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<87>やりすぎ狩人


 壮絶な笑みで唇を歪ませた彼女は背中の杖のようなものを左手に握ると魔力を通した。機構が魔力によって駆動すると両端が割れて斜め方向に伸長し全体の形状が弓と酷似したものへと変形した。両端の更に先端には宝石が埋め込まれており魔力に反応してぬらぬらと光っている。

 彼女はフードを指で払いのけると、杖―――もとい弓を左手に、右手で空中にある何かを摘まむような仕草をしてみせた。

 刹那、宝石と宝石の間に光のワイヤが構成されるや、指に従ってしなる。

 微かにローブがワイヤに接触したが焦げるでも途切れるでもなく存在し続ける。


 「〝破壊の矢〟」


 言霊。それはイメージの最終確認。

 引き絞られたワイヤと弓そして指を一条に結ぶ神々しいまでの矢が形成され―――放たれた。

 風を追い越し一直線に残像を曳いて飛翔していくと標的へと食らいつく。水風船が割れるような音。着弾地点に小爆発が発生すると標的ばかりか木々までも深く傷つけた。

 森に潜む鳥達がすわ何事かと乱舞する。


 「ひゃー………………夕餉がお釈迦になっちまった………」


 横合いから標的の傍まで肉迫していたセージは槍を取り落しそうになった。暫し沈黙し、脱力したため息を吐いた。続けて、神よ、と祈りたくなった。

 すぐ目の前にはほぼミンチとなって散らばっている鹿の死体がある。白い欠片もある。骨片だ。これでは焼き肉どころの騒ぎではない。ハンバーグがいいところ。本日の夕飯になるはずだった獲物が見事四散してしまい肩を落とす。

 時刻は昼過ぎ。夜用の肉でも調達せんと山狩りしてやっと見つけた鹿を追い詰めた。そして、弓で狙撃するのが得意と口にしたメローに任せてみたのだ。結果は鹿が爆発するという冗談のような光景だったが。

 ハッと我に返ったメローは弓を仕舞い駆け寄ってきた。哀れ鹿よ。

 木の上で待機していたルエも、飛び降りて歩み寄った。


 「うん、メロー。弓が得意というのはわかった。だけどちょっと威力高過ぎないか………調整できないと狩りは厳しいぞ。たぶん、熊も一撃で死ぬと思うけどさぁ」

 「威力抑えた」

 「えっ? えっ? 本当に?」

 「うん。威力、抑えた」

 「恐ろしい………」


 セージは真顔で淡々と解説してくれるメローに若干引きながらも、夕飯をどうするかを考えていた。保存食に手を付けたくない。ならば、狩るか、採取するか、買うしかない。

 一方ルエの目の付け所はゴミ屑と化した鹿や夕飯の心配よりも弓に目を見張っていた。メローが作ったとは思えない。ロウが作成したのだろうか。

 視線に気が付いたのか、メローは背中の杖とも弓とも取れる武器を軽く触って見せた。


 「これ、ロウがくれた」

 「やはりそうですか。セージ、夕飯はどうしましょうか」

 「めんどくさくなってきたし保存食を軽く食べて早めに寝ちゃおう。明日早く出て獲物を探せばいい」

 「ごめんなさい……」


 自分のせいと悟ったメローがしゅんと顔を俯かせた。こと戦闘となると気分が高揚してつい相手を粉砕してしまう性分は変えようがない。ロウの施術で安定したとはいえ戦闘用に改造されてしまった根本はどうしようもなかった。

 セージは首を振ってメローの肩を叩いて見せた。


 「狩りは徐々に覚えていけばいいよ。誰も最初から完璧にやれとは言ってないんだから」


 そして、時間が経過した。

 夕飯。時刻は昼と夕方の境目位であったが既に三人は焚火を組んで保存食をパクついていた。保存の効く塩の効いた干し肉と豆を乾燥させたもの。缶詰やクーラーボックスなどないので基本は塩と乾燥である。燻製も購入リストにあったのだが、高価なので調達を断念した経緯がある。

 味気ない食事を済ませた三人は焚火を前にくつろいでいた。

 もっともメローはすやすやと体を丸めて熟睡中。体を丸めて数分立たない内に寝息が聞こえてきたのだから、相当な疲労だったのだろう。馬に慣れないのに長距離移動したせいもある。

 焚火から少し離れた地点では馬が草を食んでいる。馬の利点は草と水と若干の塩を用意できるならば燃料の心配が要らないことだ。二頭は仲良く月下で食事を続けた。

 エルフ二人は口数少なく焚火の前で座り込んでいた。

 森は深海のように静まり返っている。時折獣の身動ぎと夜鳥の嘶きが耳を打つだけで、風の気配も無く、穏やかである。空に佇む銀の衛星が発する帳が茫洋たる森の海に曖昧な影と光を表現している。

 薪が熱でひび割れて小気味いい乾いた音を立てている。

 セージは棒切れで薪を突きながら新しい枝を突っ込んだ。野宿の際、魔術は本当に便利である。火炎魔術を得意とするセージにとって焚火を熾すことなど造作もなかった。

 焚火を挟んだ向こう側にルエが居り、あぐらをかいて肩肘をついている。哲学者のように深い思考の海に潜っているようである。

 旅の進路も、道中の補給も、進行速度も、潜りに行く遺跡についての話題も尽きている。話すこともないので黙るしかない。だが黙るという行為は今のセージにとって酸欠状態に等しい。喋ろうにも話題がない。

