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<35>湖をこえて


 船と一口に言ってもイカダでは渡航には耐えないのではとセージは考えた。

 何しろエルフの里を守る湖である。どんな生物が棲んでいるかも分からないし、いかなる罠が仕掛けられているのかも不明なのだ。頑丈な船が入用であった。

 船の残骸らしきものは湖に浮いているので回収は比較的容易であったのだが、かなりの数が『二枚おろし』だった。他にも『粉末状』の木が漂っており、手が出せなかった。

 ――なにをどうしたらこのような有様になるのだろう?

 ふと浮かんだ疑問を嚥下し、船を手繰り寄せる手段を模索する。

 ようやく発見した船は岸から離れた位置に漂っていた。

 縄か何かを入手するか、湖に入水して引っ張ってくるかくらいしか手段がない。いかにして接合するかという点も解決できない。釘も無い以前に工作道具が無いのだ。魔術で凍結させることも検討したが、半ばで溶け出す泥舟では困るので却下した。

 いっそのこと湖を迂回して山から登ろうかと考えたが、どうにも止めた。

 地図に『通るべからず』と赤い文字で警告があったから。

 “少女”は悩んだ末、湖の周囲を捜索してみることにした。無事な船が陸に上げられているかもしれないからだ。

 意外にも小船は簡単に見つけることができた。ただしオールが見当たらなかったので、やむを得ず自作した。木の枝に板切れを括り付けた簡易の品であるが渡航するには十分であろうものが完成した。

 そして数日間ほど湖で待機して、人の少なくなったころを見計らい、岸を離れた。


 「なんかいるよな……ネッシーだといいんだけど」


 軽口を飛ばしつつ、湖に潜む何者かが寄ってこないようにミスリルの剣を上に掲げるセージ。それは水面下を驚くべき速度で周回している。全長は30m以上。視覚だけで得た情報が正しければ、数多くの触手を持っている。

 ミスリルの剣を掲げると生き物は怯み近寄ろうとしなくなる。

 だが、近寄らなくても、その生き物が水中を移動するだけで不規則な水流が発生するのである。小船は安定性を欠いていつ転覆してもおかしくはないほどに動揺した。

 まるで遊ばれているようではないか。オールを必死の形相で握りしめて船の安定を取り戻す。剣とオールの二刀流は著しく腕力を消耗させた。先の見えぬ霧の向こうが焦りを生む。

 白亜の風景と、一点の変化も見られない水面の中を進むことは、冬山で遭難する前段階に等しい。

 人間にしろエルフにしろ、視覚を用いて進行する際には基準点を必要とする。例えば地面。例えば障害物。例えば方位磁針。霧に包まれた中、目印も存在しないのに一直線に漕いでいくことなど、訓練を積まぬ限り実現しないのである。

 逆に、目印さえあれば良い。

 セージの接近に反応したか、白い霧の彼方に光が灯った。

 それは亡霊のようであった。さしずめジャックオーランタン。地獄にも天国にも行けなくなった口が達者な男が徘徊しているように思えて仕方がなかった。光の元には、途轍もない神秘があるようにも思えた。

