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<28>試練を受けよ


 「フムン……事情は把握した。巨老人の里にか……」


 その若き指導者は手紙を折りたたむと、防水加工された封筒に戻し、引出しに仕舞い、腕を組んだ。

 ここは里の最深部、長老の間。里全体の意思を統括、指示を出す中枢部。

 最初に訪れた里の長老と比べれば若造とも言える若き相貌。腰まで伸ばした銀髪。優美な仕草。銀細工を首から下げ、風変わりな眼鏡が彼の印象に知的を一筋加えている。

 名をルークと言った。

 セージが隣で畏まったルエの顔と、長老の顔を見比べた。顔のつくりがよく似ている。血がつながっているとしか思えないのだ。

 すると長老は中性的な顔に妖しい笑みを浮かべて見せた。女性のように。男性であるはずなのに、異性に見えた。


 「よく似てるだろう。何しろ私らは兄弟だからね。なぁ、弟」

 「なんですか、兄上。このような公共の場においてはいけません」

 「私だからいいのさ……と言うと老人達にクドクド怒られるわけだが……。まぁいい。手紙によると君はとある目的の為に王国に侵入したいが、いかんせん実力不足なので、里をいくつかまわることで経験を積む……と。間違いないね」

 「はい」

 「目的が何かは知らないが、尋ねないことにするよ。天から授かった使命かもしれないからね」


 殺されかけたり熱で死にかけたり食われかけたりと経験した今となっては、王国に入ることが躊躇われ、修業を積み重ねたいところだったが、とにかく頷いておいた。

 予想通り、ルークは顔を渋くした。


 「王国に侵入ともなれば死の危険が伴うぞ。いや、侵入しなくても、巨老人の里に向かうだけで死ぬ可能性もある」

 「それだけ厳しい道のりという……」

 「わけではないな。確かに厳しいが、道のりだけではない」


 ルークが口をヘの字に曲げ、ぴしゃりと言い放つと、机の上から丸まった地図を取り出すと広げた。一点を指し示し、次に赤く色が塗られた広い領域を叩く。

 手招きされた。ルエと共に歩み寄る。

 ルークは地図の赤い部分に人差し指を置くと、するする滑らせていき、示した。


 「ここが巨老人の里だ。風の噂……ウム、風の噂によると、かの里に大規模侵攻があったそうだ」

 「なんですって!」

 「安心したまえ。彼らの戦力は一万の兵も退ける。いざとなったら……君に伝えられないが、敵を全滅させる準備がある。だが君はそうはいかんだろう。人間の軍勢が攻勢を仕掛けている最中を進むわけにはいくまい」

 「本当に大丈夫なんですか? 油断していて全滅とか……」

 「我々は油断を恐れる種族だ。心配症だからね。第二の策、第三の策と安全策を講じている。他の里からの応援もかけつける。そう、君が救援に駆けつける必要はない」


 ルークは、セージが尋ねることを予想した上で先んじて答えた。十割の的中とはいかないが、大まか正解だった。

 元より救援に駆けつけるつもりはなかった。しかし、巨老人の里に向かう術が断たれてしまうのではないかということが不安を煽った。長老に言われたことを未完で終わらせるわけにはいかない。


