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<83>終結


 曰く、戦争は大量の犠牲者を出したことで決着したらしい。

 王国、連合国、北の国家たち、三者による血みどろの戦い。合流視点に指定した平原で三者はあいまみえた。陽動作戦で崩れた前線を更に押し進め王国内部へと進行しようとする連合国と阻止せんとする王国軍。漁夫の利を狙う北の国家。まず連合国軍と王国が数万規模で激突。途中、北の騎兵たちも衝突。王国は例のダークエルフを実戦に投入。そればかりか太古に滅んだという化け物を投入して戦線を蹂躙した。かに見えた。ダークエルフを含む化け物は制御を失い無差別に攻撃を開始した。戦いが終わったとき、三者の力は大幅にそがれていた。もともと戦力を失いすぎて求心力を消耗していた王国は土地を治める領主らの離反で瓦解。王もろとも処刑された。もともと放牧民族であった北の国家たちも被害の大きさに手を引いた。戦争は決定的な勝利もなく終わってしまった。

 この世界にやってきて早々危害を加えてきた王国に復讐を果たしたとはいい難かったが、それでも勝ったのだ。一応は。

 こほんという咳。


 「というわけなのだよ」

 「そうですか」


 セージはルエに連れられて連合軍の基地にやってくると久しい人物と再会した。戦争の情勢を井戸に落ちたせいで知らなかったセージのために彼が説明してくれた。彼とは、相も変わらず不健康そうなロウのことである。彼は優秀な魔術師故にあっちこっちの国へ技術支援の名目で引っ張りだこ状態だったらしく今にも死にそうな顔をしていた。

 残念なことにヴィヴィやヴィーシカなどは別の場所に行ってしまっているそうである。特に長老は条約締結に欠かせない取引があるそうで、セージのような一兵卒に付き合っている時間がないらしい。

セージは、表面上普通を装っていたが、王国が倒れたと聞いて小躍りしたい気分だった。元の世界に帰るための手がかりを探しに行くチャンスだ。体が子供のころに行ってはならぬと止められたが、体を鍛え武術を磨いてきた今なら許可が下りるであろうことが予測できた。

 ロウは、セージの瞳に光が宿るのを見逃さなかった。人間やエルフよりもペンと羊皮紙を相手にする時間の方が長かった彼でもセージの変化に気づくというものだ。


 「そおら。例の調査結果だ」

 「まだ覚えていてくれたんですね。ありがとうございます」

 「例には及ばん。どこぞの女の相手をするより容易いことさ」


 羊皮紙の山に手を突っ込むと一冊の本を取り出し、セージに投げてよこす。表題の無い無地の本である。

 セージは、何が書いてあるのだろうとルエがじっと見つめているのを視界の隅で認識した。内容を検めるのは別の機会が入用だ。小脇に抱えると後生大切そうに腕で包む。

 ロウは、ルエきょとんとした顔を観察すると、机に座りなおして小声をぼやいた。


 「………ふーむ、そういうことか。その様子だとルエは何も聞かされていないようだな。既に知ってるかと思ったんだが」

 「師よ。何の話なんでしょう、僕はまったく知らないんですが。調査……?」

 「俺がとやかく言うことじゃない。聞くなら、そこの……女の子にでも聞くといい。俺は仕事があるからそろそろお別れだ」


 少女という単語にイントネーションを乗せて、部屋を出るように指示する。二人が部屋を出たところで入れ違いになるように一人のセクシーな女性が入室していった。二人には見覚えがあった。ロウからあの女扱いを受けていた人だった。

 ロウの部屋を出た二人は基地の中庭へと出る。兵士たちが組み手をしたり矢の練習をする傍らで日向ぼっこ。戦争は終わったが残党狩りと治安維持の仕事が残っている。

 太陽に手をかざして寝ころぶ。燦々と降り注ぐ日の光が肉体を温める。

 “女の子”の傍らで座っている青年に落ち着きはなくそわそわとしていた。視線は時折セージの足、そしてすぐ横に置かれている本へ注がれる。ロウが知ってるのに自分が知らないことが本に書かれているとあれば好奇心が押えきれなくなるのも道理である。


 「だめ。見せてあげない」

 「………なぜですか?」


 ルエが手を躊躇いがちに動かした刹那、セージが釘を刺した。目を閉じ昼寝でもするかのようなリラックスした表情にて語る。

 本には別の世界への移動を可能とする技術の記述や遺跡の場所が記されている。ロウのことだから魂を入れ替える技術についても考察して書いてくれたかもしれない。もしルエが本を読めばおぼろげながらでも察してしまうだろう。

 だから、読ませない。言ってあげないし教えない。

 なぜ教えないのかはセージ自分わかっていない。

 ルエは、ふぅとため息を吐くと手を引込めた。目線を落とし、それからゆっくり、こっそりとセージの体を見つめる。寝ころんで両腕を広げているせいか裾がずれてお臍が覗いている。無意識に細い切れ込みのようなお臍に目線が吸い込まれるも、ぐっとこらえて地面に戻す。

