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<55>廃村へ

セージとルエは司令官から廃村を調査するように指示を受けた。

二人は馬に乗って片道二日間の道のりへ漕ぎ出したのだった。


 「あのオッサン、エルフを絶対無敵の超戦士だとか勘違いしてんじゃねーの?」


 “女の子”は司令官をオッサン呼ばわりしてみせると、水と食料を左右に積んだ馬の上で、地平線を睨んでいた。エルフだって死ぬのだ。それは自分が何度も死にかけたから知っていた。

 セージが与えられた任務は単純であり、基地から馬で二日行ったところにある廃村を占拠する集団の調査を行えというものである。馬に余裕がないとのことで仕方がなく二人乗りをしている。セージは馬を操れなくて、あろうことかルエも不得意だった。消去法で仕方がなくルエに操らせている。

 二人乗りをするということは、操縦者の後ろに搭乗者が跨るということである。

 ルエは気が気でない。好意を抱いている女性が、あろうことかすぐ後ろで腰のあたりに抱きついてきているのだ。今にも手元が狂って馬を暴走させかねない。前から風が来るのでいい匂いが漂ってくることはないが、何やら背中が温く、柔らかい。言葉を発すれば背筋に息が吐きかかる。

 否、これでいいのだ。ルエはしょうもない考えをする。

 もし、逆だったら? 即ち、セージが前でルエが後ろの席順である。必然的にセージの腰に背後から掴まる格好となる。『間違い』があった時、誤魔化しようが無くなる。これでいいのだ。

 廃村までは馬で丸二日かかるということで、一日目は緩んだ雰囲気であった。近くなれば警戒をしなくてはいけないが、遠いのならば良い。万が一、廃村を占拠する輩に捕捉されたとしても、旅の者を装えばいい。

 ルエは馬をひたすら廃村の方角へと直進させながら、答えを返した。


 「エルフの一般的なイメージ像は単騎で軍を薙ぎ払う姿ですから、司令が僕らに期待を寄せても不思議はありませんよ」

 「軍どころか小隊に囲まれたら死ねる自信があるんだけど……まぁいいか。それで方針は?」

 「調査とはいっても指令からは王国軍なら排除し、そうでない不穏分子なら追い払えと言われてます。ですが、僕達二人で大人数を相手取るなんて馬鹿げてます」

 「夜中に接近、見つかったら即逃亡……」

 「調査ですからね。無駄な戦闘は避けるべきです」


 馬がぶるると鼻を鳴らす。四つの脚が順序良く地を蹴る。ルエの操作が未熟故に速度がちらつき、たまに方向がずれるも、おおまか潤滑に進んでいた。

 かぱぽこかぱぽこ。

 鐙というクッションがあるとは言っても、馬が進む際に生じる上下の振動は死なずに、臀部と股を痛みつける。多少の訓練を積んだルエはとにかく、馬に乗る機会すら持たなかったセージは堪えた。

 半日の移動をしたところで、セージはルエの肩を打った。

 我慢ならなかったのだ。


 「なんですか?」

 「尻痛い」

 「え?」

 「尻痛いんだけど、休もうぜ」

 「し、尻?」

 「うん、尻痛い。いいじゃんかよ、ゆっくりしても罰は当たらないだろ」


 馬が止まった。セージはこれ幸いと馬を降りると手ごろな草原を足で慣らして腰を下ろした。困惑するルエを見遣り、すぐ隣の草の座席を示す。廃村の調査という任務には厳密な制限時間が決められていないのだから、ゆっくりしていてもいいだろうと考えたのだ。

 幸いなことに食糧はあるし、馬と言うアシもある。二人だから交替で睡眠をとることもできる。

 ルエは馬から降りると、おずおずとセージの隣に腰かけた。

 時刻は昼間と夕方の境目。太陽は徐々に勢力を失って、暗闇と月が台頭し始める時間帯である。羊の綿毛を千切って水に流したような空の元、二人の影は寄り添うように座った。

 セージは腰を捻りながら、地面から生えていた草を引っこ抜いた。数年前、里に辿り着くまでと、里から里へ徒歩で旅していた頃は頻繁にお世話になったものだ。葉の先端を見遣り、ぱくりと口にする。セージの奇行にルエが目を見開いた。


