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<91>エルフを狩るものたち

とある宿に泊まった一行に……

 やっと救助されたセージはルエとメローと共に町に戻り報酬を受け取った。セージはウェアウルフが意識を保っていたかもしれないことについて口にすることはなかった。後味の悪さと金銭が手元に残っただけであった。

 森に作られた獣道を豪勢にしたような通路を馬で駆け抜ける。長距離走るためのやや力を抜いた歩幅。体の上下運動も少ない。セージが先頭で、ルエとメローは後ろである。

 セージはむしゃくしゃしていた。ストレスが溜まっていたというより、前から溜まり始めていたという方が正しい。ピークに達したのだ。つまり腹が痛いのだ。内臓を鷲掴みにされているよう。ウェアウルフに蹴られたせいで内臓が破裂したわけではない。もし破裂しているならば平然と肉を貪ることはできなかったであろう。

 この世界にやってきた直後から覚悟してきた内容のストレスではある。だが実際に経験すると痛いわイライラするわ面倒だわで辛抱できない。

 脳裏に死ねばいいのにという罵倒が流しそうめんのように流れて消える。馬の挙動一つも苛立ちを誘う。馬に直進を指示しながら何気なく振り返る。ルエが疑問符を浮かべて見つめてきた。何も言わず前に視線を戻した。

 セージの体質――正確にはセージの体の体質として、胸が苦しくなるのが余計に腹立たしさを増幅する。なぜだ、どうしてだ、殺してやる。物騒なことを叫びたい気持ちを押えて先を急ぐ。

 いくつかの町を通過した。戦争の影響は数年経過した現在もいまだ色濃く出ており、不景気で活気のない町並みばかりがみられた。大勢の男たちを戦場へ向かわせ、税金を課し、破綻した国の末路である。

 資金を得たことで旅は順調であった。順調すぎて恐ろしいくらいに。かつての旅があまりに悲惨だったことと比べてしまうからだろうか。と言っても狩りや採取による食糧調達は積極的にやっていたのだが。メローの矢の威力が高すぎることが判明したのでセージの槍投げがメインである。


 さて、旅は大まかで順調であった。途中までは。

 宿の主人と交渉をするべく三人は玄関にいた。塩がなくなったばかりか、馬の蹄鉄の調子が悪くなってしまいやむを得ず町に入ったのだ。調達のために町をうろついているうちに日が暮れてしまい、宿に泊まることを余儀なくされたということである。

 セージは宿の主人が提示した金額に腕を組んでいた。


 「オヤジ。まけてくれ、頼む」

 「エルフってのは金持ちばかりと聞いたんだが違うんかえ」


 いわゆるエルフの一般的イメージで語る宿の主人は、セージをまっすぐ見据えてそういってのけた。というのはもちろん嘘で旅人だから足元を見ているわけである。

 セージの交渉内容とは一人一部屋における勘定だった。言うまでもなく金がかかる。と言っても別の冒険者と雑魚寝するのはセキュリティの面で不安が残った。

 セージは硬貨の数を増やしたり減らしたり頭を下げたりしたが、頑として首を振ってくれなかった。戦闘ならとにかく交渉事ではセージは負けっぱなしであった。唸り声をあげて沈黙してしまった宿の主人を前にしてがっくり腰を落として、金銭を渡そうとする。


 「ちょっと待ってください。主人、部屋の数を一つ減らすというのはどうでしょう」


 その時、ルエが横から突っ込みを入れた。


 「もちろん相応にまけるがね………あぁ、なるほど、そっちの姉さんとあんたは……?」


 やや意地の悪い顔をする主人へ、ルエはにこにことした営業スマイルで中性的な整った顔立ちの魅力を存分に振り撒きつつ、肯定した。


 「はい。そういうことです」

 「え? え?」

 「?」


 さっぱり事情が呑み込めないと首を傾げるセージとメローをよそに交渉は成立した。硬貨と引き換えに鍵がカウンターへとやってくる。

 主人は部屋のある方向を鍵で交互に指し示しながら説明し始めた。

 三人組。しかも一人は肌の黒いエルフという特異な組み合わせを、宿の利用者たちが奇異の視線で無遠慮に観察しては歩き去っていく。


 「いいよ。ほら鍵だ。使えない部屋もあるから隣同士は無理だ、勘弁しておくれよ。一階と、二階、一室一室だ。この鍵が一階、こっちが二階。言っておくけど大声立てないでおくれ。前に乱闘になってベッドが消し炭になったことがあるから」