 暗澹なる森では、背後に不安を感じる。それは動物が生まれ持った生存本能が見せる幻だろうか。セージは焚火で体が温かいのに寒気を覚えていた。


 「なぁ」

 「あの」

 「………」

 「………」


 同時に話しかけて、同時に押し黙る。打てば鳴るが如く。

 セージは舌打ちをすると、右手をひらりと差し出した。どうぞ。

 ルエが右手で打ち消す。結構です。


 「あーッ! もう!」


 何かが切れる音がした。セージは頭をもしゃもしゃ掻き毟りながら立ちあがると槍を置いて、使い慣れたナイフだけを腰に差して歩き出した。枯葉の絨毯を踏みしめ、木の陰へと。念のため木の陰の更に奥へ。

 突如奇声を上げたセージを何と思ったか、ルエも立ち上がった。


 「どこへいくんですか!」

 「おしっこだよ! ついてくんなよ!」

 「あ、ご、ごめんなさい」


 すかさず怒鳴り返して木の陰の向こうへと行くと腐葉土を足で掘り返して穴を作って鎧を脱いで屈む。男性の用を足すのは容易いが女性は面倒である。だから女性用の厠は混むのだが。

 事を済ますと水筒の水で手を湿らせて工程を終える。

 鎧最大の弱点は着脱に時間がかかることであろう。おまけに重い。皮を多用した軽量鎧とはいえ、である。

 枝を踏む。折れて音が鳴る。音に反応したかルエが振り返る。

 セージは手早く焚火のそばに座り込んだ。

 掠れて、燃え尽き、白い灰となった薪を枝で突いて砕く。おもむろに視線を上げると二人の視線が焚火の半透明な朱色と大気の揺らめきを挟んで交差する。


 「言うことは言っておく………」

 「どうぞ、お好きに」

 「俺は、よくわかんないのが本音。いきなり愛してるとか、キスとか…………。でも正直、おまえが俺を好きなんだろうなというのは知ってた」

 「………」


 懺悔の時間だ。相手の気持ちを知りながら曖昧に誤魔化してきた罪を吐露する。

 

 「それはよかった」


 セージがにっこりと笑みを浮かべるルエをきょとんと見つめる。中性的な顔立ちだけに笑うと女性のように見えなくもなく、おかしな気分になる。


 「眼中にすらなかったのなら機会は遠いですが、意識してくれていたなら、いつか答えを聞かせてくれるでしょうから」

 「………わけわかんねー男だなぁ。俺のどこがいいんだか? がさつで乱暴で態度悪くて頭もそんなに良くない口を開けば馬鹿野郎な女………俺だって……いや俺が男でもお断りだっての」


 欠点は承知していた。つらつらと羅列する。男のように行動するから不自然に映るのであって女性になりきればよいなど、わかりきっているのだが、もし女性になりきれば、自分が誰だったか忘れてしまう恐怖が潜在していた。男のように行動することで『変な女』という印象を植え付けて寄せ付けないようにする自己防衛の意味もあったのが……。


 「それがいいんですよ」

 「えぇぇ……」


 セージは、それすら良いと言われて言葉に詰まってしまった。花のような笑顔を前にいっそ頭を抱えたくなる。ならばいっそ女っぽくしてみるかとちらりと心過るも、ルエのことだから女の子っぽいセージも素敵と言いかねないと考えなおした。それに男に戻れなくなる予感が強く感じられる。

 ルエに嫌われるにはとことん冷淡にぶつかればいいのだろうか。だが、冷淡にしても勝手についてくるだろうから、蹴落とす決定打にはならない。暴力でも振るってみるか。ダメだ。ルエ相手に本気で殴るような真似はできない。セージは自制の効く人間故に躊躇いが立ちふさがっていた。

 男とは度し難い生き物と知っていた。何せ元男である。惚れた相手ならば冷淡にされようが罵られようが構わない心理状態というもの理解できる。

 ―――こんなことならば巡り会わなければよかった。

 願いが叶うことはない。そんなこと理解している。過去は変えられない。

 相手に投げかけるべき言葉を逡巡した末、一言を漏らす。


 「意味わかんねー………」


 胡坐に疲れて肢体を伸ばす。体を倒してストレッチ。鎧が邪魔だが夜間の襲撃を警戒して装備は外せない。傍らの槍の手触りを確かめて焚火を見遣る。足を左右順番に伸ばしたら、再び胡坐へと戻す。

 糖蜜のように甘い眠気が頭を懐柔せんとしている。頭を振る。ブロンドがばらけた。

 そして、じっと見つめ続けているルエに目をやり、次にメローを見る。メローは猫のように体を丸めてローブに顔を埋め熟睡している。黒い髪が広がっており焚火の光に微かに反射していた。

 顎をしゃくる。


 「先に寝てろよ。俺が見張る。時間が来たら起こす。万事順調ってね。メローは………疲れてるみたいだから、起こさなくていいんじゃない」

 「ええ、無理に起こすこともないでしょう。もし何かあったら起こしてくださいね……おやすみなさい」


 ルエが身支度を整えて地面に伏した。やがて断続的な呼吸に変わる。

 空を仰いで月を見る。元の世界と大差ない大きさと丸さ。

 曰く、月は青いという。どこかで聞いた歌はそう語っていた。


 「……はぁ」


 セージは二連式クロスボウを手に取って分解する作業に移った。考えるのは苦手だ。手を動かせば、少なくとも考えなくて済む。金具を外してゴミを取り除き照準器を調整しておく。

 一通り終わると、暇と談話するしかなくなった。

 閑散とした森の中に本日何度目になるかも数えるのが億劫な溜息が染みていった。


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