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第24話

 山の連なる場所にあるメタナリカ神殿へは、宿のある街は進むごとに減っていく。

 当然、とうとう野宿をすることになった。


 野宿で気楽なのは人目がないことだ。


 イルカイ神殿を出発して4日目。

 宿のある次の街までは遠いということで野宿しかなかった。

 最初からわかっていたし、とても過ごし易い気候だったので野宿でも不便はない。


 明かりになる白光石は携帯していたけれど、食事をするのに火は必要だ。

 火を維持するには燃える物が必要となり、まだ明るいうちに薪になる木を集めなくてはならないので、セイディーンのそばで拾うのを手伝った。


 最近のセイディーンはとても優しくて、大抵のことは許してくれるようになった。

 それが私に心を開いてくれているようですごく嬉しい。


 私は張り切って薪集めに集中していた。


 十分乾いていて、そこそこの太さがある木を拾う。

 ふと目の前の茂みに長くて感じのいい木が引っ掛かっていることに気づいて私は手を伸ばした。


 次の瞬間、かくんと落ちる衝撃があり、体が下へと落下していく。


 茂みと思った場所は地面ではなく崖だったのだ。

 当然足を踏み入れた私はそのまますべり落ちて行く。



「っ! きゃああ!」



 悲鳴を上げながら、少しでも身を護ろうと体を縮め、腕で頭を守る。

 それでも小さな枝が私の体を傷つけ、切り傷を増やしていく。


 崖がどれほど長くて落ちた先がどうなっているのかわからない。

 試しに何かにつかまれないかと思って手を伸ばすが、落ちて行く速度により視界は悪く、痛みを感じるだけだった。


 どうしたら……そう思っていると、どすんと、何か柔らかいものの上に落ちた。

 やっと底に着いたらしい。

 柔らかい所に落ちたおかげで衝撃は少なく、痛みもない。

 そっと目を開けて、自分が見ているものに驚いた。


 私が着地したのは、ゴム状の柔らかいものの上で、丸い円の中にいたのだ。


 円形にしているのは珊瑚みたいな素材のもので、結構大きなもので、ちょっとしたオシャレな檻のようだが、硬く、触れると少しだけチクチクする。

 それが絡み合い円形になっているのだ。


 その中に私がいて、下はピンク色したゴムのような柔らかいものがしかれていた。

 こんな中にどうやって入ったのかと思いつつ私が動くと、下のゴム状のものがユラユラと揺れる。

 揺らすと斜め上の方が動いて開く。

 どうやらそこからこの中に入ってしまったらしい。


 その円状のものは半分土の中に埋まっていて、後ろを振り返るとすぐに崖で、前は少し開けた感じになっている。

 何とか出られないかと思ってもう少し揺らしてみると、すぐ横で滑り落ちる音がして、少し離れた場所にセイディーンが降りてきた。



「セイディーン!」

「スフィア様っ!」



 閉じ込められている私を見て、セイディーンの様子が変わった。

 いきなり剣を引き抜き、辺りの気配をさぐっている。



「……セイディーン?」



 私の呼びかけにも、セイディーンは反応しない。


 どうしたのかと思っていると、いきなりセイディーンがしゃがんだ。

 なぜいきなりしゃがんだのかと聞こうとして、セイディーンの後ろにあった木が、幹の半分辺りから横にずれて倒れたのだ。



「な……」



 声も出ないところへ、セイディーンが剣を振り上げると、金属音がしてセイディーンの前に黒く大きな変なものが姿を現したのだ。


 それは全長7メートルほどぐらいだろうか。

 全体的に黒光りしていて、さそりの尻尾の先ように尖った腕を持っている。

 セイディーンの剣が受け止めているのはその腕だ。


 マカキリのような頭を持っていて、尻尾まで体はだんだんと細くなっていく。

 尻尾の周りには棘が生えていて、当ったら痛そうだ。


