<52>解析
改造を受けた女の子をロウが解析し始めた。
ロウは二人を追い出した後、数日かけて解析をした。他の術者が別の場所に行ってしまっており、弟子であるルエも、護衛のセージも、魔術解析の補佐にはなりえないので、一人でやったのだ。国から派遣されたとある女も魔術は使えなかった。
その女の子の力は、少なく見積もっても訓練を積んだエルフ戦士に匹敵するもので、油断すれば重傷を負わされるであろうことはわかっていた。
ロウは、黒い肌の女の子の拘束魔術を継続すると並行して魔術的な解析を行っていた。更に、時折噴出する色の無い魔力の塊を防壁で受け流す。並行して魔術を行使することは極めて高度な技術であるにもかかわらず、平然としていた。大魔術師の名は、伊達ではないのだ。
岩造りの部屋に、悪魔染みた絶叫が響き渡る。
「っす………ッ~~~~! ン゛グゥゥゥッ!!」
「……ふむ、洗脳も魔術頼りか………記憶も弄ったか?」
「がぅぅぅぐぅぅぅああ!」
「……なるほど」
猿ぐつわをした女の子は、狂気を隠そうともせず、拘束を引き千切らんと暴れていた。全身に掘られた刻印が光り輝き、魔力を強引に吸い上げている。刻印は古代に用いられていたものであるとロウは見抜いていた。
その黒い肌の女の子は、ロウを親の仇であるが如く睨み、もし拘束が外れれば首筋に飛び掛からんとしている。
ロウは用心を強めたまま、猿ぐつわを外してみた。女の子はゲホゲホせき込むと、魔術を口にした。予想通りの行動。打てば鳴る反射速度をロウが発揮した。
「“風よ”」
「“凪げ”。無駄だ。お前如きの力で俺を揺るがせるなど、不可能だ」
刹那、ロウが魔術を唱えて魔術を四散させた。術を消去する術の行使。相手の術を一瞬で解析できる頭脳があってこそである。女の子の力は強力だったが、ロウが上回っていた。
ロウが女の子の服を捲りあげて胸元に手を宛がった。丁度心臓がある場所だ。手から妖しい輝きが発せられるや、女の子の体を包む。魔術封じ―――魔力の吸い上げを途中で阻害した。
魔術が使えないとみるや、女の子は目尻を吊り上げた。可愛らしい顔立ちをしているが、怒り、憎しみ、殺意に溢れているので、城などに好んで置かれる翼の生えた化け物像と大差ない印象となる。
がらがらと掠れた声が怒鳴りつけてくる。
「死ね!」
「会話をしないか? お前さんが洗脳されてエルフ憎しってのはわかる。だがな、そんなお前さんにもこんなものが付いてるわけだ」
ロウは無表情を維持したまま懐から手鏡を取り出すと、女の子の顔が映る位置に持ってきた。女の子は見た、己の耳が尖っていることを。
女の子の顔に目に見えて動揺が走った。視線が右往左往し、呼吸が乱れる。
「あ、ぅぅぅぅぅぅぅぅ……!? 私は……」
「エルフ、だな」
「………」
「エルフだよエルフ。他に何に見えるんだ」
まごうことなき真実を述べる。いくら改造されて肌が黒くなろうとも、エルフなのだ。いくら刻印が捺されようと、エルフなのである。
その真実、事実は女の子にとって受け入れ難きことであるようで、涙を流して否定し始めた。
「馬鹿な! ありえない………ありえないありえないありえないありえない、絶対! 私の親は……」
「人間からエルフが生まれた記録は古代に遡っても無いな。逆もしかりだ。よく思い出してみるんだな……思い出せないと命令に従って強引な手段を取ることになる。あと、一日中俺と生活を共にして貰うからな」
解析を進めて、洗脳を解き、刻印を解呪するには時間が入用だった。女の子とて食べて眠らなくては死んでしまう。世話を任せられる人間は少ないので、仕方がなく共に生活しなくてはいけなかった。魔術封じの術だって永遠に続くわけが無いのだから。拘束装備が下等で、封じ込めておけないのが最大の原因であるが。
