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<8>水面の彼女

なにがウンディーネだよカンターレしろオラァァッ


って隣の家の人が叫びだしました。

こわい。



期待の全裸回です。



 最近分かった事がある。

 指を立てると、しっかりとイメージを組みたてながら目を瞑って、心の中で強く強く願う。自分には今火が必要なのだと。自分は火を欲しているのだと。


 「〝灯れ〟」


 ぼっ。

 ほんの一瞬だけだが指先に紅い火が生まれ、すぐに消え去った。

 百回に数回程度の成功を手繰り寄せても、一秒と持たず消えてしまうことに胸が虚しくなった。

 “少女”は溜息をつき岩から腰を上げると、丘というより山から木を根こそぎとってしまったようなその場所を登り始めた。

 どうやら魔術とは、イメージや願いの強さによって発現するらしい。現に灯れ以外に燃えろや火炎よ生じよと唱えたり、また元の世界の英語を使って唱えてみたところ、発動した時があった。

 それどころか完全に適当な言葉を言いつつやっても発動する時があった。

 少女は、魔術は言葉や行動よりもイメージや願いといった精神的な部分に大きく頼っているらしいと理解した。指を振らず木の枝を使ってみても火がついたことから、それは明らかだった。

 干し肉をくれた男は呪文が必要云々言っていたが、嘘だったのだろうか。

 問題はその持続時間だ。集中してイメージを組みたて、願いを込めて唱えても今のように一瞬しか保てないのだ。蜘蛛を倒せたのは文字通り必死だったからなのだろう。

 だがこれらは全て推測にすぎない。元の世界なら図書館なりインターネットなりで情報を得られたが、この世界ではそれはおとぎ話のようなものである。

 練習が必要だが、魔術が使えるかもしれないということは少女の希望の一つになっていた。実際に魔物(蜘蛛)を倒したこともそれを後押しする。

 蜘蛛の糸で使い物にならなくなった木の棒の代わりに、草原で朽ちて骨だけに成っていた動物から程良い骨を拝借して棍棒兼杖代わり。もちろん人が来たら捨てるつもりだ。

 服はボロボロ。体は泥だらけ。顔には鼻血の跡。はたから見たら原始人そのものである。

 そこに耳を隠すために布を被り、ひょこひょこ歩く少女はエルフどころか別の種族に見えなくもない。

 結局、丘を越えるのに恐ろしく時間を消費してしまい、頂上に登った頃にはお昼になっていた。

 残り少ない木の実を取りだすと噛み砕いて舌の下に押しやり糖分を摂取させてから飲み込み、食べられる野草を口にしては飲み込む。美味しくないので食べると言う作業に過ぎない。

 丘を越えた先に村があるといっていたが、果たしてどこにあるのか。

 少女は懐から地図を取りだすと、杖代わりの骨を弄びながら目を通した。眼をごしごし擦って鼻の頭を掻く。


 「……距離が分からないな。でも――」


 目を上げると、丘から見える位置にある湖らしき場所を見遣る。

 日光を反射して煌めくそこはまさにオアシス。蒼い水が目に嬉しい。久しく水を飲んでいなかったことを思い出した少女は、酸性な木の実の味が染みついた唾液を飲み込んだ。

 そこでやっと、自らの格好が酷く汚れていることに気がつく。

 今の今まで食べ物を探したり、道を歩くことだけしか考えていなかったので、身の回りのことについて頓着する余裕がなかった。正確に言えば清潔について考える余裕がなかった。

 髪の毛に触り、首元の汗に触り、蜘蛛の糸の粘着がついた腕に触る。

 久しぶりに水浴びをしても罰は当たらない。それにこの時代である、屋外で水浴びなどしょっちゅうあることだろうから、いいだろう。

 それに小学生程度の女の子の裸体を見て喜ぶ奴など居やしない。

 少女は地図を丁寧に折りたたむと、足元に注意しながら丘を下って行った。







 目視可能な距離だとしても、実際歩いてみると恐ろしく時間がかかるものだ。

 なんだかんだ湖に辿り着く為に道なき道を進み、草むらの海を割り進み、森の中でさんざん迷いながら辿り着く頃には太陽がやや傾いていた。

 正確な時間は分からない。時刻を知る手段がほぼ無く、また自然環境のごく限られたものでしか時間を知る手段のない少女には、空が全てであった。

 空が明るければ朝昼、暗くなれば夕夜。危険なので暗くなったら安全な場所を探し、決して行動しない。現代ではありえなくとも、昔はみんなこうだった。

 火を起こせば行動できるかもしれないが、暗い中光り輝く松明を持って行動すれば目立つこと間違いなしである。


 「綺麗だな………どれどれ」


 湖の畔に辿り着いた少女は、骨の杖を木に立てかけ、湖を覗きこんだ。

 まだ幼いが疲れた顔の少女が湖の表面に映っている。この世界に来て初めて自らの現在を直視し、思わずその水面に手を伸ばした。歪んだ。

 湖の水質は、地下に広がる蒼穹といった面持ちで透き通り、指を入れて見たところ震えあがるほど冷たかった。両手をつけて一口飲むと清水が体に染み込むよう。 ついでに顔を洗って、服で拭う。

