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<81>あの心臓を狙え

目を覚ましたセージにアシュレイが提案をしたのだった。


 ここは教会の本堂。赤毛の女性とブロンドの女の子がいる。赤毛は何やら武器を弄っており、ブロンド髪はぐったりと床に倒れて動かない。

 ぴくん、と女の子の耳が反応した。人間というものは基本的に耳は動かない。だが女の子はエルフだった。指輪で偽装しているといっても耳が動くというのは反映される。幸い、女性は気が付かず、道具を弄り続けた。粗末な布に包まれた怪しげなものが横に置かれている。

 鉄の風味がした。

 万力で封じられているかのように重い瞼を持ち上げれば、赤い髪の毛が映った。同時に感動した。自分の意思で瞼を操れたのだから。息を吐き、吸い込む。味のない酸素が肺を満たす。頭痛の他に後頭部が痛かった。起き上がるついでに触れてみる。タンコブ。

魔術の爆発で己の頭を殴打した。勢い余って後頭部を地面に強打して意識を失った、というのが経緯である。

 うめき声を漏らしつつ、上半身を起こす。


 「うーん……」

 「起きた? さっそくで悪いけど化け物退治に参加しなさいね。拒否権はない。はいこれ武器」


 道具を弄っていたアシュレイは、セージが目を覚ますや否や手に道具を押し付けた。

 酒瓶の蓋から僅かに飛び出た布きれ。火炎瓶。作りが単純なこの武器、リアルでもファンタジー世界でも大活躍である。武器を渡されたセージは沈黙して、やがて返却した。

 頭を優しく撫でて自分を労わりつつ、秘密の部屋がある方を一瞥する。


 「要らない。俺には魔術があるからな。というか、さっき魔術見たじゃないか」

 「………あっ、ふーん」


 アシュレイが作業の手を止めてセージの顔を凝視する。

 セージは居心地悪さに視線を逸らした。


 「なんだよ。人の顔じろじろ見て」

 「顔の割に男前な喋り方するじゃない。予想外だわ」

 「顔の割………」


 喜ぶべきか悲しむべきか判断に困ったセージは、一抹の驚きを浮かべているアシュレイが正面に来るように胡坐をかいた。

 アシュレイの周囲には火炎瓶やら剣やら弩やらが散らばっている。手元には象牙のような質感をした棒。セージは理解した。これらはすべて化け物を退治するために準備されたのだと。

 セージが主に使うのは二連クロスボウ、ロングソードである。悲しいことにいずれもアシュレイの武器にはなかった。教会のどこかにしまわれているはずだ。

 そういえば、ルィナはどこに消えたのだろう。

 着替えの場所を探そうと立ち上がりつつ質問する。趣味じゃない上に動きを阻害する白い服は捨てるに限る。


 「ルィナは? あと、化け物について教えてくれよ」

 「家にいるよ。運ぶのは手間だったけどね。目を覚まして暴れると困るから物置に閉じ込めてあるよ。化け物……まぁ、ちょっと長くなるんだけどさ」


 アシュレイはルィナは自宅に帰したと説明するとむっつり眉を吊り上げ腕を組んで化け物について語り始めた。

 時折視線を上に向けて思い出しながら。


 「昔、あいつが人間だった頃。この村にやってきて大暴れしたらしくて。勇者様ご一行……なにものかは知らないよ。とにかくそいつらがやってきて死闘の末にあいつを封じた。それで、現代。好奇心旺盛なルィナが穴の中に入った。んで芋づる式に村中が洗脳された」

 「なるほど。細かいことはわかった。とりあえずあいつをぶっ殺せば解決だ。洗脳も解けるんだろ?」

 「話の分かる奴だね。嫌いじゃないよ、ごちゃごちゃ言わない奴って」


 感心した顔で頷くアシュレイをよそにセージは奥の部屋に引っ込むと家探しをした。タンスや箱をひっくり返し荷物を探す。ほどなくして見つかった己の装備を手早く身に着けると本堂へと戻った。

