表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/127

<60>円卓

各里の長老が集まって今後について話し合った。


 「さて、今日集まって頂いたのは他でもありません」


 よく通る美声が部屋に投げかけられた。それは議論の始まりを合図していた。

 岩造りの部屋に集りたるは、各エルフの里の長老の地位に座る者達である。セージが最初に訪れた里の長老、渓谷の里の長老、巨老人、全身甲冑と長大な剣を背負った長老、漆黒のドレスに身を包んだ長老、胸と腰布という薄手の長老、白獣の毛皮服を着込んだ長老など有力な外の長老が勢ぞろいしていた。他の小規模な里は危険は冒せないとのことで参加していないが、代わりの特使が参加していた。

 円卓は空席が目立つ。かつては席が全て埋まったが、現在では里が合併したりして減ってしまったのだ。潰されてしまった里もある。

 『大陸』――特にこれといって統一された名称は無いが――というのは、この世界の大地の大半を成す広大な大地のことである。セージの世界におけるオーストラリア大陸によく似通った陸の形をしている。中規模の大陸や、その他島々と比べれば、まさに世界の全てと称しても過言ではない超大陸である。

 いくつかの陸地が星の熱還流によってくっついて出来上がった関係上、大陸の中央は巨大な造山帯によって隔たれている。

 エルフの里は『大陸』のあちこちにまるで吹き出物のように分布しており、多くは東側に集中している。理由は簡単である。西側の里の多くは王国に潰されたのだ。

 位置関係は大陸の西側が王国、東側が連合国、そして北に件の国家達である。がしかし、東側にも王国の領土は存在するし、西側に連合加盟国が存在し、北には頑なに中立を守り続ける国があり、南は未開の民族たちが数多くいるなど、それぞれの勢力が一色であるとは限らないのである。

 情勢は難しく、今後どう動くかによってエルフの里の行く末が決まってくる。

 そこで数年ぶりに長老達による会議が開かれたのだ。

 重厚な岩造りの部屋のど真ん中には円卓が置かれ、長老たちが腰かけている。部屋の内外には警備の兵士が詰め、物々しい雰囲気が漂っていた。各長老の前には書類が置かれ、とある青年のところには地図立てがあった。

 その青年は懐から棒を取り出すと、長老達に対して意見を求めて、今後どうするべきかを決めるべく地図を指し示した。銀髪を腰まで伸ばし、風変わりな眼鏡をかけた彼は、あたかも女性のような容姿をしていた。ルークである。今回の会議の司会は彼なのだ。


 「今後、我々がどう動くかと言うことについてです」

 「決まっている」


 まず静かに意見を出したのは全身鎧に大剣という物々しい装備の長老であった。その人物の里は伝統的に強い者が長老になるという策をとっており、その人物もまた強き者であった。名をヴィーシカといい、鉄の里を治めている。彼、もしくは彼女は机を拳で叩いた。鎧の中を目にしたものは一人もいないとの噂で、事実長老達でさえ未知である。ドラゴンと死闘を演じた際にブレスを吸い込んでしまい喉が潰れたと語られており、声は酷くザラついた音程の不安定なものである。

 ヴィーシカが声高に主張した。

 ヴィーシカの考え、希望、思想は一つに収束するのが常である。一部では戦いしか頭にないのかと蔑まされてている。


 「殲滅だ。王国軍を一人残らず血祭りにあげるのだ」

 「本気で仰ってるの?」


 小馬鹿にしたような言葉が紡がれる。一同が顔を向けた先にいたのは壮年の喪服の女。彼女の名前はエステルといい、「暗黒谷の里」を統べている。陰気な印象のある里で知られているが、戦を好まず、言葉による解決を好むことで知られている。里の中でも諜報戦に長けており、スパイの数が軍隊並みという逸話を持つ。

 エステルは書類をぺらぺらと捲ると、ベールの奥であからさまな鼻笑いをやってのけた。


 「王国にかまけて北の蛮人共は無かったことにするつもりかしら?」

 「北も潰す。残らずな」


 ヴィーシカは微動だにせず受け答えをした。呼吸で鎧が上下することも無く、まるで銅像が喋っているようだった。

 エステルが話にならないとばかりに首を振った。


 「それはよいことね。戦力をどう調達するのか興味があるわ」

 「北と調停を結ぶ。我々は既に行動に移している」

 「舐めないで欲しいわ……私の里も既にやっているの。連合国もそう考えているでしょうね。東と北から挟み打てば大陸から蹴落とすことも難しくない。結べればの話よ。王国が北と交渉している情報を知らないとは言わせない」

