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<74>出発の矢先

やっとドワーフの里から抜け出したセージは味方に合流しようと丘陵地帯を歩き始めたのだが……

 セージは牧場中を歩き回って置手紙の類がないかを調べていた。井戸にはなかった。牧場の牛小屋の入口付近にはない。納屋にもない。物置小屋にもない。

 熟考と捜索の末、馬小屋で見つけた。小石で組んだ円陣の中央に埋められていたのである。念入りに砂と藁で偽装されたそれは一見しただけでは看破できない見分けのつかなさを持っていた。スコップで掘り出すと油紙に包まれた手紙が入っていた。目を通してみるとヴィーシカからの指示書があった。

 もし再開できたら行方不明になった経緯を説明せよから始まり、自分の好きなように選べとあった。一つが王国の領土を進み味方の拠点に到達して合流するか、上陸地点の街に戻るかである。前者は作戦に復帰できる可能性があるが危険も大きく、後者は作戦に参加できないかわりに安全である。

 セージは手紙を置くと、牧場の納屋で胡坐を書いて二連式クロスボウの整備を始めた。と言っても実はドワーフの里で没収された際に誰かが整備をしてくれたようなので万全なのであるが。なんだかんだで『よそ者』だから警戒されただけで、内面はいい人が多いのだろう。

 掌で弄びつつ、照準を天井に向け、ゆっくりとおろす。鏃の先にはのんきにはい回る鼠。距離は数mと無い。人の居ない場所に住まう生き物のせいか警戒心が見られない。引き金を落とす。カシュ、と軽い音と反動が掌から生じた。鏃が空間を貫き埃臭い鼠を貫くと勢い余って腹部を抜けて壁に突き刺さった。


 「うっし、決まり!」


 セージは立ち上がってお尻にくっ付いたゴミを払うと、とことこと歩いて行って、壁の矢を引っこ抜くついでに鼠の死骸を拾った。

 納屋から出ると、空き箱をいくつか運んできて階段状に並べて登る。セージは納屋の上に陣取ると地平線の先に霞む街を見据えた。王国の主要道路が交差する地点にある街は、何事も起こっていないようで平静さを保っている。それはように見えるだけで、セージが観察していると大量の棺桶が運び出されていたあたり、既に仲間たちの作戦は遂行されていたのだと思われた。陽動と、前線の押し上げがとうとう始まったのだろう。肝心の第一歩を踏み出したつもりが井戸に落下したとは笑えなかった。


 「やっぱ行くしかないよなっ! みんなが待ってる」


 顔を両掌で叩いて気合いを入れると、腰のベルトに二連式クロスボウを差す。

 セージは、やはり後退は性に合わず、とにかく前に進むことを決めた。指輪というエルフ族の特徴を隠蔽する道具があるからこその態度である。もし無かったら敵がゴロゴロとうろついている中をこっそり息を殺して通過するという苦行を強いられることはわかりきったことであり、躊躇したかもしれない。が、やはり危険なことに変わりはない。無自覚な無鉄砲はいまだ健在である。

 さっそく移動しようとして、その場で考え込む。袖を捲り腕を組むと胡坐をかいた。

 鞄を背中から前にまわすと紐を緩め中身を地面に並べだした。

 携帯食料。水筒。なんにでも使える布。武器整備用具。地図。主にこの程度である。これに武器を加えればそれなりの重装備と言えるが、服装はいわゆる一般的なものであり、鎧は着込んでいないことを計算に含めれば、比較的軽装備である。何せ旅人や行商人を装う必要があったのだから当然である。

 荷物を点検する。

 干し肉数枚だけ。旅の道中で狩りをすれば補給は可能だが、効率が悪い。味方に追いつくためには狩りや採取で時間を取られることは避けたかった。

 金を見る。たった数枚の通貨のみ。心もとない。もっとも現地調達が当たり前な旅を続けてきたセージには大した問題ではない。だが必要な装備を揃えるのには不足していた。

 武器。ロングソード、ナイフ、二連式クロスボウ。これに魔術を加えれば十分である。

 そこでセージは荷物の中にそれが無いことに気が付いた。木をくり抜いて成形した容器の蓋をあけて中を見ても一つまみたりとも無かったのである。


 「塩がない……」


 塩。そう、塩である。

 元の世界でも同じようだったようにエルフだろうが人間だろうが塩は必要である。なにより塩は、味気ない食事を大いにグレードアップさせる魔法の粉なのである。獣の肉や魚はとことんまずく、臭い。ところが塩をかけるとおいしくいただける。それどころか保存食を作るのにも使える。

