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<9>赤山を目指せ

フジサンマウンテンの違和感よ、きたれ。


 結論から先に言おう、目撃者の捕縛は案外簡単だった。

 自分と大差ない(外見のみ)目撃者に対し追尾中に石を拾い、全力で投擲したところ、偶然にも頭部に命中してその場に転がった。そこを、蔓でぐるぐる巻きにして湖の方に引っ張って行った。

 どうやら少女は歩き続けたり体を使い続けていたお陰で、幼い時期特有のぷにっと体型から引き締まった体になっていたらしい。

 同年代の少年を木の幹に寄りかからせて、いそいそと体の水分を取ると服を着る。念には念を入れて頭に布を被り、ナイフをすぐに取り出せるようにして、少年の頭をぺちぺち叩く。

 石をもろに受けてしまって後頭部にタンコブが出来ていたが、この際仕方ないとする他ないであろう。


 「……うーん」

 「起きろ」

 「うぅううう………」

 「起きないと酷いぞ」

 「………」

 「起きないと本当に酷いぞ。拷問するんだからな」

 「………ぅう」

 「悪かったから起きてくれ。起きろよ」


 目を堅く閉じたままうめき声を上げるだけの少年に、罵ってみたり顔を突いてみたり、かと思ったら優しく語りかけたり肩を揺すってみたり。

 石を頭部に受けた打撃は相当酷かったのか、少年は眉に皺を寄せたままで意識を取り戻さない。

 患部を冷やせばいいのだろうかと考えて余っていた布を取りだし、湖の清水をつけて後頭部に宛がう。冷却用の氷でもあればもっと効果的だが、生憎冷蔵庫は無い。

 かと言って蔓の縄を解くと逃げられる可能性があるので、スマキ状態で頭を治療するという奇妙な光景が出来上がる。

 数分に渡り少年を起こそうと試行錯誤をしていた少女だが、ぷつりと何かが切れた。

 手のひらを振りあげると、哀れかな、少年の頬を強く叩いたのである。


 「起きろってんだよ!」

 「ぐっ……!? ………う、ここは……………って、あんたエルフ!?」


 頬を張られてようやく目を覚ました少年の視界に映り込んできたのは、苛立った様子の少女の姿。真正面から見ても、やっぱり耳が長く、エルフそのものだった。

 少女は少年が大声を上げるや、脅す様に指を突き出した。


 「俺は………じゃない私は魔術が使える。で、君は拘束されてる。私が望むのはこの近くにある村への道案内。他言無用、危害を加えない、その条件さえ飲めば私も危害を加えない」

 「………」

 「私は行くべき場所に行き、君はいつも通りの暮らしを送れる。正直エルフ討伐がどうのーなんて興味無いんでしょ? 黙ってれば二人が幸せ。そういうこと」

 「………道案内をして、村に危害を加えないって保障は?」

 「エルフをどんな目で見てるのかは知らないけど、私自身は正直エルフなんてどうでもいい。目的地につければいい。それに、今私が君の全ての選択肢を握ってることをお忘れなく」


 戦々恐々と言った面持ちの少年の目に指を出すと、いかにも魔術でいたぶるぞという素振りを見せつける。ナイフでもいいが、象徴である魔術を使うと脅した方がより効果的と判断した。

 攻撃性の火どころか、ライター以下の火力を一瞬作れる程度なのは知っている。だが、相手は知らない。

 “青年”の目的はエルフの里へ到達し元の世界に帰還する手掛かりを得た後、帰る一点のみ。

 エルフの迫害が許せないだの、宗教がどうの、文明がどうの、それらは目的を達成する為に必要なら干渉する程度の対象でしかない。

 体裁など構うものか。汚くても構わない。なんとしてでも、帰る。

 “青年”を突き動かすのは怨恨を遥かに通り過ごした、猛烈なまでの望郷心。

 どことも知れない暗闇の向こうに浮かぶ帰還という文字を目がけて、不安定な足場をただ歩く。もしも歩くのを止めたら、そこで折れてしまう。もしも飛ぶのを止めたら、そこで失速してしまう。