 

 エルフ側のスパイの報告では、王国もまた北と手を組んで連合を追い詰めようとしているということが判明していた。いわば北の戦力をなんとか引きこもうと躍起になっているのである。

 エステルは首を振ると、やや大げさに肩をすくめた。


 「まるでおかしな話よね……宣戦布告した国ともう一度仲良くしましょうだなんて。万が一、北が裏切るようなことがあれば、裏切られた方は破滅する。私、博打は打たない主義なの」

 「フン、怖気ついたか」

 「いいえ? 内部紛争に権力争い……自浄作用の落ちた王国を崩す手段を模索しているだけだわ」


 『ブルテイル王国』―――古くは極西で発生した民族を先祖に持つ君主制の大国である。かつては小国に過ぎなかったが、群雄割拠時代を生き残って、勢力を落とした国家を吸収して膨れ上がり、植民地政策で莫大な財を成した。エルフ迫害を推奨することから、エルフ側では王国憎しとの声は大きい。

 連合国の結成と反撃で勢力を落とし、王国内部で亀裂が走っている。エステルはそこに付け込んで内部分裂を誘発せんとしているらしいが、歯に物が引っかかったような喋り用だった。

 ヴィーシカが鼻を鳴らした。


 「その様子だと王国と北の両方共に話が纏まらなかったようだな」

 「……」


 険悪な雰囲気漂う二人に割って入るように、巨老人が挙手をした。他の長老達より頭二つ以上抜き出ている彼が手を上げると、天井が相対的に低くなる。

 ルークが発言を許可する意味合いで指差すと、巨老人は大きく頷き髭を弄りつつ喋りはじめた。


 「儂の考えは、やはり我らが本格的に戦うべきであるということだ」

 「大勢を変えようと言う時に、戦場で斧振るって一人一人チマチマ潰しましょうという提案なら却下だわ」


 ぴしゃりと言い放つエステルを内輪のような大きな手で制し、ルークの傍らにある地図を見遣る。


 「我らエルフ族の勇士を植民地の人間に見せつけるのだ。彼らが立ち上がれば戦力の不足も補えようぞ」

 

 王国が抱える植民地は大小国以下の部族を含めると相当な人口を有する。もしも労働者や奴隷が反旗を翻して王国に戦いを挑んだら状況は一変するだろう。だが、この提案には穴があった。

 エステルが口を開こうとする前に白い毛皮を着た長老が手を挙げ、ルークに発言の許可を求めた。押し黙るエステル。彼――ボルトが厳かに口を開く。

 ボルトは北の国家達でさえ手出しができない雪の深山の里を統べる長老であり、白毛皮の服は己が魔術も武器も使わず格闘術だけで仕留めた熊のものをなめして作ったという伝説を持つ。


 「巨老人よ、お主の考えは素晴らしいがいかにして植民地の子犬共を立ち上がらせるつもりなのか」

 「植民地に赴き、剣を天に掲げよう」

 「耳は削ぐか」

 「否、だ」

 「是非も無し」

 

 それきりボルトは腕を組んで口をへの字に結んだ。

 ボルトは寡黙な人物である。必要なこと以外は喋ろうとしない。だが一同には会話の内容を察することができた。

 耳を削がない――すなわち人間達がよく知る姿のエルフを派遣して植民地に王国に武力を振るうように導こうと言うのだ。王国に対する植民地の不満は高まっており、成功する見込みはある。だが、危険性はある。ルークが眼鏡の縁を人差し指と中指で持ち上げつつ発言する。


 「植民地へ王国が全力で戦力を傾けてきた場合、反抗戦力は飲み込まれてしまうでしょう。そうなれば事前に察知して避けない限り、捕まってしまいます」


 ただでさえ不満が溜まっているであろう王国の軍隊のど真ん中でエルフが放り出されたら、結末はボロ雑巾より悲惨である。徹底的に甚振られた末に比喩表現ではなく本当に地面に埋められるだろう。そうでなければ例のダークエルフのように改造を受けて傀儡化するのがオチである。