 塩を作るには海水か岩塩を探さなくてはいけないが、生憎付近には無かった。となれば購入するしかない。

 セージは荷物を仕舞い込むと立ち上がった。

 まずは塩を調達しよう。向かう先には味方の陽動で被害を受けた街があった。



 ―――――




 旅の初日はおっかなびっくりであった。

 ブルテイル王国軍と連国軍の最前線がある平原までは馬ならば近く、徒歩なら遠い。気が遠くなる距離を進むということはエルフであることがバレて作戦が露呈してしまう危険に遭遇する機会が増大するという意味であり、一人で旅をしている間に情報が漏れる恐れがあったため、街で塩を買うだけでも恐怖に苛まれながらであった。

 だが指輪の効力は健在であり、街中で耳を弄ろうがなんだろうが不審がられることもなく、無事に塩を入手することができた。

 まず越えるべきは平原を遮るように横たわる丘陵地帯である。その地形故に王国の街道は大きく迂回する進路を取っている。迂回するか直進するか、どっちを選択してもいいであろう。ただし街でこんなような情報を耳にしてしまった。

 丘陵地帯にはモンスターが徘徊しており、街道には盗賊団が目撃されていると。

 モンスターか盗賊団か。王国の人間に告げ口しないだけモンスターの方がましだ。

 セージはそう判断すると、歩き始めた。ちなみに馬は購入しようと値段を尋ねて諦めた。盗みも検討したものの、警備の厳重さに諦めた。一通りなんでもできるように訓練を積んできたものの盗みだけは専門外だったのである。


 街の街道から外れて一日目。方位磁針など無いので、地形と星空を頼りに黙々と歩く。

 モンスター対策は、光を発さないことであった。掌に火を宿して歩くような真似はせず、ただ月と星に光源を求めて地面を進んだ。


 「ふぅ」


 星空の下で手ごろな岩を見つけたセージは、一息つこうと腰を下ろして水筒を手に取った。中身をほんの少し傾けて唇を濡らすと仕舞い込み、両掌を土台に顎を置き、上目で夜空を眺めた。空は曇りひとつなく、スモッグによる汚染もない。遮るものは大気という薄っぺらい層しかない。大中小、白もあれば赤も青もある粒粒が、漆黒の天蓋に散らばっている。

 右足を左足の腿の上に乗せると、服を捲って脹脛を露出させて揉み解す。歩き疲れで過熱した筋肉は心なし固く、手に力を込めなくてはならなかった。続いて左である。同じ要領で揉む。年齢の割に発達した足の肉がふにふにと形を変えた。

 両方が終わると、腕と脚をストレッチ。アキレス腱も伸ばして一区切りとする。

ごろりと大地に寝転がって傍らの草を毟るとちまちまと細工を施す。唇につけて吐息を流す。ひゅーひゅーと乾いた音が鳴るだけだった。草笛の作成を諦め、放る。そして腕枕で空を見つめた。

 

 「百点。満点の夜空だけに」


 独り言を呟いてから、再び草を毟る。完成品に息を通す。ひゅーひゅーと情けない音しか出ない。またも草を投げ捨てると、自身が汗ばんでいることを自覚した。只管歩き続けてきたせいで汗が酷かった。気温は肌に心地よい暖かさだけに体の放熱が間に合わなくなっていたらしい。汗腺の数が少ない足や腕は既に乾き始めていたが、腿の内側や脇などは汗が滲んでいた。

 水浴びをしたい。可能ならば石鹸で体を清めたい。できれば毎日でも温泉に浸かりたい。

 だがそれは叶わぬ願いである。

 とりあえず、誰も見ていないことをいいことに上着を脱ぎ捨て肌着も取り去ると、上半身裸となった。そして布で汗を擦って拭う。いつ手に入るかもわからない水を滲みこませることはしない。脇、首、背中、お腹。姿勢を起こして岩に座ると、ズボンの中も拭いておく。いそいそと服を着直すと、再び寝転がった。

 瞳を閉じる。瞼の上を照らす星明かりが血潮を透けて、淡さを虹彩に届けている。

 セージは、しばしうとうとと時を過ごした。

 丘陵にある、風化して凹凸の無くなった岩が複数転がっている地点に、ブロンド髪の女の子が仰向けで寝ている。風が地を舐め、まるで熊の毛並みのように生い茂った草むらを波打たせた。風の力が女の子の髪の毛を乱し、服の裾を捲った。

 女の子――もとい“女の子”の耳が角度にして5度、後頭部の方向に傾いだ。寝返りを打った。眉に皺が寄る。意識が覚醒の岸辺に触れた。


 「…………」


 無言を貫きつつ、寝たふりを継続する。

 何者かの気配を感じ取ったのである。いわゆる第六感が打ち寄せる気配という波に震えていた。それとなくすぐそばに置いた二連式クロスボウに手を伸ばし、引き金に指を置く。

 風に混じってカパポコと一定のリズムで地面を叩く雑音が響いてくる。馬のようだ。方角は音の弱さと風にかき消され特定できないものの、すぐそばに来ていることだけは気配で感じ取ることができた。いつでもクロスボウを射掛けられるように腕に力を張っておく。

