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<32>襲撃

渓谷の里を後にした“少女”は、人の目を避けて迂回路をとったのだった。

 結局、予定は狂った。一週間の行程は迷ったことにより二週間に伸びた。急いでいないとはいえ、安全な里に辿り着くまでの無駄な時間は少なくしたい。

 森を抜けた後は地平線の彼方まで続く草原を歩く。天から落ちたかのような地面に直立した岩があちこちにあり、方向を見定めるのに利用できた。

 食料は野鳥や兎を狩ることで賄えた。野生の犬を殺して食べたこともあった。“少女”は動物を殺すのに何の抵抗も感じなくなっていたのだ。

 雑草の調理には里で貰った携帯調理道具――鉄鍋――が役にたった。熱を通すだけでも草は柔らかく食べやすくなるものなのだ。自己防衛上の観点から頭に被ることも検討したが、フードと干渉するのでやめておいた。

 朝、昼と歩いて、夕方になれば寝処を探し、夜は寝る。

 里近くまでは比較的平和で、何事も無く旅が進行した。人間に見つかることもなく、怪我も無かった。

 問題は里に近づくにつれて人間の数がうなぎ昇りになり始めたということだった。


 「………」


 人影を見つけたセージは、無生物になりきることを選んだ。草むらで息を殺し、発見される可能性を軽減するべく匍匐体勢にて前方をじっと観察していた。鼻先に蠅がとまって暢気に足を擦り合わせようが動じない。

 眼帯をした男、腕を包帯で巻いた男、疲れ切った顔で頭を抱える男の三人が草原のど真ん中で焚火をしていた。

 いずれも武装しており、一般人以上に鍛えられた体であった。兵士だろうか。それにしてはたった三人で行動するのは不自然ではなかろうか。

 一つ、当て嵌まる事柄があった。

 彼らは巨老人の里の戦いに投入されたお雇いの兵士ではないだろうか?

 彼らは戦いが終わったので戦線から離れたのではと推測した。負傷しているのも、疲労しているのも、戦いと旅からもたらされたことだと考えればしっくりとくる。

 お雇い兵士の給料事情は分からないが、条件が『勝利』だったとすると、一文も貰えなかったであろう。巨老人の里は人間側の攻勢を跳ね返したのだから。

 だがセージは、『ざまぁみやがれ』という愉快な気持ちにはなれなかった。人間は人間でも彼らお雇い兵士は半ば強制的に戦いの場に放り込まれたと聞いたからである。植民地とした国から兵力を格安で吸い上げ、敵にぶつけて双方を消耗させる。植民地は反乱する余力を失い、敵は戦力を摩耗していく。だから戦いは勝つ必要などないのである。戦えば戦うほど得をするのは王国なのだから。

 元の世界の列強がやったように、『戦いに参加すれば独立を認めてやってもいい』と唆せば、剣をとり、王国の犬になるものもいるであろう。植民地が王国の兵力と換算されるだけというのに。

 セージは、眼帯の男が泣きはじめたのを目にし、なんて嫌な時代に転生してくれたものだと満月が居座る空を睨みつけた。包帯を巻いた男が瓶を無言で差し出した。眼帯は、一気に飲み干すと、顔を覆った。

 彼らは悲しみと疲労で身動きもろくに出来ないように思われ、注意も散漫なようだった。死角と暗闇を利用すれば通り抜けることができそうであった。

 彼らが居るということは他の兵士も居る可能性があった。モタモタしているわけにはいかない。早く離れなくてはならなかったのだ。

 止むを得ない。大回りして避けるしかない。幸い、辺りは起伏ある草原であり、身を低くして行けばよかった。

 セージは月が雲で隠れるのを待ち、闇が濃くなったのを見計らってその場を後にした。


 里に近づけば近づくほど、人間を発見することが多くなってきた。

 こちらから見えるということは、向こう側からも見えるということである。フードで耳が隠されているが、強盗の類は人間だろうがエルフだろうが関係ないであろう。リスクを避けるには人目に付かないのが一番なのだ。

 大きく迂回するルートを選択し、湿原地帯を通ることにした。

 それが失敗だったとは、この段階で予測できなかったのだが。


 最初の違和感はにおいだ。

 泥や草の香りに混じるはずの無い異臭が立ち込めている。生臭い。鼻をすんすんさせて情報を拾う。脳が俄かに熱くなった。答えに繋がる糸を掴んだのだ。


 「……血?」


 それは血のにおいだった。

 湿原地帯の真っただ中で血のにおいが漂っているのだ。動物がいるのかもしれない。新鮮ならばおこぼれに預かれる。肉食動物の存在も危惧すべきであろうが、ひとまず情報を集めなくては話にならない。

