第13話
手が優しく背中に触れた。
セイディーンの声が心に染み込んでくる。
「大丈夫ですか?」
優しい声で話し掛けられるが、泣き止むことが出来ない。
「この国は腐敗してだいぶ経つ、王宮の者は、我が身の事しか考えていない。きっとスフィア様もお心を痛めさせられたことでしょう。……人は全てを心に抱えることは出来ません。抱えすぎた心は何かのきっかけで崩壊してしまうもの。あまりたくさんのことを心に封じてしまってはいけません」
「神……ぐっふぇ……長さ……ん」
「ここは女神様の神殿。女神様の娘であられるスフィア様の場所でもあります。ですからよろしいのです。気の済むまで泣かれてください」
神官長の言葉で、なぜいきなり自分が泣き出してしまったのかわかった。
この世界で、私は無力だ。
自分の命がいつでも危険な立場であることを理解し、その恐怖と今までの心の疲労が私を泣かせているのだ。
「飲み物をお持ちしました」
「ありがとう。さ、スフィア様、熱いですから気を付けてお持ちください?」
「は……い」
温かいカップを手渡され、少し気分が落ち着く。
カップから立ち上る香りが私の呼吸を楽にしてくれた。
「少し落ち着かれましたか?」
「ありがとうございます」
やっと気分が落ち着いて顔を上げる事が出来た。
優しくしてくれる神官長さんは、まだ若く、三十代の中ごろだろう。
白い聖職者の服が似合う。
とっても優しいほっとするような笑顔を浮かべている人だった。
「ここは女神様にお祈りする場所で、他には何もありませんが、気分転換に少しお1人で見て回りますか? 外には誰がいるかわかりませんので、この神殿の中でしたら、お好きなように歩き回ってもかまいませんよ?」
「いいんですか?」
「もちろんです」
目覚めてから、私は自分の部屋以外で1人になったことはない。
何処に行くのにもリーザが側にいたし、旅に出てからは当然だけどセイディーンが側にいた。
「いけません! たとえ神殿内でも、スフィア様をお1人にするわけにはいきません」
セイディーンは少し困惑したような声で神官長を咎める。
しかし、神官長は、優しい笑顔を浮かべたままだ。
「スフィア様には1人でゆっくりしていただくことも必要ですよ」
「ですが!」
「あなたは、もう少し、スフィア様がごく普通の少女と変わらぬ心を持つ方だと理解された方がいいでしょう。神が我々の為に苦労するのは当然だと教えてられてきたことは知っていますが、それは我々の奢りです。このような考え方をしているのはわが国だけだと知られた方がいい」
「!」
「そうやってあなた方はスフィア様を束縛し、無理強させているということがなぜわからないのです? この方が天界に還られてしまって困るのは我々の方なのですよ? ここは私の神殿です。何かあったら私が責任をとりますよ」
「……」
「スフィア様、立てますか? とりあえず今日お休みいただくお部屋に案内いたしますので、お散歩はその後にされてください」
神官長の体でセイディーンの表情は見えなかったが、ぴりぴりとした空気から、セイディーンが怒っていることはわかった。
いつも物静かで物腰が柔らかいというのが私の印象だったので、セイディーンの様子に戸惑ってしまう。
背中を押されるまま歩いて部屋を出ようとしたが、セイディーンが着いて来ない。
神官長に言われたことを考えているのだろう。
私は立ち止まった。
「神官長様、心配してくださってありがとうございます。でも、この世界で、私に優しくしてくれて、守ってくれたのはセイディーンだけだったんです。セイディーンはセイディーンの優しさで私を気に掛けて心配してくれただけなんです」
「……スフィア様」
「さっき1人で待っていた時、突然木が揺れてすごく恐かった。だって、セイディーンがいないと私は魔道も使えないし、自分の身1つ護ることも出来ないんだなって思ったら、恥かしいけれどなんか情けなくなっちゃって……。そんな私をセイディーンは心配してくれているだけなんです」
私は立っているセイディーンの側に行って、その横に並ぶ。
こんな無力な私を護ってくれる人はセイディーンだけなのだ。
「私が何も出来ないからいけないんです! セイディーン、何も役に立てなくてごめんなさい。でも、これからも私を助けてくれますよね?」
「スフィア様……」
私がそう言うと、セイディーンは少し寂しそうに微笑んで頷いた。
「……神官長殿。私はこの命に代えてもスフィア様をお護りすると誓約をした者です。たとえ貴方がここの神官長でも私に指図することは出来ない。……ですが、私もスフィア様のお心もお護りすると貴方に誓います」
「ローラン殿」
真っ直ぐ真剣な瞳で神官長に誓うセイディーンに、ドキリと心臓が音を立てる。
「誓約をした者。そうだったのですか……。では、私が口を出すなどおこがましいですね」
「いえ……、私は私なりにスフィア様をお護りしたと思っているとわかっていただければいいのです。さ、スフィア様。お部屋でお休みください」
「はい」
その後は、和やかな雰囲気が流れ、私は、一番上等の部屋に案内された。
「宝珠に力を注ぐのは明日、ゆっくり休んでからにしましょう。それまでは、この神殿で好きなようになさってください。ローラン殿の部屋は左隣になります。ここには私と、厨房係りのメディッサ、管理人のノーブ、そして他に神官6名がおります。何かあればお声をおかけください」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ、では、ごゆっくりおやすみください」
神官長がいなくなると、私とセイディーンだけが残された。
「スフィア様、……先ほどは申し訳ありません」
「とんでもないです! 私こそ迷惑をかけちゃってすみません」
「いいえ、確かに私も少しスフィア様を縛り付けてしまったように思います。スフィア様には大切な使命があり、私はそれに集中出来るようにしなければならないというのに……」
「そんな、私はセイディーンに感謝しているんです」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
礼儀正しく、硬い表情のセイディーン。
旅をしている時の親密さが消えてしまい、目の前にいるのは出会った頃のセイディーンのようだ。
なんとなく2人の間に壁が出来てしまったようで、寂しく感じた……。




