<95>首輪付き
目を覚ました二人はようやく自分の置かれている環境を目の当たりにしたのだった。
目が覚めると、そこは牢獄だった。
頭がというより腹が痛かった。内臓に由来するというより、皮膚と筋肉が痛んでいるようで、これはこれで不快であった。一番近いのは打撲による外傷である。そこまで考えたところで瞳を開く。瞼が涙の乾燥した感触でざらついている。
肺胞に酸素を通せば、すぅと鼻から抜き、くぐもった言葉を吐き出す。
「くそー………腹ばっか蹴りやがって………」
「…………だ……ぅ……だいじょうぶ?」
「メロー。お前、随分寒い格好してんなぁ……」
と、目の前には膝を抱えて座り込みこちらを覗き込んでくるメローの赤い瞳があった。メローはいつものローブではなく黒っぽい肌着のみを着込んでおり、肌寒いのか鳥肌が立っていた。見慣れぬ環境にあるせいか視線は戸惑いを強く背負っており、言葉がどもっている。
メローが不安さを隠そうともせず己の首を弄っている。首にはごつごつとした大きな首輪がかかっており半透明な石がはめ込まれていた。
「俺もかよ。畜生……槍とかどこいきやがった。首輪もついてるし、訳わかんねぇ。腹いてぇ……これでも女の体だってのに腹はねーだろ糞赤毛野郎。次会ったら殺してやる。鼻へし折って……」
胡坐をかいて、文句を並べて行進されてやった。行進曲は吐息である。
ふと、自分の服装を確かめてみれば、鎧も武器もなく肌着のみであり首には同じような首輪が嵌っていた。誰かが脱がして首輪を装着したのか。意識を失っている間に己に起こった出来事に眩暈を覚えつつも、首輪が外れないかを試してみながら、周囲の環境へ目を配る。
そこは岩山をくり抜いて部屋に仕立て上げたような広間であり、壁際に格子をはめ込んで個室にしていた。収監するためというより見通しをよくするためのように思われた。何故なら、扉に鍵がかかっていないからだ。手の届かない上の方には松明が掲げられており盛んに燃え盛っていた。よく見てみればセージとメローと同じような格好をした連中がたむろしている。皆、女であり、目に生気がなく疲れ切った顔をしていた。
――まるで奴隷労働者のようではないか。
セージの脳裏に率直な印象がちらついた。粗末な服といい首輪と言い奴隷のようだ。この上なく奴隷という普遍的な概念を具象化したかのような格好ではないか。
セージは何気なく首輪を弄りつつ、片手に火を出現させようとした。魔力を察知したメローが口を開きかけたが間に合わない。
刹那、魔力の作動を探知した首輪から行動不能に陥る出力の電流が迸った。皮膚を伝い全身へと蔓延る。
「ふぐぐぐ! いつつつッ!!」
体が勝手に動作する。視界が白黒を行ったり来たりして、苦痛の悲鳴を上げた。十秒か、もしくはそれよりも短いだろうか、いつの間にか電流は去っており、静寂だけがあった。
メローがセージの肩に手を貸すと、起き上がる手伝いをする。
「わたし………もやった……でんきいたい。魔術だめ」
「最高だ……二日酔い以来の気分………メロー……先に、言うべきだと……」
たまらず悶絶して倒れ込んだセージは、ぶつぶつと不満を零し、ついでに誰にあてたとも知れない皮肉を紡ぐと、メローの助けで起き上がり、首輪にそっと触れた。魔術が作動するのを検知するや否や電流が流れる仕掛け。魔術が使えないとなるとセージはただの女の子に過ぎない。抵抗するだけ無駄かもしれないと瞬時に悟る。
乱れたブロンド髪を適当に繕うと人生初の電流責めの感想をひたすら並べようとした。やめた。体力と時間の無駄だ。愚かさは唾液に紛れて食道に押し込めればいい。
セージがメローに現状を訊ねようと口を開いた。するとメローは部屋の外を指差した。気配がする。振り返ってみれば、これまたどこかで見たような顔立ちの赤毛の妙齢の美女がいた。
赤毛の女は黒系の上品な服に身を包んでおり、服の上からでも起伏ある魅惑的な肉体美を余すところなく浮き上がらせていた。匂い立つ気配はどこまでも妖艶であり美しい。
女の顔立ちと赤毛に引っかかる点を感じたセージが黙っていると、女の方から言葉をかけてきた。
「新人さんお二人ともようこそ。銅傭兵団の鉱山へ。私の名前はアッシュ。といってもそっちのチビちゃんとはさっき顔を合わせたわけだけども……」
「俺は、セージ。こっちがメロー。で、俺に何をしろっての。こんな首輪付けさせちゃって。大まかわかるけどさ」
「物わかりがいい子は嫌いじゃないわよ」
セージはいっそ開き直った態度でアッシュへと言うと、むっつり口を塞いで腕を組んで見せた。仰々しい首輪といい、環境と言い、該当することが一つしか思い浮かばない。
アッシュが一枚の硬貨を指に挟んでちらつかせた。柄のない、簡素な一枚を。
「これをエルフ族であるあなたたちが持っていたのが最大の理由ね。これは我らが一族と契約を交わしたものだけが所有を許され、行使できる証。一体全体、誰から盗んだのかしら」
セージは迷った。とある村に住まうアシュレイについてばらすべきかと。もし口を割ろうものならアシュレイが殺されてしまうのではないだろうか。時に偽悪的にふるまうことのあるセージであるが、根っこは良識ある人間である。だが永延奴隷労働は勘弁だった。
溜息を吐くと、首輪を弄りつつ、告白してしまう。
