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<6>蜘蛛来たりて

タランチュラおいしいです



 自分を救ってくれた男と別れた“少女”は、エルフの集落への簡易地図と干し肉を貰い、ひたすらに草原を突き進んでいた。

 ずっと歩き通しでも疲れるので、大木の陰で休憩中。

 目印の無い草原だったら迷って死ぬ可能性もあったが、地図に小高い丘を越えた先の村を中継し――うんぬん、と描いてあるので、今のところ迷ってはいなかった。

 安心して口にすることが出来る食料を貰った影響なのか、積極的に木の実や食べられる野草を布に包むようになった。体が小さいことが幸いして食料はさほど必要ではなかったが、一向に火を起こすことができない。

 魔術に関して男に聞いてみたところ、才能あるものがイメージをしっかりと組み、呪文を口にしつつ身ぶりや行動をすると発動するらしいのだが、一向に発動しない。

 人差し指を立てて集中。

 太陽は天に座し地上を明るく照らし、肌寒さを感じさせない日光を燦々と。

 日本で言う春と冬の境目を思わせる天候と、一面の緑。空気が現代日本と比べモノにならないくらいおいしい。木陰特有の薫りが鼻腔を擽る。

 少女は頭の中で蝋燭の火が灯るのを映像化しながら、人差し指の先端にそれを移動させるよう、呟いた。


 「〝灯れ〟………」


 灯らない。

 今度は指先を凝視し、全神経を研ぎ澄ましイメージを強め、更には体のどこかにあるであろう魔術を発動させる力が染み出すイメージまでして、更に指を丸描くように振り、呟く。

 呪文は男に教わったが、発音が独特で時々しくじる。なんであの男が知っていたかは、知らない。


 「〝灯れ〟……〝灯れ〟! 灯れよ、灯れよ………〝灯れ〟ッ………灯らないかぁ」


 一向に指先に火は現れず、少女は木陰でほうと溜息をつくばかり。

 火を使えれば夜も行動できるし、ものを焼いて調理したり、武器にすることだってできる。

 元の世界では100円でライターを購入しあっという間に火を起こせたが、そんな便利なものは無い。

 少女はもう一つ教わった呪文の言葉を思い出すと、試してみることにした。

 人差し指を立てると、爪よ割れよとばかりに集中し、言葉を紡ぐ。


 「〝光よ〟………これもだめか。エルフってのに、なんでだめなんだ。MPでもいるのか?」


 エルフとは先天的に魔術が使えるはずだが、少女にその兆候は欠片も現れない。もっと練習が必要なのか、方法が間違っているのか、年齢が足りていないのか。

 いずれの推理も的外れな気がしないでもないが、聞くべき相手も読むべき書物もないのでどうしようもなかろう。

 いつまでも休んでいるわけにもいかないので木陰から立ちあがると、石や草があり道など無い草原を歩き始める。

 目標は遠くに霞む丘。まずはあれを越えて行く。あの先に第一目的地とする人間の村がある。

 この世界には必ずしも道があるとは限らない。

 そもそも外に出る必要が無いので道がない村はいくらでもあり、これから訪れる村もまた、そのような場所に位置している。

 せめて自転車でもあれば早く行けるのにと思うが、馬車が現役バリバリの世界で自転車など乗り回そうものなら不審者扱いされるのは明らかであるし、整備すらできない。

 この世界に落とされてようやく気がつく己の弱小さ。

 鉛筆一本、時計一個、否、それどころか腰に差さっている一振りのナイフでさえ、自力で作ることが出来ないのだ。

 個人が所有する“文明”の儚さと希薄さに涙が出てくる。

 人は社会に守られ、また社会の規範に身を置き縛られた自由を選択することで文明を享受出来るのであって、社会から離れまた迫害される身では、極端な話、布一枚だって入手困難なのである。

 それはこの世界でも通用する。

 事実、“少女”は原始人のように木の実を主食とせざるを得なく、アシは文字通り足のみで、交通手段を利用することすらできない。

 それどころか、エルフだから殺しても構わない的な考え方がある時点で社会どころか生存そのものが危険に晒されている。

 せめて人に“転生”していれば楽だったのに、と無い物ねだりをしたくなる。


 「………お腹空いたなぁ」


 男に振る舞われた肉の味が忘れられず、染み出る生唾を飲み込みつつ、酸性味が極めて強い木の実を布からいくつか取りだして食す。

 灰汁抜きなんてしてないので、苦みと渋みが先に広がり、次に決して美味しいとは言えない酸味と甘みが広がって、思わず顔を歪ませた。かつて食べたさくらんぼとどうしても比較してしまい、余計に美味しくない。