 葦を掻き分け、湿原の最中にぽつりとあった乾いた足場に辿り着けば、木に登ってみた。

 上から探す。コストパフォーマンスに優れた手段。

 木の枝を右手で保持し、体重を外側にやれば全周を眺めた。群れ成す葦やら草やらの大地に血のにおいの根源を見つけることはできなかった。視線を遮る物があり過ぎたのだ。

 ――燃やしてしまえ。

 セージの頭に悪魔の囁きが舞い降りるも、回し蹴りで撃退せん。木から降りようと、左手で枝を掴む。枝が鳴き声を上げた。折れる。体勢が揺らいだ。咄嗟に足を幹に絡ませた。

 刹那、葦の草原に殺意が生まれた。

 パッ、と葦が散った。鉄製のそれが空間を一直線に飛び、セージの頭部から数cmのところの幹に突き刺さった。

 脊髄反射的に木から飛び降りた。

 コンマ数秒後、新たな矢が体を掠めた。服に切れ目が走った。地に叩きつけられ、受け身もとれず、痛さを味わった。咥内が切れた。血を唾液に混じって吐けば、木の後ろに身を滑り込ません。

 

 「襲撃……!」


 セージの顔が引き攣る。

 矢による狙撃。もし枝が折れそうにならなかったら、木に磔にされていた。ミスリルの剣を抜き放ち木の陰から出し、艶やかな表面に風景を映し、様子を窺った。葉っぱしか視認できず。

 木の陰から身を出せば死ぬ。

 相手にはこちらが見えているのに、こちらから相手は見えていない。

 矢を迎撃する手段を、セージはいまだ有していない。剣で打ち払う技量も、魔術で守る技術も、無いのだ。

 かくなる上は逃走である。

 勝てぬのなら、逃げる。意地を張るつもりも、殺し合うつもりも無い。恥も捨てよう。命には代えられぬ。

 幸いなことに、湿原には嫌になるほどの草が生い茂っている。木の周囲も同じくして草だらけ。狙撃を一射でも躱せたのならば、相手の視界から消え去ることができた。

 時間の猶予はない。

 のんびりしていたら、相手が狙撃位置を変えてしまう。

 躊躇は一瞬だった。セージは、相手がいたと思われる位置を基準に、木を間に挟む形で射線を遮るように駆け、素早く草の中に転がった。

 草を握りしめる。緑の汁が付着した。

 

 「どうした? 好都合だけど、不気味だ……」


 なぜか狙撃が無かった。首を傾げる。

 セージは考えることを後回しにした。三十六計逃げるにしかず。後ろを振り返ったのも一瞬、草の根を踏まぬよう痕跡を残さないよう気を配りながら、走った。己の立てる音が、襲撃者の追跡に聞こえて首筋が寒くなった。

 立ち止まる。音は無い。勘違いのようだった。

 再び駆けだそうとして、あろうことか足をとられて転んでしまった。なんてありきたりな。自分に腹が立つ。フードの上から髪の毛を掻きむしりながら、姿勢を起こし、それを確かめた。


 「なんだ……これ……」


 セージは絶句した。ミスリルの剣を握る手が白くなった。

 それは真新しい人の死体だった。

 三人の兵士らしき男が血を流して事切れている。異常なのは、あるべき剣や装備品が根こそぎ消えているということ。確信した。敵は物取りだと。

 死体を詳しく検分する暇はない。

 だが、他に気が付いた点があった。兵士の鎧に見覚えがあったのだ。皮を鉄で補強したそれは、焚火を囲んでいた兵士らの鎧と様式がよく似ていた。顔は似ても似つかぬ別人だったが。

 

 「!?」


 草がざわめいた。何者かが接近してきている。疾風のように速い。音源は既に背後にあった。総毛立った。ミスリルの剣を、体のひねりに合わせて振り回さん。

 葦の数本が半ばから断ち切られ舞った。ミスリル剣の動作に一拍遅れて、草の中から小柄な影が飛び出した。それは甲高い声を上げながら剣を突き出してきたのだった。

 体の回避が間に合わず、頭だけで躱す羽目になった。

 心臓が縮こまる。


 「死ねぇぇ!」

 「くぅっ!」


 切っ先が頬を掠めた。血粒が背後に飛ぶ。勢い余った相手と抱き合うような格好になった。

 剣は己の背後。躊躇したら、首を貫かれる。鼻先触れ合う至近距離。頭突きをかます。よろめく相手の腹に前蹴り――ヤクザキックをお見舞いしてやった。堅い感触。服の内にプレートか。

 セージと敵対者の距離が離れた。

 一斉に剣と剣が振り被られ、半ばで衝突、火花を散らす。歯ぎしり。半歩後退。

 二人はほぼ同時に叫んだ。


 「エルフ!?」

 「子供!?」


 相手の姿をまじかで確かめた。ボーイッシュな顔立ちの女の子だった。容姿こそ幼かったが、装備品は弓に剣に血濡れのナイフと、物騒極まりなかった。

 いつの間にかフードがずれ落ちていた。耳が表になり、エルフであることを相手に知られてしまった。隠すことは無意味だった。ミスリル剣を両手で握り、切っ先を相手の顔面に向けた。


 ――この子は生かしておけない。

 


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