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<7>仕留めたはいいものを


 剣道どころか武術の嗜み皆無の“少女”にとって、たかが大きい蜘蛛ですら山のように巨大な外敵であった。


 「らあッ!」


 いきなり飛びかかってきた蜘蛛をステップを踏むことで回避、木の棒を思い切り振りかぶり、頭らしき場所に叩き下ろした。

 が、狙いが外れ胴体に下ろしてしまい、その硬質な殻を叩くにとどまった。たかが木の棒では斬ることも、満足な打撃力を得ることも難しい。


 「っく」


 蜘蛛が口を開けた。肉食性なのか小さい歯が幾つも並んでおり、どろりと体液が糸を曳いているのが見えてしまった。

 生理的嫌悪感から一歩跳び下がるや、バットを握るように持ち直し、フルスイング。蜘蛛の目を狙った俊敏な一撃が迫らんと。

 が、敵もやられるだけではない。腐っても野生生物。少女が必死なように、蜘蛛もまた必死だった。

 体を棒に打たれながら跳びのき、前足を下げてお尻を持ち上げる。硬い外殻は棒からの衝撃をきっちり守ってくれていたので、大した傷にはならなかったようだ。

 蜘蛛の臀部が持ち上がるや、一条の白い何かが射出。


 「ちょ、糸!?」


 少女がとっさに腕で庇うと、ぐちゃりと付着して瞬く間に接着。もし庇ってなかったら顔面にはりつき呼吸が出来ずそのまま餌になっていた。背筋が凍る。

 蜘蛛が更に糸を吐く。一本二本と少女に向かって放たれ、避けることも出来ず手足に絡みつき、その粘性によって動きを制限されていく。切ろうにも糸の弾力がそれを許さない。

 糸を掴み取り引っ張ろうとしたが、蜘蛛の重量的に意味が無い。


 「ぐ………こ、こんなこともあろうかと……ナイフを……取れない!」


 切れないのでナイフを抜こうとしたが、これでもかと浴びせられる糸が腕に絡みつき、足にへばり付き、とうとう棒立ちが精一杯にまで追い詰められる。手の棒すら糸でべっとり。

 足のみを動かしてちょこちょこと後退する少女に、蜘蛛はしめたとばかりに距離を詰めて、いつ跳びつこうかと算段を立てている。

 少女はふと、『あっ、これは終わったな』と一種の諦めにも似た思いを抱いた。

 防具も仲間も居ないのに相手の目の前で動けぬ状態では、逃げることも反撃も不可能であろう。それが意味するのは即ち敗北である。

 蜘蛛の目が爛々と輝いた。


 「来るなよ! 食っても美味しくないぞ! ああっ、だから来るな!」


 トドメとばかりに糸を吐きかけて、少女はとうとうぐるぐる巻きに近い様相に。

 祈るようというか、必死で蜘蛛を説得したり罵ったりしてこっちに来るなとしてみるが、蜘蛛に人間の言語が通用するわけも無く、いくつも生えた足をカタカタと鳴らしながら寄ってくる。

 こうなったら手段は一つだけ。


 「〝灯れ〟! 頼むから〝灯れ〟!」


 ――魔術で糸を燃やし脱出する。

 指の動きもなくただ呪文を唱え、魔術が発動してくれることをひたすら祈る。

 神でも悪魔でもいい、糸に巻かれて死ぬなんてことを止めさせてくれ。俺は家に帰りたいんだ。

 少女は呪文を気が狂ったように連呼して、出来る限り蜘蛛から離れようとする。

 蜘蛛はもう相手が抵抗することが出来ないと判断したらしく、全脚を屈めると、跳んだ。


 「〝灯れ〟!」


 少女はこれで最後と感じ、全身全霊、喉も枯れよと声を振り絞り唱えた。

 セカイが変動した。

 世の理を捻じ曲げる術、即ち魔術が少女の命令に従い発生するや、たちまちのうちに蜘蛛の糸を焼き尽くした。物理的肉体と霊魂の結合力として作用する力がエルフの血により引き出されたのだった。