 やはりしっくりくる。いつもの服と、二連クロスボウ、ロングソード。そして長年の付き合いになるナイフ。

 本堂の中央、像の前では、棒を背中に背負い、ナイフや火炎瓶を腰にぶら下げたアシュレイが待っていた。セージは、どうやら棒はありあわせの武器などではないらしいと悟った。火をものともしない頑丈な一繋ぎの骨。ドラゴンの骨だろうか。

 アシュレイを先頭に秘密の部屋へと入る。観音開きは閉ざされておらず穴を晒していた。


 「そうそう、これを渡しておくから」


 アシュレイが布に包まれたそれを慎重に手渡す。そして自らも片手に装備した。

 布を解いてみれば自分の顔。ではなくて、鏡の張られた小盾が姿を現した。手に取って確かめる。ありふれた盾に鏡を張り付けただけの一品。特殊な魔術的強化も、優れた素材も使ってはいないよう。けれど、ピンと来た。

 魔術と剣術体術にかまけて勉強をしてこなかった自覚のあるセージとて理解できる。というより、知っていた。メドゥーサに関する神話である。

 鏡を頭の前に翳すように構えてみせる。


 「こいつで赤い光を跳ね返そうっていうのか」

 「正解。なんだ、ただの単純じゃなかったのかい」

 「怒るぞ」


 そして二人は、地獄の窯へと再び足を踏み入れたのである。

 地下。腐敗臭が蔓延する穴の底。神もとい化け物が封印されている場所。人がやってきたのを感知したか、触手が慌ただしく脈動して、眼球の付いた太い触手が周囲を警戒し始めた。不思議なことに二人の位置を把握できていないようである。祭壇に二つ、壁にも松明がいくつか。真っ暗闇というわけではない。

 アシュレイがセージに耳打ちした。顔を近寄せて耳と唇が触れんばかりの間隔で。


 「こいつ、目が悪いみたいなのよね。だから作戦は………盾!」

 「目の癖に目が悪い……ちっ!」


 次の瞬間、眼球の光彩が縮小するや、二人に向かって赤い光が投射された。一瞬激痛が走り意識が遠のくもすぐに引き潮となった。二人はほぼ同時に盾を構えていた。鏡にぶつかった光が反射して眼球へと戻る。名状し難い絶叫をあげて眼球付きの触手がのたうち回る。

 隙を縫い、アシュレイが腰の火炎瓶の首を指に挟むとスナップを利かせ投擲した。着弾、着火。太いもの、細いもの、無数の触手が暴れ、祭壇が壊される。

 ―――あれ?

 セージは内心で首をひねっていた。化け物という割に弱いぞと。火炎瓶を受けて悲鳴を上げて暴れる様は恐ろしくもあったが、腰を抜かすほどではない。

 拍子抜けしたのはアシュレイも同じようで、火炎瓶を左手に、棒を右に構えながらも、動こうとしなかった。なぜなら攻撃がないからだ。赤い光線の他に攻撃的な器官がないらしい。触手も粘っこいだけで硬さもないようである。


 「先手必勝!」


 面倒が嫌いなセージは、二連クロスボウを牽制に放つと腰に差し、顔を盾で隠したまま右手にロングソードを握って駆け出した。

 よくもやってくれたな。洗脳されて風呂食事睡眠も自分の意思でやれなかった数日間の鬱憤を晴らすのだ。

 アシュレイは攻撃も援護もせず静観していた。


 「〝火炎剣〟……っ!」


 エンチャント。ロングソードに手から生じた火の渦が巻きつく。

 ロングソードを松明のように切っ先を上にして構えながら、横から殴りつけるように絡み付いてくる触手の群れを跳躍でやり過ごし、ネズミ大の太さの群れが胴体を捕縛しようとするのを一息で薙ぎ払う。高温に熱せられた鉄が触手の水分を一瞬で消滅させて肉を燃やす。続く蛇並の太さの触手を柄で殴って逸らし、刃を突き立てる。触手に白熱した剣が埋まる。


 「おらあああ、よくもやってくれたなあ!」


 柄を持ち、相手に接近しながら触手を魚よろしく捌く。本体との距離、至近距離。刃を抜き、本体に馬乗りになる。男性にあって然るべきモノを認めた。男性か。

 だが関係ないとばかりに盾を投げ捨て、ロングソードを両手で握れば、刺す! 刺す! 刺す!

