第19話
鋭い視線で男と向き合うセイディーンから殺気のようなものを感じ、肌が少しぴりぴりするような感じがする。
それなのに私を捕まえている男は嬉しそうに笑っていた。
「もちろんこの女さ。半年ほど監禁でもしておくだけで、この国の宝珠の加護は崩壊する。その仕事だけでどれほどの
報酬があるか知っているか? そして男に最高の快楽をもたらすと言われているこの体!」
男は後ろから私の胸を掴む。
気持ち悪くなるほどの嫌悪感と、力任せに掴まれたことによる痛みが体を走り抜けた。
「いやっ!」
「スフィア様に触れるなっ!」
セイディーンがそう怒鳴って男に切りかかる。
男は腕に持っていた大きな斧で、セイディーンの剣を片手で受け止めた。
「なあ、いくら出せば俺と協力する?」
「ふざけるな。いくら出されてもお前などに協力するものか」
「こんないい女なんだぜ、監禁している間は抱きたいだけ抱ける」
「スフィア様は尊きお方、そのようなことを考えるなど汚らわしい」
男から発せられる恐ろしい言葉に体が振る 。
その間も、男とセイディーンは剣を合わせていた。
「汚らわしい? 女神の娘でも女は女だ。抱きたいと思って何がおかしい?」
「そのような考えを持つことさえ許されぬ。女神の娘に対しそのような考えを抱くことが恐ろしくはないのか!」
セイディーンの言うほど自分が高貴な存在だと実感はないが、そこまで言われると逆に寂しくなる。
彼にとって私は神なのだろう。
「俺は生まれてから様々な悪事に手を染めてきた。そして今、女神の娘を手にしている。女神がいるのなら、愛しい娘を守る為、とっくに俺を殺してるさ!」
「愚かな……」
激しく金属のぶつかる音が響く。
どちらとも、すごい速さで武器を合わせている。
食堂用の椅子が流された剣で次々と粉砕され、倒れていく。
セイディーンの激しい攻撃に、男は受け流すのが精一杯になってきたのか私を掴んでいる腕が緩まった。
完全にセイディーンとの戦いに集中している。
今なら魔道が唱えることが出来るが、ここは宿の中だ。
迂闊な攻撃呪文は使えない。
出来れば、このまま外に出てくれると魔道が使いやすいのだけれど……。
「お頭、騒ぎが大きくなって、警備隊がこっちに向かってきやす!」
「ちっ!」
仲間の言葉に、男が私を抱えて宿から飛び出した。
私はこのチャンスを逃さず、すぐに雷鳴の呪文を唱える。
「アルベライル! 雷鳴よとどろけ、この男を打ち据えよ!」
実践で使う初めての魔道魔法。
すさまじい音を立てながら、雷が空から一直線に男の所へ落ちた。
それと同時に、抱えられていた私にもすさまじい衝撃が襲う。
私は雷が落ちた時のショックで地面に投げ出され、痺れて動けない。
そんな私の元にセイディーンが駆け寄る。
「何て無茶を!」
「……ご、ごめんなさい」
「お頭っ!」
外で待っていた6人の仲間が、黒コゲになった男を呼ぶが反応はない。
男は雷に打たれた瞬間から命を奪われているのだ。
仲間の声に、セイディーンはすぐに剣を持ち直す。
「去れ。そうすればこれ以上は追わぬ!」
「ひっ!」
凄みのあるセイディーンの言葉に、仲間の男達は方々へと散ってゆく。
「お部屋に戻りましょう。後は警備隊がしてくれます」
「は……はい」
私は雷に触れたショックと、初めて自分が人の命を奪ったことに対するショックなのか、震えが止まらず、足と腰に力が
入らない。
セイディーンは剣を収めると、素早く私を抱えて宿に入る。
そこに宿
主が出て来た。
「な、何ごとが?」
「賊です。リーダーの頭は処分しましたが、残りは逃げました。これでこの宿に危害を加えるようなことはないから安心
してください」
「あ……あの」
「リーファ様が貴族の娘だと調べていたようで、誘拐しようとしていたのです」
