第17話
ミルフレインの神殿から次のタウレン神殿までは、馬を飛ばして9日ほどの場所にある。
宝珠のある神殿はどこも王都からそれほど離れていない場所にあるのが救いだ。
移動に何週間とかかったら、状況はもっと切羽詰った状態だったのかもしれない。
移動には馬を使うのだが、ミルフレインの神殿まで乗っていた馬は、神殿で用意されていた馬と交換された。
新しい馬はグリーンに黄色みのかかった毛並みをしている。
2人が乗っても、長距離に耐えられるように改良された品種らしく、その馬に乗ってタウレン神殿へと向かっていた。
途中何度か公道とは言いがたい道もあったが、比較的整備された道が多く、振動は少ない。
セイディーンの話では西側は交易の頻繁な国の多い内陸に位置する為、交易のことを考えて整備されているという
ことだった。
だから、逆に東は交易のない国側が集中している上に、山脈が多いということで整備されていない道が多いらしい。
今日出発したばかりだというのにセイディーンはずいぶんと馬を飛ばしている。
宿を取れる街が少し遠い場所にあるらしく、出来ればそこで宿が取りたいようだ。
これからの道中、最悪、野宿ということもあるかもしれないと初めから聞いていたし、覚悟はしていたけれどセイディー
ンは出来るだけ宿に泊まれるように考えてくれているのだろう。
きっと私が倒れてまだ3日しか経っていないからかもしれない。
そんなセイディーンの心使いが嬉しかった。
陽が暮れて、少しだけ闇の帳が降りてきた頃、タウレン神殿に向かってからの初日の宿は、何とか間に合った。
気を遣わせていることには少しだけ申し訳なさがあったが、それでもやっぱりベッドで眠れるのはありがたい。
体調はすっかり良くなったとは言え、野宿には慣れていないし先はまだ長いのだ。
出来るだけ休みたいというのが本音だった。
宿を取った街は今までの宿より、ほんの少しデザイン性が感じられる。
簡素さは残っていたものの、必要ない装飾が見られた。
西側に近くなったせいかもしれない。
旅での楽しみは、セイディーンとのおしゃべりと、食事、そして宿だ。
もちろん、部屋からは出られない。
遊びに来ているわけじゃないので、観光などは出来ないが、考えようではどんなことも楽しむことが出来る。
私は宿を比べて楽しむことにしていた。
特に窓から見える景色は、楽しいい。
この世界の人々の暮らしが垣間見れる。
ふと、いつものように窓から外を見ていると、誰かの視線を感じた。
気配のする方向に視線を向ければ、男性が2人、こちらを見ているのに気づく。
私は慌てて額の布を確認する。
スフィアが白い髪に金色の瞳だということは、ごく一部にしか知られていないが、この額の痣だけは、この世界のほとん
どの人が知っている。
見られれば、私がスフィアだと判ってしまう。
しかし、心配はよそに額にはずれたりせずにちゃんと布が巻かれていた。
安心したものの、やっぱりなんとなく見られていい気分はしないので、私は景色を諦め、窓を閉めベッドでゆっくりと休
んだ。
起きた時には出発の準備に追われ、そのことをセイディーンに言うことを忘れてしまっていた……。
この先にある街が遠いとかで、今日は早めに宿を取る事になった。
宿の前に馬を止め、私はいつものようにセイディーンが宿主と話をつけるのを馬の上で大人しく待つ。
この街はずいぶん人が多い。
見ていると振動があり、驚いて後ろを振り向く。
すると、すぐ側に物が散乱していた。
どうもすれ違った男の荷物が馬にぶつかり、男の荷が崩れて落ちたらしい。
「あちゃぁ~」
散乱した荷物を見て男が声を上げ、大きな体を丸め、荷物を拾い始めた。
筋肉の盛り上がった体。
見た目は普通の人だが、なんとなく独特な雰囲気を持っているような気がする。
荷物の散乱したすぐ横で馬に乗ったまま見ているわけにもいかず、私は馬を下りて荷物を拾うのを手伝うことにした
。
「お、ありがとうよ。拾ってくれるんかい?」
「ええ、大丈夫ですか?」
「ああ、別に汚れても困るモンじゃねぇが、手伝ってもらって悪いな」
荒事には慣れていそうな男は、その外見からは意外なほどフレンドリーな話し方だ。
「綺麗なお洋服が汚れちゃわねぇか? アンタ、いい所のお嬢様なんだろ?」
「ええ、まあ」
「リーファ様!」
私が一緒に荷物を拾っていると、セイディーンの鋭い声がした。
振り向くと、セイディーンがこちらに戻ってくる。
「セイディーン……」
「何をなされているのです」
「荷物を拾っていただけです」
「いけません」
「でも……」
怒られて困惑している私に、男が手を振る。
「だいぶ拾ってもらったんだ。もういいって、ありがとよ」
「……そうですか?」
「ああ、それに、これ以上拾ってもらったりしたら、そこの兄ちゃんが脇に挿す剣で殺されちまう」
「セイディーンはそんなことしたりしません」
「あはは、そうかい!」
男は豪快に笑っていたが、瞳は鋭くセイディーンを捕らえている。
セイディーンは気づいていないようだったが、私はそれを見逃さなかった。
「……セイディーン、心配かけちゃってごめんなさい」
「いえ、では宿にお入りください」
「はい」
なんとなく、これ以上ここにいたくなくって、セイディーンに言われるまま素直に宿に入る。
その時、ふと振り返って男を見ると、男はなぜか荷物を拾わずに私を見ていた。
まるで何かを観察しているような瞳だ。
いかにも荒事が慣れてそうな体にその瞳。
何か悪い予感がする。
ひどく気になる瞳に、心の奥がざわめいた……。




