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<46>戦闘は続く

人間の攻勢は激しく、多くの血が流れた。

セージは負傷兵の看護を担当したが……



 巨大な幻想の収束は世界の終焉を予期させた。

 大地よりやや遠い地点で蒼天色の雷が渦巻き、水面に居る哀れな獲物達を威嚇した。逃れる術は無い。矢は全て進路を挫かれ、魔術の放火は膨大な電流の波に打ち消された。近接格闘を仕掛けようとすれば一瞬で炭化した。


 「〝雷光〟!」


 刹那、雷撃が暴虐となりて解き放たれ、湖面を舐めた。光の放射線が四方八方に伸びた。

 湖のあちこちに浮かぶ船は、光線が掠っただけで破壊された。

 鎧を着た兵士たちは鍋に詰め込まれた鼠宜しく身を焦がし、反撃の機会を得ることなく水面に沈んでいった。


 「ォォオオオオオオオオオオオオオ!」


 その大男が斧を振るえば、電撃が一筋の光線となり迸り、船諸共蒸発させる。体に纏った光が四方に放たれれば、鎧など紙屑同然に貫き、身ごと消える。接近すれば魔術で焦がされるか、怪力によって胴体ごと膾切り。

 人間側の軍勢は、たった一人のエルフの攻撃によって、数十単位で薙ぎ払われていた。

 その大男は大地を蹴るや、電流の余波をばら撒きながら砦の上空へと疾風が如き移動を果たし、背中の剛弓を構える。人知を超えた怪力が発揮され、電撃の込められた鉄杭とも称すべき鏃が放たれる。湖面に『着弾』。船数隻が木の葉のように吹き飛んだ。

 大男――巨老人と呼ばれた男は、正確無比に頭部を狙って飛翔してきた矢を拳で鷲掴みにし、元来た方に射返した。良い腕前を持っていたはずの射手は、回避もままならず頭と胴体の別れを実感し、二度と動かなくなった。

 巨老人が着地する。死ぬ思いで岸辺に上陸を果たした兵士達の真っただ中に。手には鉄斧。

 兵士達が槍を突き出す前に、颶風が吹き荒れた。鉄斧一閃。五人の兵士の首が玩具のように飛び、血肉が粉末となりて飛散した。

 巨老人が湖面を睨みつける。ひゅうひゅうと矢が飛んでくるも、どれも当たらない。否、進路を読み切っているのだ。事実、命中弾は斧で払っているのだから。

 砦で戦う味方達は不安そうな顔一つしない。里の最高司令官たる男は、最高の戦士でもあるのだから。

 巨老人は熊も卒倒する威圧感を放ちつつ立ち上がれば、背中から弓と矢を抜き、おもむろに呪文を口にしつつ、空に射た。


 「〝射殺せ〟」


 その一射は天頂を刺し穿たんばかりに上昇するや、意思を持った誘導弾と化して湖面ぎりぎりに降り立ち、巡航した。

 口をあんぐり開けて矢を目で追う兵士の真上を通過し、超低空を高速で飛び、突如として切っ先を持ち上げるや、梯子を運ぶ船へと飛び込み、粉砕した。

 魔術の誘導に立ち尽くしたかと思われた巨老人は、腹部直撃を狙った矢をあろうことか掴み、眼前で粉々にして見せた。

 そして当然のことのように雷撃を放つと、岸辺でうろたえる兵士達を調理した。

 斧を担ぎ、地に足で刻印を付ける。


 「通りたければ、儂を殺してみるがいい!」


 髭の先端から火花が散った。


 「巨老人……ここにあり!」






 一方セージは、後方で戦っていた。

 大人の戦場が前線なら、子供の戦場は後方である。

 例えば兵士の世話や武器の運搬、飯の準備、治療、その他雑用など、戦うためには必須な労働。人員を戦闘員に割かざるを得ない里では、不足する労働力を補うために子供も動員される。もっとも子供が労働するのが当たり前な時代であるから、疑問を挟むものはいない。

 現在のセージの仕事は、負傷兵の世話をすることだった。

 いくらエルフが皆そろって魔術に先天的適性があるといっても、全員が全員治療魔術を自在に行使できるわけではない。むしろ少ない。魔術を行使し続けると、魂と体がおさらばするような事態を招く。少人数の治療者に対して数十人数百人と治療させたら、末路は死より残酷である。

 いかに魔術が有効だろうと、全てを頼り切ることはできないのだ。

 最初から全てを魔術で治療するより、ある程度手を加えてからの方が術者の負荷も少なくなる。矢傷ならば、矢を抜いて傷口を清潔な包帯で巻いてから、魔術で治療するなど。

 セージが任されたのは、応急手当てを受け、本格的な治療もしくは魔術による治癒を待つ兵士が集められる場所であった。

 梯子で登ってきた人間に肩を刺されたという男性の血塗れの包帯を取り、薬を溶かした液ををかける。


 「ぐぅ……」

 「だ、大丈夫ですか?」


 兵士の服をした男は苦痛の声を上げ、しかし歯茎を食いしばって耐えた。セージが思わず手を止めてしまうと、男が首を振り、続きを促した。


 「続けてくれ……お嬢ちゃん。死ぬ……っ、傷なんかじゃねぇ……早く巻き直して、他の奴の看病してやってくれ」

 「わかりました!」


 男が無事な方の手を負傷した仲間達に向けた。男は気丈にも、笑みを見せる。

 セージは怖気付くことなく包帯をきっちり縛り上げると、ぺこりと頭を下げて他の人の看病へと走った。運び込まれるのは応急手当てを受けただけの兵士で、皆一様に矢傷であったり、剣傷であったり、骨折であったり、火傷や凍傷などを負っており、悲鳴がひっきりなしに飛び交っていた。

