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<90>切ない一撃

 ウェアウルフが吼えるや、両手両足を使って疾駆すれば瞬きの間隔で肉薄し頑丈な腕を振り下ろす。これぞまさにウェアウルフがヒトのカテゴリーではなく魔物扱いを受ける所以。魔術もないのにヒトを玩具のように扱うことのできる異常な筋力である。


 「〝強化せよ〟! 〝流星〟………セット! いっけえ!」


 強化された肉体でバックステップ。火の玉が五つ出現するや、肉体に付随して浮遊する。セージは魔術媒体を持たない。媒体による恩恵を受けられないため、術はすべて己で管理しなくてはならない。イメージ通りに出現した玉へ、ジグザグに機動しつつ接近すると命じた。

 刹那、空間にオレンジ色を曳きながら五つの塊が駆け抜ける。速力はもはや爆風かくや。右から左、螺旋を描くように、上から下へ。逃げる経路すべてを塞ぐように飛び掛かる。

 セージの特性として瞬間的な魔力量の高さがあげられる。魔力の限界量は平均的だが出力は他の魔術師から頭一つ飛び出しているのだ。

 さすがのウェアウルフも躱すことができずまともに食らう。爆発。白煙の帳が生じた。


 「どうせ、やってないんだろが!」


 敵影が火炎の炸裂にまみれて視界から消えた。攻撃命中で余裕ができたと言えよう。だがセージは油断はせずに次の攻撃を叩き込むべくむしろ全力で魔力を絞り出して地を蹴り疾走した。

 火炎剣のバリエーション。自己流のそれに更にアレンジを加えて強力な技へと昇華させたもの。生半可な金属では過熱してしまう高温はしかしミスリルとドラゴンの骨という素材によく馴染む。ミスリルが魔力に反応して色合いを波立たせる。


 「〝火炎槍〟!」


 言葉と同時に槍全体が手から巻き付く火炎に包まれた。

 煙を縫い突撃すれば、ウェアウルフの陰にあえて力を緩め、突き出す。

 ウェアウルフは死んでいなかった。分厚い毛皮と筋肉が衝撃を軽減したのだ。もし人間なら火達磨になるところだが、その存在の強さ故に耐えた。嗅覚が麻痺して、視界も悪い、だが影となり接近してくる敵を認識することはできる。顔面目掛けて突き出されるミスリルの切っ先も。ミスリルの強靭さは常軌を逸している。岩に叩きつければ逆に岩が割れると称される。

 ウェアウルフは、己の顔への直線を、柄を横から掴み取ることで事なきを得た。どんなに鋭い剣も触れなければいい。手が槍が纏う火に焼かれようが知ったことではないという風に牙を剥きだす。

 だが、それは罠だった。


 「かかった!」


 セージの唇がにやりと持ち上がると、槍を握る手に力を込めた。

 次の瞬間、槍の先端が爆発した。至近距離から衝撃を受けたウェアウルフは馬車馬に轢かれたが如く地面を転げながら吹き飛ぶ。焦げた毛が風に舞った。衝撃波が空気を揺らしこじんまりとした湖に波紋を生む。セージのポニーテールがはためいた。

 槍をねじ込み熱で焼き尽くす第一段階。盾などで防御された時、先端を炸裂させて貫徹する第二段階。槍の弱点である面での防御を崩すべく考案した術である。魔力が大量に持っていかれるのを感じたが意に介さず。相手さえ倒せばよいのだ、後のことは考えない。

 どう、と地面に倒れ込むウェアウルフへ、一切油断はしない。油断すると痛い目にあることを知っていた。

 纏わせた火炎をそのままに駆け寄る。筋力に対し重力が釣り合わず半ばスキップするかのように肉迫、立ち上がろうとするその逆三角形の胸に槍先を走らせた。

 ミスリルの強度に頼んだ異常に鋭利な先端が毛皮と筋肉を裂き背中へと進出した。槍に仕込まれたギザギザが肉を裂き、削り、刺創を複雑なものとする。そればかりか熱せられたミスリルが肉を焦がす。血液が沸騰し、傷口から赤っぽい血潮が噴出した。セージの鼻に血痕が付着する。


 「グオオオオオオォォォ……!」


 苦悶の絶叫を挙げて槍を抜こうとするウェアウルフよりも先に、槍自体を軸に対し回転させつつ抜いて傷口を抉ってやれば、距離を取る。

 昔ならば一方的に蹂躙される羊だったろうが、今は違う。大人の体を手に入れて相応の実力も積み重ねてきた。火も吹けず空も飛べない殴るだけのウェアウルフに後れを取る要因などない。油断すれば足元を掬われる。だから全力で潰す。