 「ありがとうございます。はい、メロー。鍵、無くさないでくださいね。セージ、行きましょう」


 ルエ主導の元、一つの鍵がメローにわたった。もう一つの鍵は彼が持っている。

 ここに至ってやっとセージが事情を飲み込んだらしく、先頭を行くルエと並ぶと横から小突いた。

 ルエの美貌もとい美形にあてられて廊下を歩く女性らが振り返った。長年付き合っているセージは鈍ってしまっているのでわからないだろうが、ルエは中性的な顔立ちをした美青年である。町を歩けば十人中八人の女性が振り返るようなエルフなのだ。

 セージは、メローが手を振って自分の部屋に向かうのを目で送ると、無言で階段を上り始めるルエを小突いた。否、突くというより、背中を叩いた。


 「おい、おいってば! 部屋が一つってどういうことだよ」

 「そのままの意味ですよ。やだなぁお金を節約するためじゃないですか。やましい理由なんかじゃありませんよ、セージったら困ったものですね」

 「へー。聞きたいんですけどどうしてメローとお前が一緒の部屋じゃないんですかねー」

 「精霊のお導きです」

 「精霊を見たことないくせに生意気な」


 気持ちの悪いくらいの丁寧な口調で皮肉を投擲するも盾で防がれる。瞼を下げ、目つきを悪くして睨み付けてみるも、どこ吹く風であった。

 積極的という段階を越えたルエにとって恐れるものなどないのだろう。

 階段を登って突き当りの部屋が二人の部屋であった。ルエが鍵を解除して扉を開け放つと、セージのために閉じないよう押さえた。君主かなにかのように澄ました顔でセージが扉を潜った。まるでお前が扉を押さえるのは責務なのだと言わんばかりの態度で。

 部屋はこじんまりとした木造でありランタンの間接照明が暖色を敷き詰めていた。武器や荷物を置くところ。机。グラスが二つ。ベッドは一つ。ただし二人は優に眠れそうな幅の広い型。


 「いい部屋ですね。値段が安いからもっとボロボロな部屋を想像していたのですが」


 セージは呑気に部屋の感想を述べつつ早速荷物を降ろし始めるルエの背中を眺めつつ心の中で呟いていた。

 ――コイツ狙ったな。


 「それでベッドはどうするんだ?」


 遅れて荷物を下ろす。槍も剣もナイフもである。鎧は脱ぐのに時間がかかるため止めた。木製の椅子を足で引くと腰をおろし足を組む。

 セージと比べて軽装で鎧もないルエは、窓の外をちらりと見遣ってから、セージの正面に椅子を置いて腰かけた。そして真面目な顔で両手を組んで顎の下に配置すると提案した。


 「じゃ、一緒に寝ましょうか」

 「死ね」


 セージの手が頬を横から張り倒した。見事頬に赤い痕跡が印刷される。力の加減なしで放たれルエの頭が傾いだ。

 元の世界にしろ、この世界にしろ、ベッドで一緒に寝ましょうの意味は一つしかない。バースディスーツを着てくれないか、夜明けのコーヒーを飲まないか、などの類語がある。セージもその手の用語は知っていた。反射的にビンタを炸裂させてやったが後悔などない。