 光に近づいて行くと、生き物は居なくなってしまった。食べられないと理解したのだろうか。それとも機会をうかがっているのだろうか。

 せっせせっせオールを漕いで、光を目指す。

 距離感を掴む材料の欠如からか、光が近づけば近づくほどに、蜃気楼が如く遠くに行ってしまうように感じられた。

 霧は向こう側からは無いものということを念頭に、フードを取っておく。こうすることで耳を見せつけ、エルフであることを分からせるのである。

 一時間? 二時間? 霧で顔が濡れるころ、光に変化があった。

 光の数が2に増えた。そして3に増えるや、10に増えたのだ。

 オールを握り締め、身構える。ミスリルの剣を掲げることも忘れて、正眼に突き出す。緊張に顔が強張った。人間と勘違いされ攻撃を受けるかもしれないと、足が震える。

 やることをやらねば。死ぬのはまっぴらごめんだ。

 セージは両手を大きく振った。付け根から飛んで行ってしまいそうになる強さで。


 「俺はエルフだー!!」


 セージの声が聞こえてか聞こえずか、光は一段と数を増していく。10あったのは既に15に達していた。それらは震えながら距離を詰めてきている。

 そして、霧が突如として晴れた。幕を引くように。

 船だった。光の数だけ船が湖に浮いており、いずれも特徴的な長くとがった耳を持った種族が乗っていた。光はランタンだった。彼ら彼女らの船が、まるで氷の上を滑っているように、静謐を伴ってセージの船に寄ってきた。

 彼らは一様にローブを着込んでおり、弓矢や杖などで武装していた。男女問わず年齢問わず、多彩な顔ぶれ。

 セージは顔の引きつりを止められないまま、ミスリルの剣を差し出した。雰囲気と威圧感に押されていたのだ。

 彼らの中の一人がオールも漕がずセージの正面に船を移動させるや、剣を検分し始めた。金色の髪の女性だった。切れ長の瞳、淡い顎の輪郭、あたかも体から燐光が湧き出しているよう。指先の一本に至るまで白く、白磁の陶器で作られているようだった。

 ――ユニコーン。

 脳裏に浮かんだのは、女神様でもなく、誇り高き聖馬の姿。

 女性はにこりと微笑みを見せると、剣をセージに返し、優雅な動作で手を差し出した。不覚にも頬に朱が差す。男として照れたのか、女として照れたのかは定かではない。


 「……お待ちしておりました。長旅でお疲れでしょう……ようこそ我らが里へ」


 セージは彼ら彼女らに連れられて里の中に足を踏み入れることになった。

 どうやら事前に通達がなされていたようで、さっそく医者に取り囲まれ、土の香りのする薬――栄養剤を飲まされた。彼らは傷と言う傷を魔術で治してくれた。そして部屋に通されて一晩ぐっすり寝た。

 翌日、巨老人に会わなくてはいけないと伝えると、忙しいので少し待てと言われてしまった。鉱山を奪還するための戦闘準備で山積みらしい。

 暇を持て余したセージは、何か手伝えることは無いかと訊ねてみた。タダメシを食らってふんぞり返るほど腐ってはいない。

 すると散らばった装備品の回収作業を手伝えと言われたので、さっそく湖と里を隔てる付近へと足を運んだ。

 湖と里の境界線はつまるところ壁であり、多数の防衛設備が仰々しく並んでいる。大型のバリスタもあれば、射手が身を隠す障害物もあった。用途不明の宝石が備え付けられた見張り台もあった。要塞という表現が相応しい。

 振り返ってみれば、霧が無かった。澄んだ大気の遥か向こうに己がやってきた陸地が見えた。

 聞けば、不定期に訪れる小規模の威力偵察を排除した直後らしい。

 戦闘後だというのに死体は無く、血液のみがあった。それは船の破片やねじまがった鎧などを濡らし、湖に注いでいるのであった。酷いにおいであったが、死体が無いので嫌悪感は無かった。

 剣、鎧、矢、その他革製品などを手押し車に入れては運ぶ。重労働だった。満載すると転倒の危険性があったので、半分まで積むことにした。

 共に作業に当たる男性に死体はどこかと聞くとおもむろに湖を指してくれた。

 次の瞬間、湖に巨大な気泡が浮かぶと、鎧が『吐き出され』地面に落下した。湖を渡る際にちょっかいをかけてきた何者かの仕業であろう。

 鎧を検分してみれば、強引にこじ開けられ中身を粉々にして吸い込まれたようになっていた。まるで貝殻をこじ開けて身を食べるように。丁寧にも武器などは千切られていた。

 あれは何かと尋ねると、さもありなん『巨老人のペット』と答えてくれた。

 巨老人とは途方もない男だということは理解できた。

 巨老人に面会できたのはそれから三日後のことであった。


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