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<41>後ろは見えません

ロウの頼みで湖に出向いたセージであったが……。

 羊皮紙は一枚だけでは不足であった。

ロウは、目にも止まらぬ早業で机の上から羊皮紙の切れ端を引っ張り出してはペンで殴り書いた。

 今まで里の外にすら出たことのなかったロウにとって、異世界からやって来て里の外を放浪してきたという人物の話は、黄金やミスリルに等しい価値を有していた。

 ロウにとって話の真贋はもはや屑鉄のように価値の無いことであった。嘘でもよかったのである。セージがこの世界生まれこの世界育ち魂含むでもよかったのだ。

 セージはありとあらゆる話を出尽くし、うんざりした顔を隠さずでいた。

 少なくとも数時間は話し続けたのだから止むをえまい。

 一方でロウはぶつぶつ怪しげな言葉を口で籠らせながら、ペン先を狂喜乱舞させては羊皮紙に文章やら記号やらを書き殴っている。

 促されるまま、知識と言う知識を吐き出す。科学、社会構造、歴史……そこからロウが指示するままに話を展開させていく。さらには漢字や英語などの文字も書かされ、こちらの世界の言葉に対応もさせた。

 ロウが、集中力と眠気が限界にやってきて櫓を漕ぎ始めたセージの肩を小突く。

 相手が子供だろうと容赦しないたちらしい。


 「起きるんだ……まだ夜は長いぞ」

 「ぅぅ……勘弁してください、もうホントに……」


 セージは帰宅を希望した。

 しかしこの男、ノリノリになり過ぎて状況が見えなくなっているらしい。顔も割れよと笑えば、肩をばんばん叩いてくる。ものすっごく痛い。


 「安心するんだ。今日は俺の部屋に泊まるといい」

 「そんなぁ~」


 ロウは新たな羊皮紙を取り上げると、セージに地球の大陸図を描かせるのであった。

 結局セージが解放されたのは、心配になって様子を見に来たクララによってであった。

 クララに頭を引っぱたかれるロウというとんでもない光景を目にしたのはここでは割愛する。


 翌日。

 謝罪をするので一度来てほしいと伝えられたので、今度は強行突破で帰宅も辞さない構えでロウの部屋に行ってみると、仰々しい鎧は恭しく頭を垂れて立膝体勢となっており、既に扉は開かれていた。

 中に入るまでも無かった。部屋の前でロウが待ち受けていたのだから。

 ロウは相変わらず不健康そうだった。


 「昨日は申し訳無かった……知りたがり病を発症してしまったのだ。お礼にとは言ってはなんだが、とあるツテで入手した蜂蜜をやろう」


 そういってロウは申し訳ないと軽く頭を下げ、ポケットから小瓶を取り出すと、セージ手渡した。砂糖が本格的に製造されていないこの世界では蜂蜜は砂糖と同意義である。採取が難しいことから貴重品である。

 セージは頬を膨らませつつも、小瓶をさっと手に取って大事そうにポケットに仕舞い込むと、腕を組んだ。貰えるものを貰えるだけ貰ってやるつもりであった。


「まだ足りません」

 「ム、そうか。すまないが品切れだ。そうだな……俺の作ったアーティファクトの中で好きなものを持って行ってくれ」

 「アーティファクト?」

 「アーティファクトだ。俺の作ったガラクタどものことだよ。好きなのを選んでくれ」


 そう言うとロウは部屋の中に入っていった。セージが追いかける。自動で扉が閉まる。

 部屋の中には確かにあらゆる代物が複数乱雑に転がっていた。さんざん悩んだ挙句、魔よけの効果があるという指輪を貰った。他の物は爆発しそうな気配がしたのである。

 ロウは、さっそく指輪をはめるセージを見て、頼みごとをした。


 「これも何かの縁だ。一つ、頼みごとを引き受けて欲しい。謝礼はする」

 「なんでしょうか」


 セージは何気なく指輪に触れ、視線をロウにやった。

 ロウはそれこそ夕飯の献立を伝えるが如く自然さで頼みごとを言う。


 「湖の化け物の体液を採取してほしいのだ」

 「………はい?」


 これがRPGで言うクエストか。

 セージはあっけにとられ、素っ頓狂な裏声を上げた。耳が狂ったのだろうか。怪訝なを通り越して嫌悪を浮かべる。眉に皺を寄せ、記憶を手繰り寄せる。

 水面下より忍び寄る何者か。鎧を何かでこじ開けて中身だけ食するアレ。多数の触手を持つ巨老人のペット。

 無意識に指輪を握っては離しをしつつ、質問をする。


 「食べられちゃいませんか、あれ凶暴そうですし」

 「皆そう思い込んでるだけだ。あれは賢い生物だぞ。言葉も理解するし、格上と認めた相手の言葉に従う知能がある。そうじゃなきゃ巨老人が飼うなんてことはせんで退治している」