 懸念材料は強化の魔術が続かないことである。一定時間を越えると肉体が持たず逆に力が抜けてしまう。短期決戦を余儀なくされる。

 ウェアウルフは胸を掻き毟りながら立ち上がると、目から爛々と狂気を輝かせ、牙をむき出して威嚇をした。胸には小さい傷が穿たれており無残にも捲れ上がっている。

 セージは、胸を貫かれても行動できるタフネスに舌を巻いた。前足を低く、後足を高く、槍を前傾して構え、相手の動きに注視する。相手は予想に違わず全力で駆け出した。唾液を散らしつつ駆け寄ってくる。走るという接近方法ほど原始的なものはないが、時にそれは常識をひっくり返すことがある。

 右へステップ、左、右と見せかけて左そして前へ踏み込む。もはや動体視力を置いてきぼりにする超常の接近にてセージに攻め込んだウェアウルフは、爪を使う素振りをちらつかせてから低姿勢からのアッパーを繰り出した。

 躱すための動作が遅れた。咄嗟に筋力の強化を最大限にすれば、柄を両手で持ち即席の盾にして受け止める。


 「あ………ぐ………!」


 奥歯がキリリと鳴った。顔が苦痛に歪む。

 衝撃の瞬間に腕の筋肉が異常に盛り上がり血管の走行を晒した。筋肉が悲鳴を上げる。ドラゴン骨は折れずしなっただけであったが、打撃の衝撃でセージの体が浮いて後方へと飛ばされる。

 転倒を防ぐべく足で踏ん張って勢いを殺す。靴から砂煙が上がった。

 相手はまたも殴りかかってくる。単純な物理攻撃はしかし食らえば内臓を赤いジュースにするであろう威力を秘めている。

 心臓もしくは脳さえ破壊すれば止まる。どんなつわものも、この二点だけは鍛えられない。ミスリルの槍は筋肉や骨の防御を無視して貫くだけの強さがある。だが攻撃して別の箇所に当たれば筋力で奪われる恐れがある。槍の欠点はそこである。長い射程が時に足を引っ張るのだ。

 あえて敵に飛び込むと、右からの殴り付けを手を使い左に躱す。腕の筋肉が気持ち悪いほど震え熱を持った。掠り皮膚が傷つく。

 馬鹿正直に攻撃を受け止めてやる義理はないのだ、受け流してしまえばいい。

 ウェアウルフが己の脚力のせいでセージを通り過ぎた。セージは、その無防備な背中へと槍を構え押し出した。刹那、ウェアウルフの腕が背後へと回って塞ごうとした。できなくはないだろう。ウェアウルフの腕力ならば。


 「お前……」


 だがその腕は途中で止まった。まるで何者かが止めたように。

 槍はあっさりと背中に刺さると臓腑へと達して反対側へと貫通する。巨体にそぐう立派な心臓の機能は槍という異物によって中断させられた。膜が破け血液を送り出すための構造が壊れて奇妙に痙攣するだけの塊と化した。車でいうエンジン、アキレスの腱、ゴーレムの真実を意味する文字列、それを壊されては、生きていけない。

 巨体は前後にふらつき始め、やがてゆっくり前のめりに倒れた。

 あたかも墓標のように槍が背中に刺さっている。

 セージは槍を抜くと、脱力して座り込んだ。死にきれずもがくウェアウルフのすぐ隣は焦げた毛の臭いがした。


 「あつつ。筋肉がいてー……………」


 足が、腕が、腹筋が、ひどく傷む。強化しすぎた反動が体に残っているのである。両足を投げ出すと、大の字で空を仰ぐ。

 まだルエとメローは自分を探しているだろう。突然消えてしまったのだから。

 セージは右手を天に向けると一条の火の玉を打ち上げた。玉は上空に達すると弾けて七色に光る。信号弾の代わりだ。威力もない綺麗なだけの魔術。根源になったのは花火である。これで気がついてくれるだろう。救助は寝て待て。

 セージは痛む肉体を酷使して這っていくとウェアウルフのもとへ行き、槍へ手をかけた。槍は確実に心臓を貫通しており大量の赤い血液が流れ出している。

 ――最後の瞬間、反撃が中途半端に止まった。もしかすると意識があったのかもしれない。必死に抗って死を受け入れたのかもしれない。

 鬼のような形相で死体と化している相手にいくら話そうが無駄なので、槍を抜いて、座り込む。数日間は筋肉痛だろう。戦闘の高揚感も無くて疲労感だけが肉体にしがみ付いている。憎くて殺す、必要だから殺す、というよりも殺してしまったという感触が手にこびりついていた。望んで死にに来たと理解していてもである。

 セージはゆっくりと頭を上げると、森の方からルエとメローがやってくるのを待っていた。



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