 距離にすればあと数mもない。不審な何者かが砂利を踏んだ。

 

 「誰だ!」


 セージは言葉を発するなり地面を転がると、ロングソードを手元に構え、二連式クロスボウを音の方角に突き付けた。

 騎士が居た。鉄の全身甲冑を着込み、ランスと盾を構えた典型的な騎士が。馬も戦場に出るに相応しい甲冑を着込み露出した足には戦化粧が成されていた。それだけならば騎士に過ぎないのだが、問題は馬を操っている人物にあったのである。

 エルフにしろドワーフにしろ人間にしろ、致命傷となりうる部位は決まっている。頭、心臓である。そして目の前の騎士には首が無かった。あるにはあったのだが、首はまるでバスケットボールよろしく腕で横脇に抱えられていたのであった。

 戦慄した。星と月の朧な光に照らされたその恐怖に。

 思わずロングソードを取り落としてしまった。ついでにクロスボウも下ろす。その場に尻もちをつく。

 セージは人差し指を関節の逆向きに反らし、口を開いた。

 

 「首が……!?」

 

 刹那、朧な夜の光に照らされたそれが、嘶いた。馬が前足を上げて振り下ろす。まともに喰らえば骨折は必至。

 恐怖に駆られた体が脊髄反射的に行動を起こした。仰け反り、足を開脚する。丁度その隙間に馬の足が叩き込まれ、地に食い込んだ。

 後転。ロングソードと二連式クロスボウを手に取るや、臨戦態勢を取る。

 首の無い騎士が馬に突進を命じた。心なし平均より背の高い馬が地を駆け、踏み潰さんとしてきた。

ただでさえ夜間で視界が効かないというのに、夢か現実か、存在感が異様に希薄なそれが迫ってくる。やもすれば見失ってしまいそうであった。


 「くうっ……!」


 横っ飛びに転がって回避。騎士は勢い余ってセージの居た地点を通り過ぎていった。

 その隙に剣を改めて構え直すと二連式クロスボウで狙う。首が無い相手なのだ、言うまでも無くヘッドショットを狙っても仕方がない。

 セージは馬の頭を狙った。二連式クロスボウから続けざまに短矢が放たれるや、寸分の狂いも無く額に集中した。それは頭蓋を貫き、脳を貫通した。馬は悲鳴をあげてもんどりうって地面に転がると、騎士を地面に投げ出した。

 絶好の機会が到来した。二連式クロスボウを横に放り、速攻を仕掛けんと準備をする。

 剣を横に、顔の前で翳して言葉を紡いだ。


 「〝火炎剣〟」


 指先から霧状の火が螺旋を描きながら剣身に巻き付き刃を加熱させ、魔術により外側への反発力を形成した。更に足に手を翳し追加で言葉を囁いた。


 「〝強化〟せよ」


 足の筋肉に注ぎ込まれた力が一時的な強化をもたらし、脳の制限を解除した。更に力を腕にも注ぐ。魔術により腕の血管が浮き出る。動悸が始まり、軽い眩暈に苛まれる。これも騎士を倒すための前準備である。油断などみじんも挟まずに全力で倒すつもりだった。

 騎士がようやく起き上がったとき、既にセージは距離を詰めてロングソードを叩き込んでいた。


 「せいやっ!」


 上段から下段に全腕力と勢いを乗せた斬撃。

 騎士が腰のロングソードを抜き、答える。刃と刃がせめぎ合い火花を散らした。漆黒の夜間を裂いて二人の姿に黒と白のコントラストが刻まれる。剣と剣が拮抗して震えた。

 なんて力だ、セージは奥歯を噛んだ。強化した肢体から繰り出した力による打ち込みは、当然のごとく受け止められてしまったからである。


 「ヌウンッ!」


 気合い一言で騎士が剣を腕力に任せて押した。セージの体が浮く。二歩三歩と蹈鞴を踏んだ。そこへ、騎士が正眼に構えた剣を右肩に担ぐようにして貫きの一撃を放った。


 「………っ、はっ!」


 正面方向右に体を傾け、危ういところで躱す。髪の毛数本が宙を舞った。アンデット、亡霊の類とはいえ、武器は本物であるようだった。ロングソードをロングソードで受けると、相手の懐に潜り込んで腹部を蹴って後退した。騎士は呻き声一つ漏らさず、おまけによろめきもせずにその場に居た。

 ひとまず四歩の距離を離し、息を整える。吸って吐いて吸って吐いて。

 セージはぺろりと唇を濡らすと、ロングソードを両手で保持し腰を落とした。

 魔よけの指輪に刻まれた文字が微かに光を宿した。


長くなるのでわけます

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