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<36>巨老人

 巨老人の間は厳重な守りが固められていた。里の最深部に位置するだけではなく、物理的魔術的防御を塗りたくった場所にあり、警備の者だけで数えるのがアホらしくなるほどであった。

 地形の守りは後ろ山岳前湖。ハードの守りは岩造りの砦。ソフトの守りは歴戦のエルフ。まさに鉄壁である。小船でえっちらおっちら攻めたところで攻略できまい。

 久々に歩く岩造りの床はコンクリートのようだった。

  気が付いたことがある。扉が異様に大きく、目測にして3mはあろうかというものだったのだ。ドアノブも大きかった。それどころか巨老人の間に来る際に通過した階段の幅も広かった。

 言うならば、人間のサイズの一つ上を基準に設計してあるような。

 案内役の女性に頭を下げると、ドアノブを捻る。その手は汗で濡れていた。緊張している。

 “少女”は恐る恐る言葉を発した。気難しい人かもしれないと考えてのことだった。


 「失礼します……」


 汗を服に擦り付けて、再び握り、開かん。そして滑り込むと扉をきっちり閉める。

 相手は訪問者を待ち望んでいたようで、部屋の半ばに佇んでいた。否、塔のように聳えていた。

 その男は巨大であった。足や腕や胸の筋肉の盛り上がりは岩を並べたよう。豊かに蓄えられた髭は書道に使う筆のようで立派だった。“少女”と比べて数倍はあろうかという身長から発せられる威圧感は、熊に殺されかけた時の殺気をも凌駕していた。

 だから硬直せざるをえなかった。物理的に占有する空間が広域に及ぶがゆえに生じるプレッシャーがセージの全身を縫い付けたのだ。

 元の世界でも病気で身長が高くなりすぎる人はいたが、巨老人はいずれの記憶にも当てはまらなかった。それが当然のようにあったのだ。病気でも、伸び過ぎでもなく、自然に巨大であると。

 巨老人はにこりと口角を持ち上げると、のっしのっしと大幅で歩いてきて、手の平を頭に乗せてきた。木の板を加工したような立派な手はセージの頭を包むに最適な面積であった。

 頭ががくがくと揺れた。どうやら巨老人は撫でているようだった。腕力の強さ故か、手の広さ故か、頭をぐりぐりやられているようであった。

 巨老人の深い低音が鳴った。


 「緊張するな。儂がデカいのでびくついたのだろう? 素直でよろしい! 初めて孫を腕に抱いた時も大泣きされたわ」

 「いえ、そんなことは」

 「ヌハハハハ! よいよい。儂は怖い方が得をするのだ」

 「あっ、あの、手紙を長老より預かっています。お確かめ下さい」


 頭を上げたくなったセージであるが、頭を撫で続けられているのでできなかった。俯き加減に会話を進める。


 「ふむ、わかっておるわ。ミスリルの剣もな。だが急ぐでないわ。ゆるりとな」


 セージの緊張を解そうとしたのか巨老人の口調はあくまで柔らかかった。

 セージは、手がどいたので面を上げた。巨老人はセージの鼻先を指で突くと、巨躯に似合わぬ機敏さで部屋の中央にある机へと誘った。ついていく。歩調はゆっくりなのだが、一歩が大きすぎて早足にならなければ同じ速度をだせなかった。

 机も巨老人の体躯に合わせて巨大であり、面積だけであればベッドのようだった。椅子などはシャムネコどころかタイガーが座れそうであった。背もたれはまるで板を括り付けたかのような長さであった。

 部屋を見回してみれば、巨老人のものと思しき三日月の形状をした剣やら、鉄の塊と称すべき金槌もあり、かと思えば竜の頭蓋骨をまるごと持ってきたとしか思えぬ物体まで飾られている。

