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<47>連合

里の戦闘は熾烈を極めた。

一方で世界の情勢は徐々に変わりつつあった。


 戦は続いた。

 人間の一万という圧倒的な物量は波状攻撃を可能とし、朝方から夕方まで毎日のように繰り返し押し寄せては引いていった。

 エルフ側の防備は強力であったのにも関わらず多数の死傷者を出した。だが医療体制の完備や巨老人の活躍により、戦にしては戦死者の数は少なかった。

 これでも前回の攻撃よりかは兵力が少なく、練度も低いのである。

 セージは絶望の中で働いた。戦場に立った多くの人が傷つき、家族の名前を呼んで死んでいった。

 敵兵がなだれ込んできたこともあった。武装した男たちが一斉に迎え撃った。敵のある者は脳漿をまき散らして崩れ落ち、ある者は腕を粉砕されて前のめりに倒れ、無残な死体になった。セージは悲惨な現実を目の当たりにし、茫然自失に陥ったが、同じ組の女の子に頬を叩かれて我に返った。

 その戦も、ある日突然収まった。

 たった一日の間、夜中いっぱいを使って、人間の軍勢は撤収してしまったのである。

 理由を知る術は無かったが、伝令係からの言葉により、軍勢を退けることに成功したのだとわかると、喜びが溢れた。

 その夜は宴だった。生き残ったことに対する感謝と、戦った者達への労い、そして死者への鎮魂を込めて。

 だがセージの喜びはあっという間に萎れてしまった。宴も楽しくなかった。戦で目の当たりにした残酷な絵が頭にへばり付いて離れなかったのだ。

 セージは一人、果物酒の入ったコップを両手で包んで夜を仰いでいた。飲酒は何歳からでもよいというのがこの世界の常識であったが、子供は少しだけということで一杯だけ渡されたのだ。

 めでたい日の甘酒や、父親に舐めさせてもらったビールの泡しか飲酒の経験の無いセージには、甘酸っぱい香りを漂わせる果物酒は飲むのが躊躇われた。

 大盛り上がりの大広間。その片隅で、窓の外にぽっかり浮かんでいる月を見つめる。銀色の円形は元の世界と大差ない。


 「知ってたか? 引き上げたんじゃなくて、別のところに派遣されたのだと」

 「ロウさん」


 憂うセージの横に音も無く歩み寄ったその不健康風貌は、大容量のゴブレットに並々と注がれた酒を一気に半分にすると、口を拭った。先ほどまでずっと仲間と酒をカッ食らっていたのに顔色一つ変えない辺り、ウワバミなのかもしれない。

 ロウはセージに座るように促し、自分も座った。

 身長差や体格の違いから、まるで兄と妹のように見えただろう。


 「飲まないならよこせ」

 「いやです」


 ロウがセージのコップを覗き込み、中身が減っていないことに気が付くと、要求した。

 セージは首を振って拒絶すると、飲まれる前に中身を一気に喉に流し込んだ。咽頭がかっと熱くなり、痺れが走った。爽やかな甘酸っぱさが鼻腔を擽る。頬が熱くなってきた。

 空のコップを振って見せ、どうだとばかりに鼻を鳴らす。ロウは肩をすくませると、ゴブレットの残量をゼロにした。


 「さっきの話、どういうことです」

 「酒の一気飲みは良くないぞ。どれだけ飲めるのかを確かめてからすべきだ。クララなんて一杯でぐでんぐでんだ」


 ロウがさらっとクララが聞いたら嫌がりそうなことを披露してくれた。質問に答えてないので、もう一度同じことを復唱する。

 部屋の中央で始まった男たちの歌が響いてくる。戦の勝利を精霊に感謝する内容。初めはもの哀しく、後半につれて盛り上がり、最後は女たちのコーラスが入って締めくくるのだ。


 「反王国派の国が一斉に行動を起こしたそうだ。連合を名乗って宣戦布告してね、ここを攻めていた連中はとんぼ返りして反王国派の軍討伐に向かったということさ」


 ロウはあたかも暗唱するように情勢の変化について語った。地図の件にしても、里の中枢となんらかの繋がりがあることを匂わせた。

 そもそも、情報が早すぎる。外部に独自のつながりがあるのかもしれない。

 何故情報を教えてくれるのだろうという疑問は、出てこなかった。あまりにも自然に教えてくれるので、当然のことと受け止めてしまったのだ。

 セージは体が火照ってきたのを実感した。酒は弱いようであった。判断力がいつ欠如するか不安になった。飲酒経験の無いので酔いの度合いがわからない。

 ロウは、ゴブレットにわずかに残った酒を舌で舐めとると、顎に手をやった。白い肌に薄ら髭が生えていた。戦闘中は魔術で治療を行っていたので身だしなみを整える時間が無かったのだ。