 エステルが頷くと椅子に深く腰掛け直した。


 「そうね、もしエルフが捕まるような事態が起これば、彼らの溜まりに溜まった鬱憤を晴らすオモチャにされてしまうわ。連合国と共同で作戦を遂行しなくては戦力を悪戯に浪費するだけ」

 「少しよろしいか」

 「どうぞ、ジェリコ氏」


 発言の許可を求めたのは、セージが最初に訪れた里の長老だった。彼は背筋をぴんと伸ばし起立すれば、身振り手振りを用いて疑問を投げかけた。


 「反乱に期待するのは結構だが、そのような不安定な要素を策と言っていいものなのか疑問だ。反乱が起こらず、逆に王国に売られたらと不安が残る。それよりも北の連中に期待した方がいい」

 「あら、話を蒸し返すつもり?」

 「違います。私は別方面からの交渉を考えているのです」

 

 ジェリコは咳払いを一つ零すと、手元の地図を手の裏で軽く叩いた。そこには北の広大な大地が広がっており、四つの部族名が記されていた。

 実は、北の国家達というのは総称に過ぎない。四つの巨大な部族と、数えきれない少数の民族がそれぞれに国を自称しているので、『北の国家達』として扱っているのである。とある部族曰く『あの部族は我々が支配しているので、あの部族と合わせて一つの国である』。一方、彼らが言う『あの部族』によれば『奴らは我らの奉仕部族である』と、まるで一貫性がない。

 かといって弱小集団の寄り集めと侮るなかれ。一度戦闘が起きると各部族間が血のつながりや契約で集結して軍隊と化すのだ。規模も部族という枠を超えており、王国や連合国とタメを張れる。

ジェリコは地図を再度叩いた。


 「ムー族とカルディア族が対立しているのはご存じの通り。戦争中ということで手を組んでいるが、その昔の確執を忘れてしまったわけではない。ムー族と手を組み、部族を退けることは不可能ではないと考えているわけであります。幸いにもムー族は連合諸国と商売をやってきた積み重ねがあります」


 ムー族。東西間を行き来する長距離貿易で財を成した一族で、カルディア族とは古くからの商売敵として度々戦闘を行ってきた経緯を有する。また連合諸国とは商売で提携する仲である。

 だが、そう事が上手くいくはずがないとルークが指摘すれば、数人が同調した。巨老人、ヴィーシカ、名も無き辺境の長老の順である。


 「ジェリコ氏、よろしいですか。ムー族と連合の武力的衝突で双方に犠牲者が出ています。ムー族は連合諸国と強い結び付きがあるといっても、血が流れた以上戦いを続けるでしょう」

 「あやつらの事だ……連合に自らの力を見せつけたがるに違いない」

 「連合に大打撃を与えれば連中の商売もはかどるようになろうよ」

 「手札が必要ですな」


 ムー族に限らず北の遊牧民は誇りを命より大切にする者が多い。誇りと部族の為なら命を喜んで捨てるので戦場では恐るべきキリングマシーンと化すがこの話はまた別で記そう。

 一度戦場で剣を交えた相手は、殺して首を刈り取らなくてはいけない。今更休戦して手を結びましょうと持ちかけても、使者が二枚に下ろされる笑い話が生まれるだけである。

 エステルが顎に手をやり、ジェリコを見遣った。


 「……なるほどね。特権を取らせるということかしら」

 「その通りだ。喪服の姫君は聡明であるようで。特権……とくれば目の色を変えるでしょう。商売敵であるカルディア族を圧倒できるでしょうから」

 「……ひょっとして皮肉かしら……まぁ、褒められてもうれしくないわ。連合にかけあってみなければならないわね………特権を一部族に認めさせること……はぁ~……どうして私が思いつけなかったのか、落ち込むわね……」

 「連合を動かすネタをお持ちで?」

 「舐めないで。あるわよ。使うまいと仕舞い込んでたとっておきのが」


 連合を動かすには対価が必要だった。どんな特権であれ巨額の富が動く貿易に関係する事柄なのだから、それに匹敵する事象が入用である。エステルはそれを持っているらしかったが、明らかに渋っていた。