 「で、食べられちゃわないんですか?」

 「安心するといい。俺も何度か接触したが食われてないぞ。両腕も両足もある。そうだここに来るときに船に乗っただろう。突かれなかったか」

 「それはもう、船がひっくり返るかと」

 「遊んでいるんだよ、あれでも。体躯がデカすぎて遊びの規模が大きすぎるだけさ」


 話を総合すると、怪物に接触しても食われることはない。安心して体液を採取してこい。だそうである。

 だが、肝心なことを聞いていなかった。重ねて質問せんと。


 「体液ってどこのですか?」

 「触手のでも口の中のでも構わんよ。たまに体の寄生虫取りの為に岸辺で寝てる時もあるから、その時を狙うのも良い。呼べば出てくることもあるぞ」


 そしてセージは、もう一つだけ質問してみることにした。


 「その体液って何に使うんですかね」


 するとロウの顔色が変わった。あからさまに動揺しているのが目に見える。頬は引き攣り、視線は彷徨い、細き指先を組む。


 「実験さ……そういうことにしておいてほしい」

 「やることはやりますから、どんな実験か教えてくださいよ」

 「……大人には大人の都合と言うものがある……なぁわかってくれよ」

 「……ふーん。俺に隠し事しなくちゃいけない実験なんですか。いいですけどね、別に」


 頑として内容を語ろうとしないので、諦めた。時間はもっと有効に使うべきだ。どうしても言いたくないなら、どんな手を使っても言わないであろうから。

 できれば内密に頼むぞと念を押され、金属製の容器を手渡されたセージは、さっそく湖に降りた。監視員は日が暮れる前に帰ってくるようにと言ってきた。

 湖は穏やかで、風で水面が波打つ以外の動体が存在しなかった。

 セージはただ作業するのも癪だったので、手ごろな平たい石を水面に投げて遊ぶことにした。手首のスナップを効かせて投げる。岩が回転しつつ兎のように跳ねる。そしてしぶきをあげて沈む。

 しばらく石を投げることに没頭していたが、飽きてしまった。

 怪物の痕跡を辿ろうと岸辺を歩いていく。回収しきれなかったのだろうか、鉄の破片や槍のような棒が地面に突き刺さっていた。

 怪物の名称が分からず、暫定的な名前にて呼んでみる。


 「出てこーいかいぶつー!」


 行ったり来たりを繰り返し、怪物の姿を目視せんと試行錯誤すること一時間。結局、影も形も認めることは叶わず、歩きつかれたセージは岸辺にあった大きい岩に腰かけて休息をとった。


 「おーいでてこーい! ……うーん、言葉が分かるって言ったって、聞こえてなくちゃ意味ないんじゃねーかなぁ……」


 手のメガホンを用いて呼びかけてみるも、反応はない。

 セージは腿を土台にした両頬杖をつくと、眠たそうな視線を湖の遥か彼方へと向けた。爽やかな風が顔面を洗う。鼻腔を通る新鮮な空気が睡魔を呼び込む。瞼が垂れていく。杖が壊れ、前かがみになって睡眠へと落ちていく。

 その時である。

 水面に二本の突起が出現すると、音も無く、波紋すら立てず、岸辺に向かって滑り出したのである。

 風の音に紛れて微かな水音はかき消される。

 突起二本はグロテスクな光沢を放っており、人間の舌を棒状に成形すれば出来上がるであろう質感であった。先端には四つの切れ目の走った花弁状の構造があった。

 それは、獲物を狙う蛇のように“少女”の足元に忍び寄り、探りを入れる。

 先端がパックリ割れたかと思えば、粘液を引きながら四つに別れた――ではなく、内部に収まっていた球体を外気に晒した。

 白と黒のそれは、人間でいうところの眼球と同じ構造を持っていた。

 二つの眼球が、セージの顔の直前まで迫り、ぎょろぎょろと観察する。顔を覗き込み、背中にまわって至近距離から見つめて、足と足の間に入って真下から視線を送る。


 「ン、んー?」


 セージの喉が鳴る。瞼が震えるやきゅっと窄まった刹那、瞳が開いた。当然、怪物の眼球は見つかってしまうはずであった。


 「ぅあー寝てたのか……いいか、明日でも。期限決めてないしな」


 ところがセージは金属の容器を手の中で弄ぶ以外に反応を示さなかったのである。

 なぜか。それは、怪物の眼球が引っ込み、触手が地面にぺったり張り付き、しかも表面の色を変えることで完全に同化していたからである。

 セージがくるりと背中を見せるや、眼球と触手は背中に触れるか触れないかの距離に近づき、歩みに合わせてするするとつつがなく伸びる。

 眼球付き触手と同じような形態の触手が数本水面から姿を表すや、セージの背中を追う。

 動作の一つ一つに人間のような例えば足音などと言った要素を含まない為、気が付くことができない。気配を読むような高等技術を習得していないのも、発見の遅れに繋がった。

 セージが背後に忍び寄る存在に気が付いたのは、触手が腹部に巻き付いた時だった。




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