第26話
朝、セイディーンは昨日のこともあって、少し心配そうな表情を私に向けている。
でも、心配するようなことは何もなかった。
昨日の戦いで体が汚れていたセイディーンは近くの川で体を洗い、着替えると私を守る為か私の隣で眠り、眠るまでほんの少しお話しもしたのだ。
セイディーンが葉っぱと私のマントで作ってくれたベッドのおかげで、葉っぱのいい香りに包まれながら、壮大なプラネタリウムの空の下で気持ち良く眠る事が出来た。
「疲れていませんか?」
「大丈夫です。葉っぱのベッドのおかげでぐっすり眠れました」
もともと、セイディーンはすごく優しい。
私に向けられる優しさが嬉しくて仕方ない。
セイディーンの瞳を見ると体温が上がり、心臓の鼓動が早くなっていく。
自覚した恋が、淡い期待を抱かせる。
私はそんな自分をセイディーンに知られないように隠すことで精一杯だ。
その後の旅はこれと言って魔物に遭う事もなく、無事にメタナリカ神殿に着いて宝珠に力を注ぐ事が出来た。
メタナリカ神殿には一泊だけして、すぐに最後の神殿、デリス神殿へと向かっている。
ちなみに、宿のある街はほとんどない。
1度か、2度ぐらいしか宿に泊まれないと聞いていたが、野宿は別に嫌だとは思っていなかったし、逆に壁という遮りがない分、セイディーンとたくさんおしゃべりすることが出来る。
とても楽しくて幸せだった。
「デリス神殿へはあと2日ぐらいなんですよね? どうして次期姫がわからないんでしょうか?」
「……お役に立てずに申し訳ないのですが、姫の選定は姫かスフィア様にしかわからないのです。あ、スフィア様、お茶です」
「ありがとうございます」
「まだ熱いですから、ゆっくり飲んでください。この間みたく、また火傷しないでくださいよ。何度も火傷されているんですから、スフィア様もいい加減覚えてください」
「だってあれは……」
宿の食事には必ず最後にお茶が出る。
いつもすごくいい香りの地産のお茶が出るのだが、ない場合はいくつかのメニューから選べた。
私はその中で、ラバダ茶というちょっと甘味があるお茶がお気に入りなのだが、なぜか器が熱くならないので、うっかり量を口の中に入ってしまい、結果火傷をしてしまう。
もう1ヶ月以上も2人で旅をしているせいか、すっかり慣れ、セイディーンには何もかも見抜かれてしまうのだ。
きっとセイディーンが見抜けないのは私の気持ちぐらいだろう。
食後の後片付けが終わると、セイディーンが立ち上がる。
「水浴に行きましょう」
水浴は川で水を浴びて体を綺麗にすることだ。
セイディーンは野宿の場所を決める時、必ず川の近くを選んでくれていた。
安全を考え、少しだけ離れた場所で背中あわせに一緒に水浴する。
私には埃や汗を流せるだけでもありがたい。
手早く水浴びを済ませ、岩場のところに着替えをかけてあったので、そこで体を拭いて下着に袖を通した時だ。
月が明るかったせいもあり、水面に小さな銀の魚が1匹、私の足元に泳いできたことにすぐ気づいた。
どんな魚なのかと思って屈んだとたん、その魚は私のくるぶしにくっついた。
偶然蝶に止まられたような、不思議なくすぐったさが湧き上がる。
私は驚かせないように注意しながら、もっとよく見ようと、ゆっくりと屈んだ時だ。
突然、魚がくっついている場所に痛みが走り、慌てて足元の魚を追い払った。
魚が離れると、一筋の血が水面で糸を引くように流れる。
驚いて足を上れば、噛み付かれたような小さな後があり、そこから血が滲んでいた。
血を吸う魚?
さっきの魚を探して視線を彷徨わせたところ、さっきと同じような魚が群れでこちらに流れて来ようとしていることに気づいて悲鳴を上げた。
「スフィア様!」
セイディーンの声がして振り向いて見れば、セイディーンは裸のまま剣を構えていた。
細身でいながら鍛えぬいた筋肉。
まだ濡れた体には雫がついていて、それが光を反射していた。
「え? セイディーン……って、き、きゃあああああ!」
初めて見る男性の裸に私は慌て、足を滑らせると水飛沫を上げて水の中へと落ちていった。
「水ヒルですね」
「水ヒル?」
「ええ、水の中に住み動物などから吸血する生き物です」
せっかく着替えた下着を替え、ちゃんとした服に着替えた私は、噛まれたところをセイディーンに見せていた。
もちろん、診ているセイディーンもすでに服を着ている。
「魚だと思ってたから、噛まれた時にびっくりしたったんです。しかもちょっと先からたくさん流れてくるし……」
「この国で川に水ヒルがいることを知らない者はいないので確認することを忘れていました。水ヒルの動きはわりと緩慢なので、大抵の者は食いつかれるまえに水から上がります。群れで行動することは珍しいのですが、今は繁殖の時期なのでしょう」
傷はすぐに魔道石で癒して消せたが、セイディーンの裸は脳裏からは消す事は出来なかった。
自分の下着姿もしっかりと見られてしまい恥かしいばかりだ。
真っ赤な顔をしている私にも、セイディーンは普段通りに接してくれる。
「この次、川に入る時は水ヒルには十分注意されてください」
「はい」
「でも……、くくくっ……。今回、スフィア様は踏んだり蹴ったりですね。水ヒルには血を吸われ、私に驚いて水に落ちるんですから」
セイディーン的に今回のことはよほどツボだったのだろう。
思い出し笑いをしている。
「だって私、いつも……」
そこまで言って、ハッとする。
私は『いつも』の次に何を言おうとしたのだろうか?
記憶がないはずなのに、何かを思って話そうとした。
そんな自分に対して、また不安な気持ちが湧き上がってくる。
記憶はいまだに何1つ思い出せないのだ。
「スフィア様?」
「……私の記憶って戻ることもあるんでしょうか? グスタフさんにも言われたんですけれど、記憶のないスフィアは私が初めてだって……」
「儀式の時に何か手違いがあったなどと噂はありますが、スフィア様はスフィア様です。記憶がなくても趣向も考え方も、好みも元々のスフィア様なはずです」
「でも……、私、自分の姿を見る度に何度も驚いてしまうんです。まるで自分の姿じゃないみたいで……。いくら記憶がないとはいえ、少しおかしくないですか?」
「私が聞いた一説によると、スフィア様は、女神ルーディアの娘の姿に引き寄せられる魂だと聞いた事があります。だから白い髪と金の瞳、そしてスフィアの印の痣が額にあるのだと、スフィア様の体に引き寄せられるのは、スフィア様の魂の欠片を持つ者だけで、召喚されるまでは別の姿をしているとか」
「別の姿……」
そう言われると、妙にしっくりくるように感じる。
この体が私の体でないのなら納得がいく。
「もしそうなら……私の本当の姿はどんな感じなんでしょうね……」
そう呟いて私は夜空を見上げた。
今日の月は、いつもよりずっと遠く感じるのは何故なのだろうか……。