 室内は血の臭いや怒号が充満し、担架で運びこまれる者と、治療室へ運び出される者の流れで、静寂が訪れることが無い。

 隣の治療室は言うまでもないが、後方の最前線と称すべき状態だった。

 セージは同じ組の女の子と協力して、血塗れの包帯を交換する作業と、薬液の運搬や塗布を行った。年長の子供は担架の運搬などの力仕事を手伝った。

 本格的な治療は重傷者を優先して行われるので、命に別状の無い人達は苦痛に長時間耐えることになる。

 セージは悲鳴や苦悶を目の当たりにした。血を見て、触った。手が汚れた。何人もが力尽きて死に、運び出された。

 自己防衛という言い訳で誤魔化した『死』と、故郷の独立の為にと唆されて剣をとった人間達の『死』、そして里と家族を守るために戦ったエルフの『死』は、等しかった。

 斬られれば、射られれば、焼かれれば、打たれれば、死ぬ。

 死ぬ。

 死んでいく。


 「……畜生!」


 セージは、右腕を丸ごと火傷した上に腹部を刺された男の横に跪くと、両手を広げて治療魔術を施そうとした。男は外傷のショックで昏睡状態に陥っていた。


 「〝治せ〟!」


 だが、魔術は起こらなかった。心の乱れもそうだが、訓練不足でうまい具合に力が働いてくれない。傷口を塞ぐ以外の成功例を持たないセージの実力では、火傷は治せない。


 「もう、私たちに治せるわけないでしょ! 早く包帯巻かなきゃ!」

 「うん……」


 同じ組の女の子が、てきぱきと包帯を取り換える。今のセージには怪我人の状態を悪化させないように薬液を塗り込み、包帯を取り換える他に無かった。



 そして、地獄のような一日が過ぎた。

 ――――夜。

 銀色の月が昇った快晴の空には色とりどりの星々が輝いていた。

 昼間の戦いはどこへやら、砦は静まり返っていた。人間側の軍勢は日が落ちると撤収してしまったのだ。夜戦は不利と悟ったか、それとも兵士に休息を取らせるためか、エルフ側には判断が下せない。いつ船で襲い掛かってくるか分からないのだ。

 しかも、灯りを消した船で忍び込もうとする輩がおり、兵士による巡回が交代で行われていた。無論、発見次第殺害である。

 湖の対岸には人間の野営地が構築され、焚火が無数に灯っている。

 星々の輝きに対し、焚火は酷く哀しげだった。

 本来なら戦うべきではない、憎しみすら抱いていない国の人たちと戦わされている。エルフの里は摩耗し、植民地は男手を取られて活力を失っていく。得をするのは王国のみだった。

 セージの想像する戦争は華々しいものであった。過去形である。RPGのように英雄が剣を振るい、悪を倒す。それがイメージだった。だが、現実は違った。人が死に、悲しみが増えていく。

 わかっていたつもりなのだ。現実は優しくしてくれないし、容赦なく刃を突き立てる存在であると。

 セージは無力だった。できると思っていた治療魔術はまるで役に立てず、重傷患者を華麗に救うこともできず、前線で戦果をあげることもできなかった。

 勉強も訓練も経験も、戦場では無意味だった。

 王国を倒し帰還の糸口を探るという大層な目標はいきなり躓いた。

 その人物は、見張りの兵士と一言二言言葉を躱すと、足音を立てずに部屋を横切った。


 「眠れない?」

 「……クララさん」

 

  セージが部屋の隅で眠れずにいると、聞きなれた声が聞こえた。顔を上げる。白服に帽子を被った女性がいた。記憶に合致する人物がおらず、困惑するのも一瞬。クララだった。

 白亜の衣服には血痕が付着しており、クララが治療を担当していたのだと容易に理解できた。

 だが、好いているクララを前にしてもセージの反応は希薄で、クララが横に座っても身じろがなかった。

 クララが体育座りで俯いたままのセージの肩に手を置いた。

 重量がかかる。温かく、こそばゆい。花の香りと、血の香りがした。


 「治療は終わったわ。もう………助からない人は除いて、全員が小康状態にあるわ」

 「戦争なんですね……」

 「ええ………悲しいけど…………」


 セージは深く重く息を吸いこんだ。新鮮な酸素が肺胞に届き、血中に溶け込む。吐く。内側から外側に気流が生じた。

 戦は終わっていない。

 ひと眠りしたら、戦いが再開するだろう。


 「…………」


 願わくば、里が陥落しませんように。

 セージの目がしょぼしょぼと開いては閉じるを繰り返す。

 そんなセージの頭を、クララが優しく撫でた。やや時を挟み。喉が震え、風が草の葉を撫でるような、弱く甘くせつない唄が零れた。床に寝かせられている負傷兵の何人かが気が付いたが、不満を漏らすことはなかった。


 「――――♪」


 美しい唄の中で、セージは眠りについた。

巨老人無双でした。

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