 「懐かしいわ。昔は食べ物無いときは葉っぱとか食べてたんだ」

 「葉を……!?」


 次にセージは白い花をつけた雑草を手に取って、千切った。茎を弄ぶ。花弁が一枚落ちた。


 「そうそう。お陰でどれが美味しいのか、不味いのはどれか、薬草はどれか、判別できるようになったけど。キノコも食おうとしたっけ」

 「……食べたんですか?」

 「いや、さすがの俺もキノコには手が出なかった。蜘蛛は食ったけどね。それなりにおいしいけど、淡泊で塩気が足りないのが難点」


 旅路の苦労をさらりと話す“女の子”、キノコと蜘蛛では、蜘蛛の方がゲテモノ食いであるとは考えもしない。

 この異世界において大型の蜘蛛は食べるものではなく、排除するものである。害獣である。もとい害虫である。愛玩用に飼育されることもない。見つけ次第矢を射掛けよと教えられるくらいである。

 一般に、蜘蛛は味が悪く、調理に手間がかかるので食用に適さないとされている。にも拘らずおいしいなどと言うのだから、味覚音痴ではないかとルエはよからぬ疑いをかける。

 事実であるが、間違いでもある。蜘蛛は仕留めやすいから狩っていたにすぎず、美味しく感じたのは不味いものばかり口にしていたので味覚が麻痺したからに過ぎない。

 セージは蜘蛛の調理法について語ろうとして、止めた。面白い話題ではないからだ。


 「俺の話はこの辺にしておいて、ルエの話を聞かせてくれよ」


 ルエは、後ろでまとめた髪を調整しつつ、頷いた。まともに隣に目をやれないのか、視線は常に自分の膝かつま先に向けられていた。


 「僕ですか。いいですよ。あなたと別れた後、僕は兄上に教えを乞いました。この短剣も兄のものなんです。戦争が始まって、僕は大魔術師たるロウ氏の許へ行き、弟子になりました。実質、小間使いのような立場でしたが、非常に有用でしたよ」

 「で、偶然再会したと…………ん? ちょっと待って。思い出し中」


 セージは何やら難しい顔をして腕を組んだ。指を往復しては腕に打ち付けている。こめかみに指をやれば、抉り込む動作。気分を害したのだろうかとルエは内心狼狽する。

 きっかり十秒後、セージが面を上げると、人差し指の腹を艶のある唇に宛がった。


 「最初あった時、溺れてたじゃん?」

 「死にかけてましたね」


 思い出されるは、病気を患って意識が朦朧としている最中に熊に襲われ川に飛び込んだこと。飛び込まなければ熊の餌。飛び込めば溺死という究極の二択を迫られたのだ。セージは飛び込むことを選択した。生死の境を彷徨った。救助されたのは、奇跡としか言いようがない。

 しかし、今話したいことはそこではない。細部のことだった。

 セージは唇に重ねた人差し指をエビ反りにしてルエの肩付近に移動した。


 「人工呼吸……じゃ通じないか。息、吹き込んだのお前だろ」


 ルエの反応は、蜂の巣に爆竹を投げつけたが如くであった。顔面を白黒青赤明滅させ、口を鯉のようにパクパク開閉する。肩の辺りで手を広げる。露骨に目を逸らす。時間をかけていけば、冷や汗を見られるようになるであろう。

 意識を失っていたから憶えていないと高を括っていたのに、現実には憶えていて、よりによってこのタイミングで話題に登った。

 壊れた蓄音機さながらに口ごもる。


 「ま、まさか、ありえないでしょう、僕にそのような医療技術が……あはは」

 「慌てるなよ、感謝してるんだぜ。命の借りがあるってことさ」

 「………」

 「なんだよ。借りは返すものだから、困ったら頼ってくれってことだよ」


 ルエの予想に反し、セージは違うところを話したのであった。

 だが話は終わらず、セージがニヤリと笑った。


 「初めて奪われたっぽいし、帳消しだけどな!」

 「っ!? な、何を!」

 「人命救助だから数えないことにするって!」

 「やっぱり数え……なんでもないです」

 「……ったく、素直すぎるぜ。隠そうともしないというより、隠せない性質なのな、ルエって」


 ふと、セージはルエを弄りながら思った。

 俺って男とキスしたんじゃないかと。






おかしい……ラブコメの匂いがする……

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