「アシュレイって……そう、あんたそっくりな女の人から貰った。質問は?」
「………なんですって」
アッシュの顔が目に見えて青くなる。
やはりか。合点した。顔と髪の毛の色がそっくりだったとはいえ確証はなかったが、アシュレイとアッシュ更に腹を蹴ったあの男は同じ一族らしい。そしてアシュレイの傭兵団を抜けてきた云々からするに内輪もめがあったのだろう。
セージは貰った、とだけ口にして追加の情報を喋るまいと黙っていた。
話を全く知らないメローはきょとんと目を見開いて二人の顔を交互に窺う。
彼女は、気味の悪い沈黙の後、首輪をかけた連中が興味半分に聞き耳を立てているのを一瞥し、硬貨を仕舞い込むと咳払いをした。手を叩いて野次馬連中を散らしつつ外へ出ていく。道中で振り返ると小難しい顔で口を開く。
「人の話を盗み聞きするなんて恥を知りなさい! ……セージとか言ったわね。事情は何であれ働いて償って貰うわ。詳しい話は班長から聞くように」
「へいへい」
アッシュがいなくなり、再び二人きりとなった。無罪を主張してみたはいいものの、通らなかった。
反乱でも起こすか、真面目に働くか。ある意味で無実とはいえ反乱などというリスクを負うつもりなど全くなく、働いてとっととおさらばしようという判断を下す。こういう場合、主人公は格好よく反逆して支配体制を瓦解させるだろう。だが、セージは違う。かつてなら脱走を計画したかもしれないが今は仲間もいるし下手に動くことはできない。
セージは胡坐を解くと、広間の様子を目の隅で捉えつつ、謝罪した。
「今更だけどメロー……ごめんな。あんなしょぼいコイン捨てちゃえばよかった。使えるかもと財布に突っ込んでおいたのすっかり忘れてた」
「いい。あの人………ふふ。慌ててた……。たぶん、すぐ出れる……皆殺しもすてき…………じゃ、じゃないけど」
「あぁ……ウン。ともかく期間と仕事内容を知らないとな」
きな臭いことを微笑みと共に口走った黒髪の少女に若干恐れを抱きつつも、労働とやらが何かを思索する。奴隷というより借金を返すための労働所のような扱いであるという条件を入力しておく。
ふと、見慣れた相棒がいないことに気が付く。ルエはどこへいるのだろうか。
疑問を抱えていると部屋に誰かが近づいてくるのが見えた。また女だ。ボサボサの黒い髪の毛を後頭部にゆったりと垂らした屈強そうな女性。服装は肌着一枚ではないが、貧相な布地と装身具がセージらと大差ない身分であることを無言のうちに告げる。
女は他の奴隷達と違い疲労が外見に張り付いているわけではなかったが、どこか気だるげであった。
「新人だって? 事もあろうにエルフ!」
「んだよ。班長さん?」
「そうよ私が班長。女性組を取り仕切る頭。作業は単純明快。岩を砕くだけ。わかったら返事なさい」
「はいはい了解了解」
「……了解、しました………」
「よろしい」
班長を名乗った女に対し渋々といった様子で二人は承諾した。
セージは女が次の言葉を告げる前に、手を挙げて発言を求めた。もしこれが真の意味で奴隷の立場なら鞭が飛んできただろう。女は嫌味のこもった溜息を吐いて許可する。
「ルエっていう銀色の髪をした色男はどこへ……えー、行きましたか」
「男性組さ。岩を運ぶ仕事をやってもらう。さて説明の続きだけどあんたら三人の犯した罪を償うには……一か月みっちり働くんだね。本当なら半年……一年二年は働き通しなはずなんだけど、まぁ……私には関係ない」
女はそこまで言うと気に入らないと顔をしかめた。まるで鼻先に蠅がうろつくのを眼力だけで追い払おうとするかのように。
セージは、ほっと胸を撫で下ろした。やはり奴隷というより傭兵団にたてついた連中に償いをさせるような施設らしい。少なくとも鞭で打たれることはない。働く期間が延長されるだけだ。
次に女は一通り仕事についての説明と規則について事務的に説明をすると鼻を鳴らして歩き去って行った。
今日は遅いので仕事はないらしい。仕事は早朝から夜まで。一日三食付き。条件は悪くない。これが土建の肉体労働ならばの話であるが。
周囲は、エルフの労働者がやってきたということでやたら視線を集中させている。毎日土と岩にまみれて働く日々には刺激が酒のように作用する。事件というものは人の好奇心を誘うものだ。
ただ、メローは、その無遠慮な視線に孤独な羊のように怯えていた。視線にさらされる環境を経験したことがなかったからである。不安になる要因の一つに魔術が使えないこともある。魔術という殻が無くなり身一つとなったメローは己の無力さに恐怖を覚えていたのだ。
セージはメローの肩を軽く叩くと、背中を擦ってあげた。
「安心しろ。取って食われるようなことはないって。まず話してみようぜ。俺がいる限り手出しさせないから」
「うん」
メローは不気味な笑みではなく、子猫のような柔和な笑みを頬の筋肉に僅かに乗せてこくりと顎を引いて頷いた。
姉か兄になった気分に陥るも、すぐに打ち消す。体の細さ顔の幼さ故に年下のように感じられるが、実のところ大差ない年齢なのだ、よくて同級生であろうと。
こうして二人は、興味津々という雰囲気が物質化するのではと疑いたくなる熱視線を送ってくる少女の方へと近寄って行ったのである。
あいむしんかーは関係ないです。
なんでいきなりドンパチなのかは次回以降。




