第18話
あの男に会ってから何故か不安がつきまとい、何となく落ち着かない気分の時、ドアがノックされた。
その事が少しだけ安心をもたらす。
「スフィア様、これからお食事をお持ちしました」
「あ……はい。あ、あの、今日だけは一緒に食べちゃダメですか?」
「一緒にって……私とですか? もちろんいけません」
「でも、今日はなんだかすごく不安で……」
「お疲れなのでしょう。ゆっくり休まれれば大丈夫ですよ」
1人になるのが恐かった。
だから一緒に食べて欲しかったのだけど、私のお願いはあっさりと却下されてしまった。
予想はしていたものの、不安はさらに膨れ上がる。
セイディーンの性格上、これ以上言っても取り合ってはくれないだろう。
諦めるしかない。
1人ぼっちの夕食を済ませ、私はいつものように部屋の窓を開けた。
いつも窓から見える外の景色は私を慰めてくれるものだったのに、今日は逆に不安が募る。
寝る時、いつもは夜風が入るように窓を少し開けておいたのだが、今日に限ってがっちりと錠を下ろす。
それでも不安は拭えない。
なぜ自分がこれほど不安を感じるのだろうか?
体格のいい男の人なんて、何度も見た。
それでもあの瞳を思い出すと気持ちがざわめく。
明日の朝には出発するのだ。
そうすればもうあの男性と会う事はない。
そう自分に言い聞かせ、ベッドに入ってざわめく気持ちのまま眠りについた……。
何かの物音がしたような気がして、目を覚ました。
窓の隙間から光が差してこないことから、まだ朝ではないことがわかる。
上半身を起こし、あたりを見回す。
部屋は薄暗かったが、これといって変化はない。
物音がしたのは気のせいなのだろうか?
そうは思っても、何か不安で、ゆっくりと音を立てないようにベッドから立ち上がった。
物音がしたと思ったのは窓の方だ。
白光石という明かり用の石は、窓の前に置いてある。
明かりを点けなければと思いつつも、白光石をつける気にはならない。
耳を澄ませ、ゆっくりとドアの方に後退る。
次の瞬間、またコトリと音がした。
間違いなく窓の所から音がしている。
私はドアに耳をつけ、廊下の様子を伺う。
廊下からは何の気配もなかった。
私はそのことに安心し、顔は窓の方を監視しながら音を立てないようにゆっくりと鍵を外す。
その時、信じられないことに窓が開いたのだ。
開いた窓の隙間の向こうには、いかにも人相が悪そうな痩せた男が見えた。
宿屋の前で会った時の男とは違う。
男はベッドに視線を向け、次にドアに貼り付いている私に気づいて驚いたように瞳を開く。
この男は私を狙っている。
そう理解したとたん、ドアを開けた。
背後で慌てたように窓が開かれ、大きな物が落ちる音がする。
男が部屋に入って来たのだ。
私は部屋から出て、すぐ隣の部屋のドアを強く叩いた。
「セイディーン! セイディ……むぐっ!」
後ろから口がふさがれ、ドアを叩いていた腕が掴まれる。
すごい力で押さえつけられていて、抵抗らしい抵抗が出来ない。
次の瞬間、ドアが開かれ、寝巻きのまま剣を持ったセイディーンが現れるが、私の体はズルズルと後ろに引きずられて
いく。
救いを求める視線をセイディーンに送る。
「 何者だ貴様っ!」
キラリと鋭利な光が闇の中で一瞬光る。
それが男の持つ剣なのだとすぐにわかった。
その剣が私の方に向けられる。
「動くんじゃねぇ!」
いかにも柄の悪そうなしゃがれ声。
しかし、そんな声にも関係なくセイディーンは剣を抜く。
こんな狭い通路で剣なんて振り回せるのかと思った時だった。
セイディーンの体が闇夜の中、淡く光りだす。
魔道力を使うつもりなのだろう。
彼は魔道騎士だ。
場所なんて関係ない。
「フレイル! 風よ男を吹き飛ばし、スフィアを護れ!」
セイディーンの呪文が唱えられ、魔道が発動する。
持っている剣から風がわき起こり、男を階段の下まで吹き飛ばす。
当然、捕まっていた私も吹き飛ばされるが、風が私を護ってくれる。
しかし、次の瞬間、私は違う男の腕の中にいた。
「ほう、魔道騎士か……」
「貴様はさっきの」
「ニニスからつけていて、やっと今、確証したぜ。この女こそがスフィアだ!」
ニニスは王都を出て、2日目に泊まった街だ。
その時から目を付けられ、ずっとつけられていたのだろうか?
顔を斜めに上げれば、思った通り宿の前で会った男だった。
何とか逃げ出そうと、じたばたともがいてみても、まったくびくともしない。
この屈強の男の前では、私の抵抗など些細なものだ。
男はセイディーンだけを睨みつけている。
「白い髪。金の瞳。額に6枚花の痣を持つスフィアだ!」
男の手が私のあごを捉え、セイディーンに向ける。
寝るからと、額の布は外していた。
そのせいで額の痣が丸見えになっていたのだ。
「何が目的だ」
鋭い気配が私の肌を刺す。
温厚な普段のセイディーンとは違う、騎士のセイディーン。
初めて見る姿に、何故かセイディーンの存在がひどく遠くに感じられる。
セイディーンは何も変わっていないはずなのに……。