 「不足しているのならば私も力を貸しましょう」

 「不要よ」

 「あー、ちょいとばかしいいかねー」

 「マーレ氏どうぞ」


 円卓に一本の手が掲げられた。

 ルークが発言を許可すると、その人物は頭をポリポリと掻きつつ起立した。

 彼女の名前はマーレ。温暖な地域特有の薄着に身を包んだ身体の凹凸激しい美女である。ルークと同年代という若さながら南方の里と人間の部族を統べる有能さで知られ、大規模な艦隊を運用していることでも知られる。

 マーレは豊満な肉体を見せつけるが如く右手で左腕を握った。無意識のうちにやったらしかった。


 「話をー蒸し返すわけなんだけど、植民地に立ち上がらせることは私らの里に任せて欲しいんだわ。地図を……やー、ルークさんルークさんお隣失礼しますよう」

 「どうぞ」


 マーレがルークの横にやってくると、地図を指さして説明を始める。鈴の鳴るような声が部屋に響く。

 楕円の爪を地図に宛がい、水色の線を追う。


 「ただ反旗を翻せと言ってもお断りするのが人間ってもの。そこで私達が船で川を遡って物資と人員を補充してやって元気をつける。ワイバーンは可愛いけど……じゃなくて運べる荷物が少ないから、船でやった方がいいでしょ。エルフだけ送るよりマシだと思わない?」


 植民地は労働力の大部分を担う男手は戦争にとられ、資源は片っ端から王国にとられ、領土は無いも同然の苦しい境遇に立たされている。下は農民から上は政治家まで困窮していていて戦争どころではない。不満が溜まっているとは言っても剣もない矢もない食糧の備蓄も無いという状況では、行動に移す以前の問題である。

 そこでマーレはご自慢の船団を利用して物資や人員を輸送しようというのだ。

 大陸を流れる大河は一級船であっても楽々通過することができる。大規模輸送にはうってつけだった。

 新たな疑問を投げかけたのは、エステルであった。


 「作戦は素晴らしいわ。輸送の手間と物資人員は誰が負担するのかと言うことを訊ねたいのだけれど」

 「心配は無用ー。エルフの志願者は集っちゃうけど、必要物資と経費なんかは私が全て負担する」

 「怪しいわ、みんなに頭を下げるのかと思っていたのだけれど」

 「せっかくの機会よ? マーレ印の船がエルフを乗せて国を救った! 信頼と安心を擦り込めるじゃない」

 「たくましいわね……商売上手だわ」

 「ありがとう! ということで、みなさん、志願者の件をお願いねっ」


 皮肉ともとれるエステルの言葉にもマーレはにこやかに応じ、着席した。

 戦争を左右する議題は消化した。

 次は各地の情勢について話し合うべきだった。皆が不足しているものを挙げていき、里同士で融通可能なものを議論した。例えば金属資源。魔術用品。人手。金。余っている物同士の交換の約束など。紙面で議論すると時間だけ食われるのでせっかく集まった今を利用せんとして細かな意見交換も行った。最後には世間話――孫が生まれたからどうの、近頃体調がどうのという話もした。

 エルフ勢の方針は、北のムー族を懐柔すること。植民地の反乱を誘発し、同時期に連合国軍を進軍して王国軍を蹴散らすことと決まった。正面切って戦闘に参加することは議題に上がることは無かった。エルフの数が少ないのだから仕方がない。

 円卓会議が終わった後のこと。


 「時間頂けないか」

 「あらん、なにかしらヴィーシカ」


 会議室の外で二人の人物が話し込んでいた。甲冑姿のヴィーシカと、軽服姿のマーレである。ヴィーシカがマーレを呼び止めたのである。

 マーレにはヴィーシカが真剣な顔つきになっているのが兜の奥から漏れ出す雰囲気が文字となり浮かび上がるが如く理解できた。


 「植民地へ行く志願者についてなのだが………」


書いてて思うこと。

戦記物?は初めてな上に読んだことが無いので精神力がマッハで削れていく……

やっとこさ固有名詞出してみましたが……どうなのこれ……口調も……


さて次回はあの人物が再登場の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