第23話
次の日、宝珠の間に私は立っていた。
首にはアイルにもらった本についていた魔道石のついた首飾りをつけている。
宝珠の間はやっぱりどこの神殿でも同じつくりのようだ。
私は、ゆっくりと宝珠に触れる。
いままでと同じ、宝珠は触れたとたん光を放ち出す。
『聞いているの北斗?』
「え? あ、ごめん何?」
『ちゃんと話を聞きなさい。今度の仕事はロンドンなの。それでノブおばさんにはもう少しお願いしますって言っておいたから』
「うん……」
国際電話ごしの母の声はもう聞きなれている。
しかし、生の声はもう何年も聞いてはいない。
『それと、成績表を見たのだけれど、あれは何? Bが2つもあるじゃない』
「……」
『ちゃんと勉強しているの?』
「してるよ」
『それであの成績なの? いい大学に入れないと困るのはあなたなのよ? なんだかんだ言ったって日本は学歴社会。いい大学に入っ
て一流の会社に就職をする』
年に数回かかってくる電話のほとんどはいつも成績の事ばかりだ。
誕生日には1度もかかってきたことはない。
母にとって大切なのは人より優れていることで、それ以外はあまり重要じゃないのだ。
完璧でないものはないのと同じ。
いつも母は私にそう言う。
どんなに努力しても、私は完璧には出来ない。
幼い時はそのせいで、人より劣るダメな人間なんだと思ってずいぶんと悩んだ。
それでもやっぱり母を悲しませたくなくて、私は勉強し、いい大学に入って一流の有名企業に就職した。
仕事をこなし肩書きだけが上がる中でも、私は幸せにはなれなかった。
ただ寂しくて、ただ虚しい。
いつも満たされることはなく、母の要求も尽きることがなかった。
私はただ普通に人が持っているようなものが欲しかっただけ。
一生懸命努力したら、素直に誉める言葉か欲しかった。
父も母も揃った家に、帰りたかった。
母の手料理が食べたかった。
ただ、平凡でいいから温かい家庭で過ごしたかっただけだったのだ。
私には健康な体があって、働くのは嫌いじゃない。
物欲はそれほどないけれど、本をたくさん読むのが好き。
本当のことを言い合える友達がいれば、友達はあまり多くなくてもいい。
自分の持っている大切なものはこれだけ。
他には何もいらない。
そんな私の願いは自分の家庭を持つことだった。
平凡でもお金持ちじゃなくてもいい。
私の描くとおりの家庭がほしい……。
涙が、零れる。
ゆらゆらと揺れる視界の向こうで、宝珠が揺れていた。
そして体には前回を上回る激痛が走り、意識は闇の中へと落ちていくのだった……。
意識が浮上し、目が覚める。
体はほてり、錘が乗っているように重い。
少し顔をめぐらせ、セイディーンを探してみるが部屋の中に姿はない。
小さくため息をつく。
魔道石が使えると言っても、やっぱり私はセイディーンに頼っている。
何度か深呼吸を繰り返し、首にかけていた首飾りから1つ緑色の石を掴む。
少し力を必要としたが、何とか引きちぎることが出来た。
「……クレイアラル。癒しの……光よ、汝を癒せ!」
弱々しい声で呪文を唱えれば魔道石が発動する。
石から光が溢れ出し、私の体に吸収されると、信じられないほど体が軽くなった。
試しに体を動かし上半身をベッドから起こしてみる。
「……なんともない……」
あれほどの体のだるさも嘘のように消え去っている。
今の私は元気そのものだ。
ベッドから起き上がって窓を開けようとした時だった。
ノックがしてすぐにドアが開く。
セイディーンだ。
セイディーンは私に気づくと、驚いたように目を見開いて停止した。
「魔道石を発動させたんです。すごく元気になりました」
「え……あ、そうですか」
戸惑っているセイディーンを他所に、私は荷物をまとめ出した。
「今日はもう出発出来ないんですか?」
「スフィア様? 何を?」
「今日出発出来るなら次の神殿へ向かった方がいいかと思ったんですけど、セイディーンは休んだ方がいいですか?」
「あ、いえ、私は十分休ませて頂きましたが……」
「じゃあ、申し訳ないですけど、出来るだけ早く出発しませんか?」
「え、ええ」
急かすようで悪いけれど、宝珠もあと2つ。
それなのに姫が誰なのかまったくわからない。
姫を探し出すのにどれほどの時間がかかるかわからないのだ。
宝珠に力を送るくらいは出来るだけ早く終わらせたい。
私が宝珠に力を送り込んだのは午前中の早い時間だったので、倒れてから目が覚めるまでの数時間が経っているだけで、まだ昼ち
ょっと過ぎぐらいの時間帯だった。
宿のある次の街までは結構近いと聞いていたし、次の街に進むには支障はないはずだ。
慌しく挨拶をすませ、私達は次の神殿、メタナリカ神殿へと出発した。