 それに動きが信じられないほど機敏だった。

 4本の足を動かし、目に捕らえることの出来ない動きをする。

 それでもセイディーンには見えるようで、攻防戦を繰り広げていた。


 見たことのない生き物に呆然としていたが、正気を取り戻し慌てて首飾りの魔道石を取ろうとした時だった。



「動くなっ!」

「え?」



 セイディーンの切羽詰った大きな声に私の動きが止まる。

 そうは言っても戦っているセイディーンは劣勢だ。

 応戦しているのが精一杯なのか、セイディーンはこちらを見ない。



「これに魔道は効きません。今貴女がいるのは魔物の卵なんです。下手に動くと孵化します!」



 私はセイディーンに言われた言葉を、脳裏で繰り返しながら自分の下に視線を落とした。



「ひぅ!」



 変な悲鳴が漏れる。


 下にひいたゴムのようなものの中に、セイディーンが戦っているのと同じ生き物が体を丸めていたのだ。

 驚いた時の衝撃で揺れたとたん、ソレが動く。


 この円状のものは子供の餌を捕まえる罠で、私は運悪くその中に落ちたのだ。


 魔道が効かないのであれば、私はセイディーンに助けてもらうしかないが、セイディーンも自分の剣技だけしか魔物を倒す方法がない。

 恐怖に呼吸が難しくなってくる。


 祈るような気持ちでセイディーンと魔物の戦いを見つめるが、明かに魔物の方が強い。

 目にも止まらない早い動きで、両腕の先でセイディーンを刺し殺そうとしている。


 セイディーンは寸でのところでそれを避けるが、時々裂けきれずに肌に大きな切り傷を作っていく。

 それでも何とか魔物に剣を突き刺そうとしている。


 お腹が弱点なのだろうか?

 セイディーンは必至にそこばかりを狙っている。



「うっ!」



 剣が切り払いされてセイディーンが弾きとばされる。

 魔物はその隙を逃さず、魔物の腕の先がセイディーンの肩を貫き地面にめり込む。


 心臓を狙っていたのだろうが、セイディーンはとっさに動いて防いだのだ。

 しかし、肩を縫い付けられてはセイディーンの動きは制限されてしまう。


 その点、魔物の方は片腕と尻尾を使ってセイディーンを攻撃していた。

 何とか片手で剣を使うが、受け止めている手が白くなっている。


 セイディーンが殺されてしまうかもしれない。

 その恐怖に体が震えてくる。


 何とかしてここから出てセイディーンを助けないと、本当にセイディーンが殺されてしまうだろう。

 しかし迂闊に動けば卵が孵化し、私の方が先に殺されてしまうのだ。

 魔道石は効かないと言うし、気ばかりがせっつく。


 この魔物は卵を守っているだけなのだ。

 セイディーンが離れれば深追いしないはずだ。



「もういいから、逃げて!」



 そう言ってもセイディーンは逃げようとはしない。



「私は誓約した者。貴女の命を守るのが契約!」



 効力のある誓いは忠誠の誓いのみで、誓約には何の効力もないことは、ミルフレインの神官長から教えてもらった。

 騎士として誓約は神聖な言葉にはなっているらしい。


 だが、ただの言葉だ。

 命をかけて守るなんておかしい。



「そんなのただの口約束だって、私、知ってます」

「それでも、私には自分の命よりも貴女の方が大切なのです!」



 はっきりと言い切った言葉に心臓が跳ね上がる。


 私を誰よりも大切だと言ってくれたのだ。

 しかし、それは私にも同じ事が言える。

 この世界で私のことを考え、守ってくれたのはセイディーンだけだ。


 いつも優しく微笑み、物腰の柔らかな声で私に話す。


 セイディーンは、私だけを見て私だけを考えてくれる。

 そんなセイディーンを私は……、私は彼を好きになってしまったのだ。


 こんな時に自分の気持ちを自覚するなんて……。



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