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<70>ルールは守りましょう


 姿勢を低くして足腰に力を溜める。息は等間隔を維持して攻撃のタイミングを悟らせないように。足運びは慎重に。相手に対して右方向に移動し、相手の左側を取らんとするように、位置を変えていく。

 対する相手はだらりと両手を下げたまま、こちら側に合わせて体の向きを変える。一切の構えの無い自然体はしかし紙の挟む隙間も見いだせぬ鉄壁の威圧感を放っていた。

 〝女の子〟は、駆け出した。


 「覚悟ぉ!」

 「やれるものなら、やってみるがいい」


 真正面からの突進、に見せかけた廻し蹴りを放つ。

 ヴィーシカはそれを半歩後退するだけで紙一重で躱した。ヴェールが風になびく。

 続く第二撃は足を引く反動で体を前傾させて、飛び掛かる。地に痕跡刻まんばかりの俊足で懐に潜り込めばお得意のボクシング式の殴打の嵐を見舞う。が、すべて片手で捌かれる。しかも、捌かれるどころか易々と右に左にいなされてしまっていた。

 しびれを切らしたセージが大ぶりの肘打ちを繰り出した刹那、ヴィーシカが強く地を踏み一歩前進しつつセージの頭を軽く打ち、その足首を絡めて仰向けに倒した。変則的な投げ技。怪力によるゴリ押し戦法しかこないと勝手に思い込んでいたセージは不意をうたれた形となった。

 一瞬で攻勢が強制停止した。青空を背景にヴェールで覆われた顔がこちらを見下ろしている。

 セージは大の字でしばし目を回していたが、両足を天に向け、地に叩き付ける反動を利用して機敏に立ち上がるや、すかさず駆け出した。


 「もう一丁!」

 「元気がいいやつは好きだ。何度でも相手してやろう」


 余裕綽々のヴィーシカに隙はまるでなく。姿勢を崩さず、ヴェールの奥からセージの手足や重心の移動をつぶさに観察している。

 セージが大きく踏み込んで腰を落とし腹部目掛けた鋭い前蹴りを繰り出す。が、手であっさり横に受け流され、逆にがら空きとなった足を軽く払われて尻もちをついてしまった。


 「そおれっ!」


 ヴィーシカがあからさまに『躱せ』のニュアンスを込めた、緩い蹴り込みを実行。丁度サッカーボールを蹴るような甘めの攻撃。


 「むあ!?」


 尻もち体勢では満足に動けず、止むをえず情けないが地面をゴロリと転がって危ういところで躱せば、なんとか持ち直す。しかし時間をかけ過ぎた。またもやヴィーシカに接近を許し、襟首をガッツリと保持されたと思った刹那、二回三回と視界が円舞し、地に叩き付けられた。

 腕力だけではない、技術の伴った投げ技がさく裂したのだ。

 セージはヴィーシカから2~3mは離れた地点に倒れ伏した。

 頭が揺さぶられ、脳が軋む。淡い痛みと吐き気。打ち付けた背中がジンジンと痛んだ。どっと肺から空気を絞り出した。吸い直せば、ゆっくりと体を起こし身構える。

 何度やられても諦めずに戦意をぶつけてくるセージの姿に、ヴィーシカは口の端を上げて犬歯を覗かせた。もっとも、ヴェール越しなので誰一人として素顔を目撃しなかった。

 セージが拳を固め、ボクシングスタイルで戦闘意欲を示す。


 「もう一度!」


 という組手の場面が繰り広げられていたのは一行が小高い丘の頂上でキャンプを張っている地点であった。周辺を見回せるので外敵の接近を容易に察知できるという点と、木々が生えているので身を隠せるという二つの利点があったからこそ一時的な拠点に選んだのである。

 流石に水源や獣の気配はないので、休憩と今後の予定を立てる短期間だけの拠点である。

 ヴィーシカとセージが組み合ってから早くも一時間が経過していた。最初、ヴィーシカが『やらないか』と持ちかけた軽い気分の組手だったはずが、徐々に内容がエスカレートして蹴る殴る投げ飛ばすのなんでもあり格闘技戦になっていた。

 一方、二人に触発された仲間達も戦闘訓練に興じていた。度合いは様々であり、剣と剣を打ち合わせる本格的なものもあれば、格闘、弓、訓練もどきの緩い戦いなどがあった。さすがに魔術を打ち合うようなことはできない。属性が火にしろ風にしろ、目立つからである。

 ヴィーシカに流れるような拳のラッシュを叩き込むも、いずれも、屈む、仰け反る、弾かれる、と躱される。これではだめだ。同じ攻撃方法では読まれてしまう。セージは咄嗟に後退すると見せかけてヴィーシカの足元を、己の足で薙いだ。


 「まだまだ!」


 その足は、ヴィーシカに掠らずに直撃した。ただし一旦足を上に退避させた後で踏みつけるという形で。足の速度が温すぎたのと、力が籠っていなかったのが原因であった。


 「ぐっ」

 「小手先の技が通用するなどと――考えないことだ!」


 水平に伸ばした足をヴィーシカが蹴った。片足が急に移動したため、もう片方の足で地面に半ば腰かける体勢でしゃがみ込んでいたセージは思わずよろめいた。顔をあげるまでもなく、その無防備な顔面にヴィーシカの膝が音も無く剛速球で叩き込まれる。