 「ロウさん。俺たちは……俺たちの里がどんな出方をするのか知ってますか?」

 「まるで俺が知ってるみたいな言いぶりだな」


 沈黙。宴の賑わいが空白を埋めた。


 「知ってるんでしょう?」

 「……んム…………」

 「あ、ちなみに独り言なんで気にしないでください」

 「そうか、独り言なら仕方ないな。里の上層部は連合に対して手助けを検討しているようだ。エルフの戦力だけではいずれ押しつぶされる。連合も同じく長続きしないだろう。そこで、両者が手を組もうということだ」


 打倒できる保証はないがね、とロウは続けると、ゴブレットの紋様に視線を固定した。


 「俺も技術指導員として派遣される予定らしい」

 「ただの穀潰しじゃなかったんですね」


 あんまりと言えばあんまりな物言いであったが、本人が自称したのだから躊躇わず使う。

 するとロウはニヤリとニヒルな笑みを浮かべて見せた。


 「ああ。何を隠そう里を守る二つの魔術は俺がかけたからな」

 「へ?」

 「湖の霧と、山岳の死の呪いのことだ」

 「嘘……」

 「嘘を言ってどうする。こう見えて俺は大の付く魔術師なのだ」


 湖の霧―――向こう岸からは霧がかかって視界が遮られ、こちら側からは良好な視界が確保される防衛魔術。セージはどのような効力があるのか知らぬが、山岳を守る『死の呪い』とやら。二つの守りは湖と山という地形を砦に仕立てる強力なものである。詳細を知らないセージでさえ、この二つの魔術的防御が里の防衛上、重要な事柄であることは理解できる。

 もし、ロウがその二つの魔術を構築した張本人であるとするならば、秀才むしろ天才的な男なのではなかろうか。

 そうだとすれば部屋に引き籠ってガラクタを弄るだけの日々を過ごす理由もわかる。必ずなんらかの労働をしなくてはいけないのに、しない理由である。魔術の権威であるから、働かなくても許されるのだ。頭脳の価値が労働に匹敵するのだろう。

 思い返せば、部屋の自動ドア(?)だったり、監視カメラの役割を果たしていた水晶だったり、勝手に動く鎧だったり、魔術の産物と思しきものを当然のように扱っていた。よく考えてみれば高度な技術が無くてはできない無駄遣いである。

 セージの中でロウの評価が一段階上位に繰り上がった。

 ふと、メラメラと欲望がこみ上げた。ロウの従者でも弟子でも身分を偽れば王国に近づけるのではなかろうかと。実力を鍛え体が大きくなるまで日々を過ごすという計画をほっぽり出したくなった。


 「いつ行くんですか?」

 「決まってない。近いうちには出るはずだ」


 ところがロウはセージの浅はかな考えを見透かしたように目を向けると、無表情のまま言葉を発した。


 「セージ、君が派遣する人員に紛れ込むことはありえないぞ」

 「……やだなぁ、そんなことするわけ……」

 「仮に選ばれても俺が全力で首を横に振ろう」

 「………ふん。いいですよ。実力で這い上がってみせますから。任務中に死なないように精霊にお祈りしときますね」

 「ありがとう! とだけ。俺は死なんよ」


 ロウが新たに酒を汲みに行こうと腰を上げた。

 セージはコップを持ち上げて見送った。


 「はぁ……」


 ため息を吐き、膝を丸める。情勢は変わりつつあるのに己の力では変えられない悔しさ。下手すれば里に籠っている間に王国が倒れるかもしれない。

 目的は王国の打倒であるが、第三者の手によって降されるのは我慢ならなかった。

 どうして“神”が中途半端な年齢に転生させたのか。どうして中途半端な能力にしたのか。何もかも恨めしい。

 今できることを考える。結論は一つ。


 「修業かぁ……」


 セージはこっそり宴を抜け出して部屋に帰ろうと立ち上がった。ところが組の女の子に見事に捕まってしまった。考えるのが馬鹿らしくなったので、その夜はみんなと楽しんだ。

 翌日、セージは酒に弱いことが判明した。二日酔いで頭が痛かったのだ。


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