 まさに滅多刺し。猟奇さえ感じる短い間隔で刺しては抜き刺しては抜き。セージのあまりの動きの速さに眼球付きの触手は追尾に間に合わず右往左往していたが、セージの背後を取った。


 「そうはいかない。化け物め」


 だが、その眼球が光を放つことはなかった。白目黒目を棒が串刺しにする。アシュレイが槍のように投擲したのだ。

 攻撃手段を失った化け物はセージを本体から引きはがそうと全身に絡み付いた。一本一本は非力だが複数集まれば強力となる。セージの体は空中に拘束されてしまった。

 臭いも強烈な上にぬるぬるな触手が全身に纏わりついていて不快にならない訳がない。

 セージは触手を素手で千切りながら、別の魔術を準備する。かつて練習してついぞ完成しなかった魔術のイメージを構築すると、唱えた。


 「やめろ! この……! 〝憤怒〟!」


 その魔術は、洗脳されていた自分が行使した術だった。

 セージを中心とした爆発が膨れ上がる。衝撃波の伝達により触手は身を粉にされ内臓色のジュースとなりて床に飛び散った。爆心地のセージに汚れはない。炸裂時の飛沫さえ衝撃が外側へ追いやってしまったのだから。

 地面に降り立ったセージは、触手の空白を縫って再び駆けた。

 見れば、化け物の本体につけたはずの刺し傷が再生し始めているではないか。穿たれた穴が時間を巻き戻すかのように埋まっていく。


 「だったらこうすればいいんだろ!」


 本体を守ろうと立ちふさがる触手を猫のような身のこなしですり抜けて転がり込むと、それを掴んだ。化け物の体液やらで汚れた古い銀の剣。それを抜き、本体のどこかを狙う。

 おそらく、剣は封印するために刺されていた。刺されていた場所は胸の中心。鎖骨寄り。

 ―――じゃあ心臓に刺したらどうなる? 狙いを定める。心臓がある座標へ。


 「覚悟!」


 銀の先端が肉を裂き心臓を貫いた。

 静寂が穴を支配する。心臓に突き刺さった銀の剣が淡い光を放っていた。光は徐々に化け物の肉体へと浸透していくと血管や皮膚を伝わって全身を覆い尽くし触手をも侵食し始めた。化け物が雄たけびをあげる。否、本体の頭があるべき個所から、聞くに堪えない憤怒が大気を穢しているのだ。

 セージは柄を握り、深く押し込んだ。それが止めになったか化け物の肉体が崩れ始めた。サラサラと砂とも灰ともつかぬ物体に還元していく。十秒と掛からず化け物は消滅した。

 場に存在していた重圧が羽のように軽くなる。

 柔らかな光を宿した銀の剣を目の高さまで掲げる。そして、見ることを止めだらりとおろしてアシュレイの方へ向いた。ぼそりと感想を漏らす。


 「あっけなかったな………」

 「私も予想外だったよ。光線さえ防げるなら大したことないなんて」


 とにかく。勝ったのだ。


 その後、アシュレイは身分を明かした。とある傭兵団を逃亡した身分であること。村に住みついたこと。実は化け物にセージを食わせて目撃者をゼロにしてから自分で始末するつもりだったこと。途中で気が変わったこと。

 すべてを謝罪した彼女は装備と食料を調達してくれた。

 最後に、彼女はセージに柄も模様もない銅の硬貨を渡した。


 「もし傭兵に用があるならこの硬貨を見せな。腑抜けた私には必要のないもんさ。あんたの役に立てるか知らないけど」


 見送るときに、こう付け加えて。


 「くれぐれも内密に頼むよ。逃亡先が漏れると殺しにくるから。私は農民なんだからドンパチはお断りよ」

 「約束する。じゃあ。もう会うこともないと思うけど」


 そうしてセージは村を去ったのだった。

 土産に銀の剣を携えて。


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