 もみじマークを顔に載せたルエは、頬を撫でて労わりながら顔の向きを直すと、ベッドの方へと相貌を移動させた。

 ルエも男性である。エルフもヒトに属するのでヒト特有の欲求があるということだ。

 主導権を奪われしどろもどろするしかない。

 セージはルエの視線を追った後、鼻を大げさに鳴らした。


 「あのさぁ……ストレート過ぎるだろ。俺じゃなかったら嫌われてるぜ」

 「……俺じゃなかったら?」


 ルエが子犬のような目つきで見つめてくるのを、手をひらひらさせて、視線を打ち消す素振りをする。

 ――強く思う。苦手だと。人の中に踏み込んでくるやつは特に。けれど嫌な気がしない。


 「馬鹿! そういう意味じゃない! じゃなくて。……ったく。ベッドは一つ……体は二つ」

 「ええ、確かに」


 いっそ清々しいまでの、つい今しがた気が付いたという言い方をするルエをぎろりと一瞥する。

 ベッドは分割できない。体も然り。

 ベッドを魔術か手品で増やせないのは自明の理。

 部屋を増やしてくれと頼めば別だろうが金がかかる。貴重なカネを浪費するわけにはいかない。

 セージは無言でベッドの横に移動して胡坐を掻き内腿を叩いてみせた。


 「俺が床。ルエはベッド。完璧で問題なしのいい計画だろ」

 「女性を床に寝かせるわけにはいきません」

 「女性………」


 頑として頷かないルエの言葉に神妙な顔を作ってしまう。女性ではないのだ。中身は男性なのだが外見はごまかしようのない女性なのである。

 中身と外見が違うことを判断材料と情報無しに看破できたのはヴィーシカただ一人だった。ルエにそれを求めるのは酷であろう。

 ――いいだろう。セージは覚悟を決めた。

 そう、悩むことはない。修学旅行の雑魚寝を思い出せばいい。簡単ではないか。たった九時間同じ布団の中に転がるだけ。楽勝。里で土を満載した猫車を永延押すことと比べれば何のこともあらん。

 溜息を吐くと、首を振る。

 そしてセージはゆっくりと鎧を外し始めた。



 〝彼女〟は、36.5度の暖房(エルフの体温が人間と同じならばだが)と布団という保温装置が醸し出す暖かさを享受しながら、居心地の悪さを味わっていた。背中には親友というより相棒という呼び方が相応しい男性がいる。

 ルエは床で寝るなんてことをやめて一緒に寝ようと言って聞かずゴリ押したのだった。セージ自身、自覚がないようだが、押しに弱い。イニシアチブをとっている間はよいのだが、取られるとつい頷いてしまう傾向にある。

 セージの格好は普段着。パジャマという洒落た服装は重荷になるので置いてきた。ルエも似たようなものだ。

 着替えの際に隠し通してきた胸の包帯を見られ問い詰められた。里でも野宿でも徹底的に隠してきたというのに、ついうっかり鎧を外してしまったときに見られたのだ。怪我ではなくて胸を安定させるものと弁解しておいた。胸を小さくするための処置とは口が裂けても言えない。

 男性特有の香りがする。女性特有の香りがあるように男性にも特有の香りがある。人によって不快にさせるらしいが、セージには懐かしくさえ感じられた。

 女性特有の香りがする。ルエはそれの放射源が背後であることを認識して身震いしそうになった。思わず抱きつきたくなるが無理強いはできない。今はこれでよかった。

 寝苦しさを共有したまま、二人はいつしか眠りについた。





 夜も深まり宿の一階で酒盛りしていた連中は消え失せた。

 玄関の正面扉に異変が起こる。カチカチと小さな音を鳴り響き鉄と鉄が触れ合う音色がしたかと思えば、鍵を使ってもいないにも関わらず錠が解除されドアノブが回転した。

 音を消すべく布を張った靴。体に密着するようにゆとりを殺した衣服。短刀と荒縄。顔を覆う黒い布。それらを装備した一団。夜な夜な襲撃をかけて金銭を奪い人を殺す一派。

 だがその一団は金銭があろうカウンター奥には目もくれず宿泊台帳にさっと目を通すと、リーダーらしき男の指示のもと、二手に分かれた。

 一階二階の突き当たり部屋に泊まるエルフが目的である。

 それぞれの部屋には鍵がかかっている。何の複雑さもない基礎を元に作られた錠。魔術的備えもないそれを黒服たちが突破するのは時間の問題であった。



タイトルが某作品そっくり? 知らんなぁ(すっとぼけ)



かなり曖昧にぼかしてますが察してください。

何を察するのかも察してください。

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