 セージは、ウーンと喉を鳴らした。


 「………ごめんな。誰にだって秘密はあるし、親しい仲でも教えられないことくらいある。ルエにはないの? あるだろ。一つや二つ」

 「ありますよ。もちろん」

 「へぇ、どんなどんな」

 「教えられません」

 「けーち」


 秘密をなんとなく察することができたセージは、物思いに耽った。

 ごしごし目を擦り瞳を開ける。霞んだ視界。瞬きを数度して修正すると再び開きなおす。太陽はどの世界でも同じく眩しい。


 「俺さ、この戦争終わったら旅に出ようと考えてたんだ。探すべきものがあって、こうしちゃいられないと焦ってばかりで。巨老人の里にいたころ、長老におまえは若すぎるから無理だとか言われてさ。あれから随分鍛えたんだ。自分の身を自分で守れるくらいはできる」

 「何を探して……?」

 「そりゃあ………誘導すんな。探すもんは探すもん。だから俺は――」


 その時、会話に割り込んでくるものがいた。連合国の鎧を着込んだ平凡な顔の男である。その手には羊皮紙が握られていた。

 セージは上半身を起こした。


 「セージ、ルエ、ですね。ルーク長老より直接の伝言を承っております」

 「兄上………ルーク長老がですか?」

 「うーん?」


 何事かと二人は相手が手紙を読み上げるのを待った。

 男は羊皮紙と二人の顔を見比べると続ける。


 「里に戻ってくるようにとのことです。じきにワイバーンが到着します」





 空の旅は快適だった。尻の痛さと空の寒さに目を瞑ればだが。

 そして二人は、渓谷の里に帰ってきた。渓谷の里は相変わらずひっそりとしていて人気がなかったが秘密の入口から中に足を踏み入れると懐かしい空気が出迎えてくれた。穴を掘って作り上げたという巨大な迷路。セージの顔を知っているものらが声をかけてきた。ルエがルークの弟と知っている者たちも。

 程なくしてセージとルエはルークと面会した。

 銀細工とエキゾチックな眼鏡を身に着けた銀色の麗人。もとい男性。初対面時に感じた女性のような美しさは健在であり、して言うなら疲労の色が見え隠れしていた。

 彼は二人を交互に見比べて手元の資料へ視線を落とすべく眼鏡のつるを指で弄って見せた。


 「おかえり。愛おしい弟、同胞よ。よく働いてくれた。お前たちの働きは聞いているよ」

 「ありがとうございます、長老」


 畏まって頭を下げるルエへ、ルークは手のひらを蝶のように使って諌めた。


 「お硬いのはここまでだ弟よ。よく生きていてくれた。心配でたまらなかった」

 「兄上………」


 ルークが柔和な微笑みを浮かべると、ルエもつられて表情を和らげた。

 一変してセージには真顔に戻った。


 「セージ。………フムン。君の場合心配はしていなかったぞ。死ぬ様子が思い浮かばん」

 「へぇ。それは光栄ですね」


 光栄の部分で声を大きくして皮肉る。

 だがルークには通用しなかったのか口の端を多少持ち上げるだけでスルーされてしまった。ルークは二人の今までの行動を記した羊皮紙に再度目を通すと目だけを上に向けた。知的な眼球が対象を観察する。


 「戦争も終わった。セージ、君はまだすべきことをしようと考えているのか」

 「もちろんです」


 セージが即答した。両手を握りしめ決意に満ちた顔にて。ルークはかつてセージの目的を詮索しないと発言したが、その後、調べていた。親しい者たちへ文を送り言質を取った。すなわち元の世界に戻るために無謀に挑戦していると。

 ルークは二人に退出を命じた。無事を確認するのが目的だったからだ。戦争の後始末はもはや戦いの場に無い。政治の世界だ。分裂して崩壊した王国の残党をいかにして抑え込むのかである。

 事は思惑通り進んでいるように思えた。エルフを迫害する目障りな国は消えた。戦争で里と里の間で人員の接触がなくなることによる近親での結婚問題も無くなった。その問題抜きにしても弟が幸せになるのはいいことだ。

 ルークは二人が去った扉を見つめつつ、別の羊皮紙を取り出した。ルークの用事が済んだのを見計らい部下が何やら報告書を持ってくるのを仕草で待つように指示する。

 羊皮紙には―――。



 セージは宛がわれた部屋にいた。上下ともに軽装である。上はシャツ一枚なラフっぷり。

 ロウから渡された本をベッドの上で熟読中。暇な両足を交互に揺らしながらページをめくる。

 世界をわたる術を持つという少数民族について。経路不明の魔導技術。箱舟の存在。伝承。魂を取り扱う方法の有無。謎の衰退。ブルテイル王国による接収と技術の散失。

 確実な情報へ読み進める。伝承、伝説、噂などを除外した事実のみの項目だ。箱舟の存在は確かに確認できるという結論から始まり、とある山のふもとにあるという扉の奥にしまわれているとあった。確かに技術は奪われたが、表面しか奪えなかったらしい。肝心の中心となる技術は扉の奥にいくら兵力を注ぎ込んでも帰ってくるものがいなかった。表面上の技術こそがダークエルフや戦場に解き放たれた化け物たちだった。だが王国は滅んだ。技術も散ってしまった。上層部やエルフの長老たちはダークエルフや化け物の技術に関心はあるが箱舟はどうでもよいと考えているため手つかずだとか。

 最後に、もし体を取り戻し元の世界帰るならば、山の奥底に挑むことになるという文章が添えられていた。

 本を閉じたセージは、仰向けにひっくり返った。


 「絶対やってやる。まだ、諦めには早い」


 呟きに応える者はなく。


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