 現代で培ったゴミのような知識も、エルフは魔術が使えるという優位性も、全て注ぎ込もう。

 人は目的なしには生きていけない。

 だから“青年”は、目的を作り上げることで歩く為の原動力とした、それだけだ。

 “少女”の顔が大真面目で、しかも鬼気迫る様子。更には指を突き付けられ脅迫されている状況。

 つまるところ、少年に選択の余地は一欠片も残されていなかった。選択を放棄し逃亡するのにも、全身を拘束されていてはどうにもならぬ。


 「……分かった。とにかくこれを解いてくれないと、俺は動けない」

 「よし。それでいい。もしも裏切ったら、背中から刺すか焼き焦がしてやるからな」


 もっとも。

 少女は少年を戒めていた蔓をナイフで切断しながら自嘲した。

 使える魔術は着火ライターのような火力しかないのだが、と。






 少年に村を案内され、その先に進んだ少女は、大まか予想通りに村の住民の追尾を受けていた。

 どうやらエルフは捕まえると金になるらしく、馬を駆り出して村人総出で追いかけてきたのだ。

 雑魚の部類に入ると思われる蜘蛛一匹倒すのに気を失うくらいの実力しかない少女には、馬に乗り、剣を持った村人達は悪魔のようにしか映らなかった。

 幸い日は暮れかけており、草むらに身を隠せばなんとか凌ぐ事が出来た。

 エルフの肌は白く目立つので、地面の砂にツバを混ぜた泥を顔に塗り、更に蔓で頭に木の葉っぱを括りつけ、村人が通り過ぎるまで草むらで伏せたまま息を殺す。

 この知識はどっかで読んだ本にあった事柄で、軍人がよくやるフェイスペイントと、迷彩効果を高めるために体に木々を括りつけるのをそのまま真似しただけであったのだが、目の前を通り過ぎても気がつかなかったことから効果はあった。

 松明の揺らめく火に反射して剣が光っている。

 馬の足がすぐそこに来て止まり、村人の一人がきょろきょろと周囲を見ているのがまじかに観察できた。

 息をするのも恐怖。眼を開けるのも恐怖。身じろぎするのも恐怖。

 迂闊に動けば見つかる恐れがあり、村人の何人かは弓矢を携行していたのでよほど遠くに逃げなくてはならない。森の中に逃げ込むのもいいが、人海戦術であっというまにオダブツであろう。

 つまり、諦めてくれるまで隠れ続けなくてはならないのだ。

 一本の草の上でもぞもぞ動く毛虫を村人の松明の光で見遣る異常な近さ。

 夜になる前に安全なねぐらと、食べられるものの確保をしたいのにそれもできず。

 空は見る見るうちに光を失い、星空が視認できるようになってきた。村はずれから始まる草木生い茂る小さい山の端での命がけのかくれんぼ。

 カラスのような鳥が群れをなして木から飛び立つと、たちまち空の彼方に消えて行く。

 それから数十分ほど時間が経過して、村人達は談笑しながら村に戻って行った。彼らが話していた内容から察するにエルフ懸賞金がかけられているのと同時に、手篭めにしてしまおうという欲望も垣間見えた。

 野蛮な、とは思わない。この世界ではそれが当然であるなら、仕方が無いと考える。

 そもそも生きてきた世界も違うのに、自らの尺度でモノを測ること自体が間違っているのだから。

 森に静寂が回帰し、少女は草むらから顔を出すと目元を手で擦り泥を落とすと、今日はどこに寝ようかと思索しながら杖代わりの骨を握り、立ちあがった。

 村を越えて行った先に様々な民族種族が集まるという場所がある。そこを目指し、川の上流を目指しエルフの里に至る。目標は遠いが、やるしかない。

 食糧である木の実を全て食べてしまった少女は、仕方が無しに食べることと探すことを諦め、安全を求めて森から出て、夜陰に紛れて次の目的地の目印である、赤い土で固められたような山を目指して歩いて行った。

 行く手を祝福するように月が明るかった。




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