、馬鹿みたい……」
私はただ利用されただけなのだ。
利用価値がスフィアの力から、この外見に移っただけ……。
胸に虚しさが広がる。
私は今まで何をしてきたのだろうか?
この世界に来てから泣いてばかりいたけれど、今回は泣けなかった。
「リーザ、スフィアはお疲れだ。お部屋に案内し、休んでもらいなさい」
「はい、我が君。さ、スフィア様、お部屋に戻りましょう?」
後ろに控えていたリーザは王の命令に、私の腕を掴んでひっぱった。
抵抗する気力もなく、ただ引っ張られるまま歩みを進める。
もう、セイディーンの顔を見ることは出来なかった……。
召喚されてから使っていた部屋に連れてこられ、私は、のろのろと天蓋付きのベッドに潜り込む。
暗く悲しい気分。
人生は半分幸せで、半分不幸で出来ている。
だからその時不幸でも、いつか幸せになれると信じていた。
私が誰にでもはっきり幸せだといえるのは、自由に生きられたあの3年間だけだ。
召喚されてからの私は昔の私と同じ。
いつも心に不満を持ち、我慢ばかりをして理不尽な願いを聞き入れるしかない。
私はふと、部屋の中が静かなことに気づいた。
部屋のどこにもリーザの姿がない。
その事に気づいて、私はベッドから起き上がると静かに窓を開いた……。