女の子は理解してか理解せずか、要領得ない馬事雑言をまき散らす。理性が戻るときと、狂気の波があるらしい。
「……私は………っ、死ね! エルフ!! 死に晒せ、殺してやる! 外せぇ!!」
「やれやれ」
ロウは首を振ると、女の子に眠りの魔術をかけたのだった。
また仕事が増える。
一週間後、セージとルエの二人は、ロウの部屋に呼ばれた。
二人は入室早々、例の女の子についての事でロウを質問攻めにしたが、まずは座れと言われたので腰かけた。
ロウはいつにもましてげっそりした面持ちにて足を組むと、目頭を揉みほぐし、メモ帳を開いた。動作の一つ一つが緩慢で、死人を思わせた。
「結論から言うと、あの子は王国に掴まったエルフの子だった。古い術……しかもデタラメな上に強引な、魂と肉体を引き剥がしかけたところで止める術―――強化の亜種と言うべきか……それと洗脳魔術を使って、エルフを殺せと擦りこまれていた」
「酷い術ですね……」
「そうでもないさ。俺らにとって酷く思えるだけで、あの子を改造した連中には当たり前のことなんだろうよ」
ルエが深刻な顔をし、頷いた。人を強化する術の中でも最低の部類に入るではないかと。
魂と肉体を繋ぐ引力を流用したものが魔力ならば、わざと魂と肉体を離してやれば、魔力は多く生み出される。生への渇望がそうさせるのだ。先天的に魔術に適性のあるエルフならばより強い術が行使できるようになるだろう。だが、魂とは精神であり、肉体から離れれば自我すら危うくなるのは言うまでもない。
セージは居心地が悪くなって、あることを聞けないでいた。椅子の上でもじもじする。女の子はエルフとはいえ王国が差し向けてきた刺客に変わりない。いつ、どこで、いかなる手段で捕まったのかは存ぜぬとも、『エルフを殺せと擦りこまれていた』のならば、どんな処分が待っていても不思議ではないのだから。
ロウはセージの考えを呼んだか、苦い表情を浮かべて、メモ帳の腹を中指で撫でた。
部屋の外で、メイドが窓を開けたらしき音がした。
「あの子は、国側とエルフ側で処分について揉めてな……国側は再洗脳して王国にブチ込めと。エルフ側は治療せよと。保留だそうだから、俺が治そうとしてる最中さ」
「今、会えませんか?」
「会う?」
セージが面会を希望するも、首を横に振られた。
「止めとけ。口を開けば死ねだのくたばれだのしか言わん。それにな……自傷行為をやり始めたわけだ……悪化してる……治療には……時間がかかりそうだ」
ロウはそこまで喋ると机に突っ伏した。羊皮紙に構わず顔を押し付けている。何事かと二人が腰を上げると、ややあってロウが上半身を起こし、顔をごしごしこすり始めた。奇行。しばらくしてロウが言った。否、言ったよりも、呻いた。
そこでようやく二人は、ロウの目元が酷く黒ずんでいることを意識したのである。ただでさえ不健康であるのに、目の下のクマのお陰で不死者が如くである。
「すまない……三日ほど寝てないんだ…………部屋のすぐ外にありもしない呉服屋が見えたし……………」
「ロウさん、死にそうですね」
「寝てないからな………通常業務に加えてあの女の子の悪態と格闘するのさ………なぁセージ俺はよくやってると思うだろ?」
「怖いんですけど」
「城の幽霊の噂に加われそうな気がしてきた……………そうだ……忘れるところだった」
ロウが二枚の紙を取り出すと、二人に渡した。
「お使いを頼まれてくれ」
二人は部屋を出ると、お使いの内容を確認した。
セージはモンスター退治だったのに対し、ルエのはお使いというより雑用だった。国の古文書館に赴いて整理をしろという内容が記されていた。どちらが楽かはさておいて、冒険心の強いセージには整理作業は苦痛に思えてならなかった。
二人は城の前で別れた。
「気を付けてくださいね」
「ルエも、本に埋もれて圧死しないようにな」