 灯れとは名前だけの強力な火炎が身を包んだのも一瞬、身軽になった少女は己に驚愕する間もなく蜘蛛の体当たりをかわすと、ナイフを持つ。

 体にかかった負荷により鼻から鮮血が垂れた。

 何をすればいいのかは正直分からないのに、何をすべきなのかが分かる。

 突如圧し掛かった疲労により目は眩み、涙が流れ、呼吸は全力疾走時並みに荒く。


 呪文はどうしよう。


    そうだ、好きな言葉を紡げばいい。


 ナイフを下手に握りなおすと、体勢を直しこちらに再度跳びかからんとする蜘蛛を睨みつける。

 自分の心臓の音が痛いほど大きい。指の先まで熱い。吐き気と倦怠感が筋肉を占領していく。

 イメージは主に自分が体験してきた事柄や、ゲーム、映画、その辺からかき集めなんとかでっち上げる。いいのだ、それで。今はそれでいい。

 蜘蛛が跳び、


 「〝剣よ燃えよ〟!」


 ナイフを火炎が覆い尽くし、刹那、赤き長剣と化した。

 真正面からくる蜘蛛は回避できずにその剣に跳びかかり串刺し。肉が焼ける嫌な臭いが鼻を刺す。火炎の剣により蜘蛛は絶命し、その場に崩れ静かになった。

 

 「鼻血が止ま………ら」


 だがそれまでだった。

 強い魔術を行使すれば精神肉体全てに負担が強いられ、それは“少女”の肉体にも適応された。

 火炎の灯火消失した後には蜘蛛の死骸と熱きナイフが残される。ナイフが熱過ぎて取り落とし、自らもふらふらと数歩後退して、鼻から垂れる血を手で押さえる。

 どうやら魔術の行使に成功したらしいとは分かったが、過労死寸前なほどに全身は苦痛の声をあげ、視界では点滅する黒と白が入り混じり乱舞する有様。

 魔術を使うたびにここまで疲れてたら意味が無いなぁ、と少女は思いつつ意識を手放した。








 少女が意識を取り戻したのは、日没後の暗闇の中であった。

 顔は涙や鼻血で酷いことになっていたが、鏡が無いので適当に拭うのみ。体裁を気にしている暇が無いのだ、彼女には。

 ナイフを拾って腰に戻し、蜘蛛の死骸につかつか歩み寄る。


 「どんなもんだよバカヤロウ! 痛ッ!?」


 少女は、頭部に火炎の剣を受けて絶命している蜘蛛を憂さ晴らしに足で蹴飛ばした。殻が硬くて痛かった。足を押さえその場で悶絶する。

 辺りは暗く、草原が黒の海のよう。朧に見えるは星空。風が冷たくなり始め、身を震わす。

 今日はここで野宿するしかないようだ。

 少女は蜘蛛の死骸を嫌悪の表情を浮かべて引きずっていくと、木の陰に座った。

 そして辺りから木の棒を集めてくると小山を築き上げ、指先を出して集中する。焚火にしようとしたのだ。


 「〝灯れ〟! ……? 〝灯れ〟! ………〝灯れ〟………またか」


 いくら呪文を言おうとも指を振ろうとも火は灯ってくれない。

 蜘蛛を倒した時に魔力でも使い果たしたのかと推測するが、定かではない。どちらにしても今はこの危険な場所で眠るしかないようであった。

 少女は蜘蛛の残骸を軽く足で蹴飛ばすと、その場に寝転がろうとして止め、自分の頭を覆っていた布を取りに行きそれをかぶると、また戻って来てやっとこさ座った。

 布を頭にきっちり巻きつけ、木に寄りかかる。

 もし、同じような蜘蛛なり狼が出てきたらどうすればいいのか。


 「…………その時は死ぬか、魔術使えるようになるか、どっちか………眠い」


 その時は死ぬだけさと楽観的にも悲観的にもとれる言い訳を心の内の自分にして、目を瞑る。程無くして眠りが訪れ、すぅすぅ小さい寝息が上がり始めた。

 風が地面を駆け抜け、少女の髪の毛を揺らした。




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