 「長老、戦いはいつ終結するものだと思われますか」

 「一か月以内には終わるだろう。所詮、はした金で雇われた寄せ集め………ウム、戦いが終わったら行っても良しだ。それまではここで働いてもらう」


 ルークは机を手の甲でノックし、人差し指をゆらりと振ったのだった。


 「手紙にも試練を与えよとあるのでな、まずは農作業だ」


 さすがのセージも、最初の試練が農作業とは思いもしなかった。

 ルエに案内されて足を運んだ先は、里全体の食料を作る畑のような場所だった。日光が無くても育つ植物やキノコを栽培しているそうである。

 キノコの運搬、ゴミの片付け、苗床の設置、ゼンマイ状の植物の採取など、場を取り仕切るエルフの指示の元せっせせっせと働いた。食事は彼らと共にした。

 太陽と言う時間計測装置が無い為に、夜になっても働き続けようとして、お嬢ちゃんは働き者だなと感心された。お嬢ちゃんではないと反論すると、ませた子だと笑われた。

 頑張り過ぎて眠気が限界に来たところで、丁度良くルエが迎えに来た。

 ゆったりとした民族衣装ではなく、魔法使いが着るようなあずき色のローブを着込んだ彼は、妙に嬉しそうに手招きをした。

 駆け寄る元気が無くて、のろのろと近寄る。歩き出す彼の横に並ぶ。


 「セージさんの部屋を用意しましたから、今日はゆっくり休んでください」

 「明日は何をすればいい?」

 「そうですね―――……僕と一緒に外の隠蔽魔術の強化に行きましょう」

 「そんな複雑な魔術使えないぞ。火炎の剣作ったりとか、手っ取り早くブチかますだけしかできない。ン……治療魔術も使えるけどさ、いちおうってだけだ」

 「僕がやりますよ。セージさんは、僕の付添いをしてくれるだけでいいです」


 彼の隣についていくと、里について最初に目を覚ました部屋からほど近い場所に案内された。

 中を覗いてみると、こじんまりとしていながらちゃんと家具が並んでいて、装備品一式が机の上に置かれていた。とりあえず入るとベッドの上に横になる。

 泥のような眠気が頭を覆い尽くして、考えられなくなる。疲れも同調した。魂が睡眠の方角に牽引されていくようだった。

 目を擦る。


 「悪いけど眠くて………起きられなかったら起こしてくれ」

 「はい、おやすみなさい」


 ルエと目が合うこと十秒間。

 彼は、ベッドに横になったセージを見つめていたが、すっと身を引くとドアを音も無く閉めて立ち去った。

 セージは靴をだらしなくベッドの下に転がすと、前髪をぐしゃぐしゃにして布団に潜りこみ、あっという間に眠ってしまった。


 翌日。

 誰かが体を触った感覚が走った。起きない。揺さぶられている。起きない。声がかけられた。セージ、と。意識が浮かび上がった。

 目を覚ましてみると、己を見下ろす様に立っているルエが居た。ゆったりとした民族衣装ではなく、セージが旅道中で着ていた服と様式の似た服装で、背中に弓矢を背負っていた。

 彼の手が肩に置かれているところから、起こされたのだと分かった。

 室内で寝たのは久しぶりだったので、安心しきって眠りすぎたのだろうか。

 目を乱暴に擦れば、布団を跳ね除けベッドに腰掛ける体勢に移る。彼が手を引いた。大きな欠伸をしつつ髪の毛を手櫛で整える。

 セージがあいさつをすれば、彼も返してきた。


 「おはよう」

 「おはようございます。朝食を持ってきました」

 「あんがと。ちょっと支度もしたいから、待っててほしい」

 「構いませんよ。今日はこれくらいしか用事が無いので」


 キノコを焼いたのと野菜の盛り合わせ。魚。果物のジュース。どれも美味。舌なめずり。あっという間に平らげる。

 次は服を変えなくてはいけなかった。

 セージは恥ずかしがることも無く衣服を剥ぎ取ると、最初に訪れた里の長老に借り受けた旅服を着けていく。


 「わぁ!?」


 あまりに手際が良く、隠そうともしないセージに、ルエは顔を朱にして恥ずかしがり、180度体を後ろにした。

 面白いやつだなと思った。

 もちろん意図的に隠さなかったのだが。


 「こんなもん見ても面白くもなんともないだろうに。ねぇ?」

 「僕に聞かないでください!」

 「弄られ系か」

 「なんですかそれ!」


 セージは、背中だけ見える彼を少し弄ってみた。頑として背後に目をやろうとしない辺りは紳士的と言うべきなのか、それとも純情だというべきなのか。

 セージは彼をロリコン呼ばわりしたが、本当にそうだろうか?

 例えば日本でも現代の感覚で言えば子供のような女性がお産を経験する時代があったわけである。大人と子供の年齢差ではなく、子供と子供ほどにしか歳が離れていなければ恋愛の対象になっても不思議ではない。

 セージという人物は決して『鈍く』ない。行動の端から窺える感情がなにかも察した。しかし、今のところ根本的には男性を保っているが為に、まるで男友達が女性に恋しているのを傍観するような心持だった。

 理解はしているのに感覚的に馴染まない矛盾したことになっているのだ。

 最後にミスリルの剣を腰に差したセージは、彼の肩を叩き、横をすり抜けて部屋の外に出た。

 ゆらりと振り返ると、彼が部屋から出てきたところだった。


 「案内してくれよ。でも守りの戦力として計算に入れない方がいいぜ? 正規の訓練を積んだわけじゃないんだから。無手勝流もいいところなんだし」

 「それでも生き残ってきたんですから、実力はあると考えます。行きましょうか」

 「そうだな」


 セージはルエに案内されて外に出ると、里の守りを固める作業についていった。


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