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<54>三国開戦

ふとしたきっかけから三国は戦争を再開した。

セージは北へと赴くのであった。


 歴史書、特に近代のものでは支配者や独裁者は悪で民衆は正義という役割を担わされている。支配者、独裁者が富を吸い上げ、民衆がそれに反旗を翻して権利を勝ち取る。正しい流れである。より良い待遇と立場を求めるという一点において。

 ではもし、支配者、独裁者たちが富を得て、なおかつ民衆にも十分な富を配分することができたら、民衆は立ち上がるだろうか。否、ありえない。

 『王国』が現代まで独裁体制を保ってこられたのは、植民地という富の供給源があったからである。資源、労働力を奪い、税金を納めさせ、国内の商品を半ば強制的に売りつける。兵力を奪い、更に植民地を増やす。富は国を潤し、戦争の勝利と、国の発展に民衆は狂喜する。血筋から血筋に受け継がれる独裁体制を引き摺り下ろそうと考える輩もでなかった。王国は積極的に公共設備を整え、雇用対策を実施し、福祉にまで力を入れていたのだから。多少の不満はエルフの迫害でガス抜きもしていた。

 その安定が崩れたのは『連合』の仕業である。一国だけで敵わないなら、いくつかの国と力を合わせて匹敵させる。極めて合理的な考えである。もくろみは成功し、王国の拡がりは止まった。勇気づけられた植民地も抵抗を示す様になった。経済は不安定になり、国内が荒れ始めた。すると民衆の不満は抑えきれなくなる。民衆は考える。誰が悪いのだ、と。答えは導き出されるだろう、王国を統べる者が道を間違えたのだと。

 王国は焦っていた。国民が一斉に反乱を起こせばもはや体制は完全に崩壊する。植民地もいつ反体制の旗を掲げるかわからない。追い詰められた人間は狂気に走る。例えばエルフの改造であったり、例えば古代魔術の研究であったり。

 崩壊は、国家の最高機密から始まった。


 『王国』の大規模研究機関を収める灰色の城の一つの塔が火柱に変化した。

 人の絶叫を掻き消して、羽音が高らかと空気を叩く。己を縛りつけていた檻を、あるはずの無い高温のブレスで焼切った数十匹のワイバーン達は、目を爛々と輝かせながら上空に飛翔するや、混乱して右往左往する兵士らに急降下攻撃を仕掛けて殺害、食欲を満たし始めた。研究中だったはずのエルフ達も、もはや獣のように人に襲い掛かり、あるものは異常な怪力を発して頭を引っこ抜いて血を啜り、あるものは魔術の噴射で岩壁をなぎ倒し、暴力を振るった。

 ワイバーン、エルフ、そのいずれもがなんらかの手段で逃げ出したと考えた兵士たちは、各々の武器を携えて、城を防衛拠点に攻撃を始めようとした。だが、城の中で研究していたはずの者達さえ狂い、殺しを始めたため、城は外と内で狂乱の渦に叩き込まれ、防衛もままならぬ。国の最高機密を有する城であり、設備人員共に最高のを揃えていたとはいえ、ワイバーンが火を噴き、エルフが人を食い殺し、普通の兵士ですらモンスターに成り果てる状況は予想しておらず、あっけなく陥落。

 エルフと兵士は王国の戦力によって制圧されたも、ワイバーンが空から逃亡。あろうことか連合の領域に侵入して空中戦に発展。にらみ合い状態は完全に崩れて戦闘となった。

 連合側からすれば、ある日突然王国から仕掛けてきたようにしかみえない。

 いくら『あれは予期せぬ事態である』と主張したところで、そうは問屋が卸さない。核兵器を誤射しておいて言い訳が通らぬと同じである。それが例え発射装置の故障であれ、ヒューマンエラーであれ。

 戦争再開。

 王国と連合がお互いに潰し合うということが知れ渡っても北の国家達は沈黙を守ったが、そうはいかなかった。漁夫の利を狙わせない方法はただ一つ。宣戦布告してしまうことである。王国と連合は北の有力国家に対しほぼ同時に宣戦布告。考えていたことは同じだったのだ。理由など、我が国の安全保障上の~とか、領土を~とか、過去の~とか、貴国の脅迫には~とか、我らが神が~など、どうにもなる。