 ぽたりと水滴が落ち、丸い波紋を湖面に刻む。


 「本当にこんな姿になってたんだな、俺は………誰だよコイツ」


 怪訝な顔をすると、水面の中の顔も怪訝な顔をする。

 やっと自分が少女になってしまったことを自覚して力が抜けて、湖畔に座り込むと、石を拾い上げて投げて遊び始めた。

 手のスナップを利かせ回転を加えながら投げれば、石が水面で飛び跳ねてぽちゃんと没する。

 そういえば、テレビやらゲームやらパソコンやら、そういった類の娯楽どころか本すら読んでいないことを思い出す。何にしても娯楽はカネがいるので、自然を使って遊ぶほかないのだが、懐かしくなる。

 旅の同行者か便利な使い魔でも居れば楽なのだろうが、いずれにしても少女が手に入れるには障害が多過ぎる。

 旅の同行者に至っては裏切られる可能性だって捨てきれないのだ。

 頼れる相手も喋る相手も居なくて、寂しさは募るばかり。必然的に独り言が増える。それは時に木を擬人化して語りかけるものだったり、漫画やゲームのセリフを引用してきたものだったりする。

 さて、と少女は呟くと頭の被り物をとらずに服を脱ぎ始めた。万が一人間に見られたら後に面倒になるからである。

 “少女”は、服を脱ぎつつ、今自分は男なのか女なのか、そこがはっきりしないことについて考えていた。

 思考は男のままのつもりだったが、日々を過ごす内に女なのか男なのか曖昧になってきたのだ。

 下着も含めすっかりと服を脱ぎ捨てると、頭の被り物だけはそのままに、足先から水の中に入る。

 汚れた体はしかして美しく、エルフ特有の均整の取れた幼き体が外気に晒されて震える。


 「冷たッ! ぁー、これは冷たい」


 湖は徐々に深くなっていくが、手前の浅瀬は膝が浸かる程度の深さ。

 全身に染みついた汚れが水に溶けて行き、擦り傷や打撲が冷たい水でちりりと痛みだす。それでも久しぶりの水浴びは心と体を喜ばせた。

 服も洗ってしまおうかと思ったが、残念ながら着替えが無いので断念せざるを得ない。屋外で全裸、しかも水にぬれた状態は辛すぎる。

 魔術で火を起こせばいいかもしれないが、何度試しても発動しなかったりするのでそれに頼るのは危険と言わざるを得ない。それに服なんて洗っても汚れるし、また単純に面倒だった。

 冷水に身を沈めて全身を擦って汚れを落とし、髪を洗い顔を洗い、清水を喉を鳴らして飲む。

 己の貧相な体が水越しに透けて見えており、華奢な作りの両脚の付け根には男であるならあるべきものは無い。改めて自分が女の体になったと理解する。

 もしも元の世界に戻れなかったら、女として生きるしかないのだろうか。

 元が男だけに男の心情や行動形式を心得ている“青年”は、もし女として生きるのなら、どうにも素直な恋愛は出来そうにないと考えた。

 というよりエルフの段階で人間と結婚できるとは思えない。するとしたら同族か。

 久しぶりに落ちついているがため、様々なことに思考を張り巡らすことが出来た。湖の冷水が頭をほどよく冷やし、体の熱を削ぎ落していくものの、決して不快なんかではない。


 「――――、―――、――、――――♪」


 鼻唄を紡ぎつつ、背泳ぎで湖を進む。

 木々の木漏れ日が少女の肌の色を際立たせ、点々と落ちる影が紋様を作る。

 耳に水が入ったので湖の底に両脚をかけて立ちあがると、頭の布の中に手を入れて耳を引っ張って水を抜く。長い分だけ引っ張りやすかった。

 時に元の世界の流行歌を自分で変化させたのを鼻唄にして、湖を駆け回る。どうやら水というのは人間をはしゃがせる作用があるらしかった。

 でもあんまり長く入っているわけにもいかないので、湖から上がろうとして、なんとなく草むらの方に目をやった。

 ―――目と目が合った。


 「あっ、待て!」


 何者かが草むらから飛び出すや、全速力で逃げていく。

 その人物が自分と大差ない年齢の『人間』だと分かり、少女はその後ろ姿を全裸で追跡せざるを得なかった。頭を覆う布の隙間から耳を見てしまった可能性があったのだ。

 もしも通報でもされたらなぶり殺されるのは必至。羞恥心は無く、むしろ焦燥感が大きかった。

 ナイフを引っ掴み、全裸で森の中を駆ける。

 傍から見たらただの変態だった。





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