 でも食べなければ疲労はとれず。また、水を入れておく容器も無いので、水分不足になり草原の片隅でひっそり死を迎えるなんてことがありうるので食わねばならぬ。

 更に難しいことに、『食べられる木の実と食べられそうにない木の実』の判別も行わなくてはならない。

 もしも毒でもあったら中毒症状で泡を吹きながら死ぬか、腹痛を起こし下痢で死ぬか。その結末はおとぎ話より悲惨である。

 よって“少女”は木の実を観察して、それを鳥が食べているか、妙なニオイがしないか、等を見極めた上で、一口食べて安全を確かめる。

 また野草を食べるときはそれよりも厄介である。

 もしも毒があれば言うまでも無く死ぬ可能性がある。小動物が野草を食べているのを見つけるのは難しく、道中お腹が痛くなったこと度々であった。

 だが少女は、キノコ類だけは口にしなかった。元の世界での常識で、キノコの判別は達人でも間違うことがあると知っていたし、何より毒のイメージが強過ぎた。

 ではそれで足りるかというと、足りない。

 木の実だって都合よくあるわけも無く、所々になっているのを見つける程度。野草はそこらにあるが、判別するまで時間がかかりすぎる。

 この際、動物じゃなくてもいいから魚の肉でもいい。口にしたい。だが、無い。

 男に貰った干し肉を口にしようと何度も迷ったが、止めた。あくまで非常食だ。

 歩き続けて筋肉痛は酷いし、数日は水浴びもしてない。

 端正な顔は疲労に染まり、白き肌は薄汚れている。元々着ていた服は汚れが酷い。美しかった髪の毛はあっちこっちに飛び跳ねて、木の枝が所々から突き出している。


 「甘いもの……チョコレート……」


 ぶつぶつ独り言を吐きつつ、足元の石を手に取り適当に放り投げる。

 こうして常時お腹を空かしたまま歩き続けていると、日本は飽食の時代だと言っていたのが痛感される。いつでも食べ物があることがいかに幸せだったのか良く分かった。


 「ぁー……お母さん、聞こえてる? 肉じゃが食いたいわ」


 少女は空を仰ぐと、自宅の食卓を思い浮かべつつそう口にして、仕方が無さそうに苦みの強い野草を口に入れ、飲み込んだ。

 もちろん、空に話しかけたところで返事なんて無く。

 この世界で何度か見かけた飛龍が空を呑気に飛んでいるのをみて、乗せてくれればと祈った。何も起こらなかった。






 予期していたことが起こった。

 この世界がファンタジー世界であるなら、もはやお約束な展開が待っていたのだ。

 と言っても勇者に拾われるだとか、突然奇跡の力に目覚めたとか、そんな類ではない。偶然宝箱を見つけたとか、そんなものでもない。


 「……逃がしてくれないか、クソッタレ」


 小柄なエルフの少女で対峙するは、己の身長と同じほどの大きさがあろうかという、蜘蛛。前面にある黒々とした目がこちらを睨みつけており、いつ襲いかかって来ても不思議ではない。

 草原を歩いているときに遭遇し、こっそり逃げようと思ったところ、こっちに向かってきたのだ。

 明らかに敵意を感じるので、木の棒を牽制に構え、ナイフをいつでも引き抜けるよう準備して、両脚に力を滾らせておく。

 その蜘蛛からじりじり遠ざかれば、寄って来て前足を威嚇するように振ってくる。

 どうやら、逃がしてくれないらしい。

 この蜘蛛が人を襲うかは分からなかったが、少なくともこうして対峙している時点でこちらを害するつもりがあってのことであろう。

 “少女”は耳を隠すための布をはぎ取り地面に叩きつけると、棒を剣のように構えた。

 瞳は巨大な虫に初めて遭遇した為に恐怖が浮かんでいたが、それでも、覚悟は決まっていた。

 かっと目を見開き息を吸うと、叫んだ。


 「行くぞ虫野郎。元の世界の学者に見せる標本第一号にしてやる!」


 蜘蛛が足を蠢かし、少女に飛びかかった。





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