 かくして、血を血で洗う激戦が繰り広げられることになった。


 そんな情勢の変化から、セージはロウの元で警護をしていられなくなった。というより、行かせてくれとせがんだのだ。少しでも戦力は必要だろうと一日中うるさく頼み込んでみると、ロウが折れた。当然というか予想通りというか、ルエがセージについていくと主張して、一時、渓谷の里に許可を取るまでに至ったが、承諾された。ルークの計らいもあった。

 それでもやはり実力不足は否めないとのことで、散発的な戦闘しか行われていない北の戦線へと派遣されることが決まった。少なくとも北の国家はエルフを犬畜生扱いしないことも関係しているだろう。

 北の戦線。浅く、幅の広い河を挟んで睨み合う戦場にて。

 不思議なことに各国が宣戦布告し合った状況であるというのに、北の国家達は連合に対して積極的な攻撃を仕掛けていなかった。逆に、連合も仕掛けなかった。だから、セージの辿り着いた基地は、絶対とは言い切れなくとも安全な戦場ではあったのだ。

 ワイバーンから降り立ったセージは、その村の、のどかさに目を見張らなかった。見張るべき点が見当たらないのだ。麦畑、野菜畑、水車小屋牛小屋馬小屋と家屋、そして藁を入れておく小屋。要するに典型的田園風景が広がっていた。元の世界で学生をやっていたころの“青年”ならば、欧米風の整った風景に写真の一枚でも残していたかもしれないが、すっかりこの世界に慣れた“女の子”には、退屈な光景だったのだ。

 唯一面白い点と言えば、田園風景の真っただ中に基地が佇んでいることであろうか。

 この地方は要するに辺境であり、戦略的戦術的に利点の無い場所である。例え占領しても食糧は奪えないし、インフラも整っていないので物資の搬入にも不向きで拠点を作りにくい。だが、一応別国と接しているので基地がいる。そこで、小規模な基地を建てているのである。

 ワイバーンが飛び立つ。セージとルエは手を振って見送った。


 「やぁー遥々遠路いらっしゃいましたなー」


 やけに間延びした声に振り返ってみると、司令官らしき高級な軍服( ただしヨレヨレ)を着込んだ初老の男が後ろで手を組み現れた。妙に形の悪い煙草を口の端に加え、緊張感が無い。二人を前に、煙草を地面に落として踏み潰す。

 セージとルエは、いわゆるオブザーバーであるとはいっても相手は軍人であるとして、直立不動を取った。


 「基地の指令の方ですか?」

 「そうお固くなりなさるな。こんな僻地にまで軍としてのお堅い規律は要らんよ、エルフのお嬢ちゃん。親戚みたいに仲良くやろう」

 「どうも、セージといいます」

 「おうよろしく。そっちのあんちゃんは」

 「ルエといいます」


 二人とは対照的に、司令官はにこにこと人のいい笑みを浮かべて、砕けた態度だった。手を差し出してきたので順番に握る。軍人と言うよりも警備員のようだとセージは思った。傍らに付き添う補佐官も、咎めることなく笑顔で握手を求めてきた。

 その後、二人は基地の人達のあいさつにまわって、仕事の確認をとった。敵国がやってくるのを事前に察知して本国に知らせ、時間を稼ぎ、本隊の到着を待つことが本業だそうで、突破された地点の近辺の基地が敵を横から挟み込むようにもなっているそうである。考えてみれば全国土に潤沢な戦力を待機させることなど不可能であるから、至極当然の仕組みであった。

 なんだ、暇なのかとセージは思ったが、司令官によるとそうでもないらしい。北の騎兵達が接近しては離れてを繰り返していたり、不審な集団が廃村を占拠していたり、戦争という混乱を狙った盗賊団が目撃されていたり、見えない爆弾を抱えているそうなのである。

 司令官は帽子を脱いで、毛の薄くなった頭頂部をぽんぽん叩きつつ苦々しい顔をした。

 ここは司令官室。地図やら書類やらばかりの部屋。


 「国が後方の部隊を増やしているとはいえ……ここの守りは手薄と言わざるをえないのが現状でね。人手が元々無いのに、やれあれもやれ、やれそれもやっておけとうるさくて、基地の運営や偵察で精いっぱい。廃村の調査も、盗賊団の追跡もできやしないってこった」


 司令官は帽子を被り直すと、二人を見つめた。


 「そこで君達が即戦力として働くということだ」


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