 あれはなにか。あれはなにに使うのか。訊ねたいことは山ほどあったが、まずは手紙を渡さなくてはならなかった。

 手紙を渡さなくては話が進まない。


 「ここに手紙が」

 「拝見しよう」


 セージは荷物の中から草臥れた手紙を取り出し、両手で差し出した。巨老人が受け取った。

 巨老人は女性の髪のように長い白髭を指で弄りながら内容に目を通し、そしてセージの方を見た。柔和な笑みと同居するは、最強と名のしれた戦士の瞳。鋭い眼光。


 「―――……剣を」

 「ここにあります。お受け取りください」


 セージは巨老人の言葉に腰の剣を外すと両手で捧げ持つようにして渡す。

 巨老人はその剣をとった。彼の手に持たれた剣は、相対的にナイフのように小さく見えた。抜剣。女神の柔肌が如き剣が露わにならん。魔力に反応したのか表面が揺らいだ。

 巨老人は剣の作りをとくと調べ、満足げに唸った。胸がぐっと膨れ上がる。


 「やりおるわ……あやつの腕は大陸一番だわい………頂戴しよう。しかし、これでは……セージ……ちゃんの武器が無くなってしまうが」

 「ちゃんはくすぐったいので呼び捨てで構いません。武器は……何でも、余っているので」


 内心ムッとしたセージであるが、さすがに目上相手に突っかかるほど精神的に幼くはない。巨老人はやはり他の人と同じように、ませた子だと笑った。

 笑顔から一変、難しい色を浮かべた巨老人は、手紙を器用に広げ直して指の腹で突いた。

 セージはごくりと唾をのみ込んだ。


 「新しい武器は追って準備しよう……さて、セージ……お前さんに試練を与えようと思うのだが。手紙によるとくだらんことをやりたいそうなのでな。許可を出すには受けて貰う。いいな」

 「はい。やり遂げます」

 「その言葉に嘘偽りはないな?」

 「はい!」

 「儂は確かにお前の言葉を聞いたぞ。二言は無かろうな」

 「………ありません」

 「そうか」


 巨老人が念を押すので、竜を狩れだとかの無理難題を押し付けられるのでは思った。

 セージは知らぬ間に増長した己への一種の過信を自覚できないでいた。今まで来れたのだから何でもできると。それに加え度重なる戦いは死や恐怖への認識を麻痺させ、己の力すら見失い、無謀なる猪になっていたのだ。

 それを巨老人は見抜いていた。新兵が初戦で戦果を挙げると過信していずれ自滅するのだと。現実を体に叩き込む必要があるのだと。手紙には遠回しな表現で『彼女を止めてくれ』とあった。

 セージは強く頷き、承諾した。

 巨老人はよく通る言葉を発した。


 「何年かこの里で過ごせ」

 「え、それは、それは……」

 「はいと言えないか? 遅い。儂の指示に従ってもらう」

 「…………」


 それは明白な宣告であった。

 セージは主観時間にして二時間は説教を食らった。人間の恐ろしさ。戦の辛さ。現実。甘えの精神。己の力の無さ。一人の行動が他人を苦しめることになることについて。

 エルフの放ったスパイの報告書も読まさせられたし、聞くに堪えないむごい話の載った本も読まさせられた。

 里の情勢。死人の数。人間側の戦力。エルフの女の末路。

 まるで父親が娘を正しい道に引き戻すように、ひたすら説教をされた。

 だが、嫌な気分はしなかった。真摯に自分のことを考えてくれたのだなと思えたからだ。

 実感が湧かなかったのも事実である。乾燥した経験が恐怖を麻痺させてしまったのだ。度重なる感情の発露は鈍感を作るのである。まして体感してもいない文面上言葉上のことはリアルの代用品になりえない。

 巨老人もそこは承知しており、一つのことを持ちかけた。

 それは鉱山を奪い返す戦いに同行させることであった。戦いという死を見せることでセージの現実を取り戻そうと目論んだのである。

 鉱山は山岳を伝っていった先にあり、道が不便なことから多量の戦力を送り込めない。それは人間側も同じであるが、引き籠り戦術に持ち込まざるをえないエルフ側と違って、より柔軟に兵力を展開できるのだ。

 鉱山を封じればエルフ側の資源を制限することができる。

 エルフ側としては鉱山はまさに生命線であり、なんとしても攻略しなくてはいけなかった。

 だが偵察によると鉱山入口は既に多数の兵士によって封鎖されており攻略するには犠牲が必須らしい。

 巨老人にどうするのかと訊ねると、答えてくれた。

 ―――地下からだ。


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