 はずが、髪の毛一本という地点でピタリと静止した。

 思わず仰け反って目を瞑ってしまったセージが瞼を上げてみれば、まつ毛が触れ合える地点で止まった膝があった。

 実戦であれば、相手が戦場で敵対したヴィーシカであれば、その強力を持って首をへし折られていたであろう。完敗だった。格闘にしろ、なんにしろ百戦錬磨を誇るヴィーシカ相手には敵わないのだ。

汗を額に浮かべて大の字になったセージの視界に、ヴェールをかぶった女性の姿が入り込む。息を切らし汗さえ浮かべているセージとは対照的に、ヴィーシカは汗をかいた様子も息を切らす素振りさえない。全身甲冑を着込み鉄板のような剣を担いで岩山をぴょんぴょん飛び回って竜と格闘していたという彼女とは、基礎からして造りが違うらしい。

 倒れ伏した小柄に、長身が手を差し伸べる。

 小柄が快活な笑みを浮かべてその手をがっしり握ると、あれよあれよの間に引っ張り起こされる。しかも片手だけで。

 ばたん、と乱暴な音が聞こえた。

 方角を耳で探して振り返ってみれば、大の字――ただしうつ伏せ――で倒れ込んだルエに足を組んで腰かけたヴィヴィという複雑な絵を観賞することできた。ルエとヴィヴィの二人も組手をやっていたはずなのであるが、なぜかこの不可思議な状態である。普通に格闘したのならば、手加減できずに鼻血が出ただとか、ころんだだとか、むしろそれしかありえない。うつ伏せ大の字に足を組んで座っているということは相手が倒れた後に腰かけたということに他ならない。

 ヴィヴィが膝に手を置いて休憩を始めた。セージがじっと見ているとヴィヴィと目が合った。ペロリと舌を覗かせたヴィヴィは起き上がると、服を直した。


 「なぜ倒れているのだ」

 「ちょっとした魔術の実験です」

 「“ちょっとした”? 嘘をつくな、気絶しているではないか」


 ヴィーシカが歩み寄り、ルエをひっくり返す。妙に幸せそうな表情でぐっすり眠っていた。むにゃむにゃと何事かを呟く。十人中十人が幸せそうだと答えそうな口調で。ただし内容は言葉が崩れ聞き取れない。

 ヴィヴィはバツの悪い顔をした。


 「手始めに魅了の魔術をかけてみたんだけど抵抗されてしまったの。だからつい手加減間違えてしまって」

 「阿呆め、格闘の訓練に不意打ちで魔術を使うとは」

 「うっかりしてましたわ」


 呪文はセージらの元に聞こえてこなかった。とすれば目を合わせた相手にかける暗示を使ったのであろう。格闘訓練の最中にいきなり魔術をかけられたルエはさぞ驚いたであろう。

 すやすやとお休み中のルエの処分に困った二人は、それとなく顔を見合わせあった。

 そこで、セージが間に入った。汗を拭いつつ、静かに歩み寄る。


 「俺が見ておきます」

 「ム、そうか。わかった」

 「………なんだかごめんなさいね。やり過ぎてしまったみたい。あとはよろしくお願い」


 あっさり承諾するヴィーシカと、流石に魔術は拙かったかと顔を曇らせるヴィヴィの二人は、訓練を引き上げてテントの方に戻っていった。長老たる彼女が訓練を終えたことで周囲の仲間たちも引き上げていった。

 大の字で横たわっているのも哀れなので、仰向けに転がす。男性の体は意外と重く筋力を使ってしまった。


 「………」


 ふと、ルエの体に予想外に筋肉がついていることに気が付いた。ペタペタとあっちこっちを弄ってみる。肩。出っ張っていて骨がごつい。腹。男性特有の硬い筋肉。足。脂肪に覆われた女性のとは対照的に、筋肉と筋の乗った頑丈なもの。顔。中性的でありながら、しっかりと男性を感じる目鼻の配置。なるほど、かつて男性であった“女の子”からしてもいい男だった。

 思わずため息が出た。この世界にさえこなければ、あの〝神〟さえいなければ、元の男性でいられたというのに。


 「いいなぁ……」


 あっちこっちを弄るもとい触り倒す。腕も触ってみた。服の袖を捲ってお腹も見てみた。

 本人は無自覚であるが、やっていることは半ば変態的な行為である。

 更に顔を近づけてにおいまでかぎ始める、少女。変態を通り越しそうな勢いであったが、気が付かない。訓練が終わりほかの仲間たちが撤収してしまっており、周辺に見咎める人物がいないことが拍車をかけた。

 ズボンの中はどうなっているのだ?

 ここに至ってセージはようやく己の行為を自覚し、手を引っ込めた。僅かに頬に紅が差した。

 しばらくして、ルエがうめき声をあげて目を開いた。傍らには体育座りのセージがいる。彼はキョロキョロと周辺に目を滑らして、何が何だかわからない、といった疑問を顔に描き出した。


 「おはよー。気絶したんだってさ」

 「まさか……修業が足りないということですね」

 「ちなみに魔術ね」

 「格闘中に気が遠くなったのはそれが理由でしたか」

 「とにかくみんなのとこに行こうぜ」


 というわけで、二人もテントに戻った。


神なんての書き方とか雰囲気とかを思い出すための久しぶりの執筆でした。

スカイリムの影響でシャウトとか使わせたくなるから困る

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