「誘拐!」
事実とはかなりかけはなれた話だったけれど、事実を言うわけにもいかないので仕方ない。
ぐったりした体をセイディーンに預けながら、不安そうな宿主さんに微笑む。
「ご迷惑をおかけしてごめんなさい。明日は出て行きますので今日だけは休ませてください」
「もちろんです! こちらで警備隊にお願いしていきますから、ゆっくりおやすみください」
「ありがとうございます」
「宿主。申し訳ないが、水を入れた桶を部屋に持って来てください」
「はい、かしこまりました」
宿主に礼を述べて、部屋に上がる。
ベッドに下ろされると、宿主さんが水の入った桶を届けてくれた。
セイディーンは水を染み込ませた布を、私の額に乗せてくれる。
濡れた布がひんやりとしていて気持ちがいい。
「申し訳ありません。私の癒しの魔道は傷を直す程度のもので、体を癒すことは出来ないのです」
「私なら大丈夫、謝らないでください。少し体がしびれているけれど痛みはありませんから」
「……スフィア様」
「その代わり、少し手を握ってくれませんか?」
「手を……ですか?」
「はい。安心出来るので」
無理だと思いつつも頼んでみると、あっさりとセイディーンが手を握ってくれる。
「これでよろしいですか?」
「はい」
「手が冷たい……。雷鳴魔道を受けたせいです」
「雷……あの人、死んじゃったんですね」
真っ黒な人の形をしたモノ。
それは雷に打たれる前は人間だったモノ。
私は雷であの男の命を奪ったのだ。
「どのみち私が手を下していました。あのような危険思想を持つ者は、生かしておく事は出来ない」
「でも……」
「あの男に連れていかれていたら、スフィア様はどうなっていたかと考えれば当然の結果です。それにあの男、初めて
会った時からどこかで会ったような気がしていたのですが、思い出しました。王都でも残虐な集団として有名なグロウの
頭です。捕まれば死刑になる者。気にすることはありません」
あのまま連れて行かれていたらどうなっていたかと考えて震えが立ち上る。
鋼のような腕だった。
女性を肉体で判断する思想。
対等な人間扱いではない。
それでも人を殺してしまった事実は重いものだった。
ミルフレイン神殿の神官長が教えてくれたのだけど、白い髪を持つ女性が姫になることが多いと言う。
しかし、まだ1度も白い髪の女性には会ったことがない。
白い髪と金の瞳。
そのどれもがこの世界では珍しい。
しかも両方揃っていることは、まずないのだが、それはふせられている事実だった。
それほど珍しい色をしているのだから、人目を惹かないはずがないのだ。
今回、もう少し気を回せばこんなことにならなかったのかもしれない。
あの男も、命を失う事はなかった……。
セイディーンはあの男は犯罪者だと言っていたけれど、だからと言って私が命を奪っていいとは思えない。
私は善の名のもとで、殺人を犯してしまったのだ。
小刻みに震える手をセイディーンは見て見ぬふりをしてくれている。
「私、記憶がないせいなのか、自分の姿に慣れないんです。まるで他人の体の中にいるみたいな違和感……。鏡を
見ても、画像ごしに他人を見ているようで……・だから、自分が目立つ姿をしているのを忘れてしまって……」
「私もうかつだったのです。それに、記憶を戻せばそんなこと考えなくなります。とにかくもう休まれてください」
「あの、セイディーンは大丈夫なんですか?」
「私ですか?」
「はい、あんな大きな魔道力を使っちゃって、調子が悪くなったということはないんですか?」
「……ええ、ありません」
「そう、それなら良かった……」
安心したのか、ゆっくりと睡魔が襲ってくる。
額の冷たさと、左手に感じる人の体温に、いつしか私は眠りについていた……。




