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<27>地底

目覚めたセージは、渓谷の里に到着したことを知ったのだった。



 無と有のスイッチが切り替わった。

 顔の前に物体があるようだ。目を使わずとも、環境音の微かな変動から察知できた。体の倦怠感や痛みは感じられなかった。不思議である。病気で死ぬか、川で水死体になるの寸前だったはずだ。

 動きが鈍い脳細胞に現状の把握をせよと命じる。

 両目を開けると、手の平があった。迎撃しようとした。怪我をしているはずの右手で掴み、捩じろうとせん。


 「おっとっと」


 やたらとかっこいい声がどこからか響いてくるや、手がもう一本伸びてきて、動きを封じられた。顔を動かす。若い男が傍らの椅子に腰かけてそこにいた。耳を見遣る。尖った特徴あるものがちゃんとついていた。

 その人物の意図は不明であるがセージの顔に手を置こうとしていたらしい。

 エルフはエルフでも怪しいやつだと視線を強くした。

 第一印象、優男。

 目鼻通った造形の顔。目は空色。白い肌。髪は銀色で、肩まで優美に垂れている。かっこいいというより、美しいと感じた。ゆったりとした民族衣装は、彼によく似合っていた。

 彼は手をぱっと放して顔の前で振ってみせた。


 「僕は敵じゃないですよ」

 「……すまなかった。俺の顔に手を置こうとしてなかった?」

 「まさか、そんなことするわけないじゃないですか」

 「なら、今俺が掴んだのは幽霊か何かなんだ」

 「さぁ……知りませんね。悪い夢でも見てたんでしょう」


 なぜはぐらかすのかはわからないが、話がこじれそうなので、とりあえず自分の格好を検めた。

 彼が着ているのと同じような民族衣装。上から下まで里を出発した時の名残は見受けられない。何気なく手を突っ込むと、中の服も変えられていた。下着にも例外はないのだろう。

 髪の毛に手をやってみれば、サラサラとした手触りが返ってきた。梳いてみても一本たりとも引っかからない。

 セージが困惑した顔をしたのを見た彼が、手鏡を渡してくれた。己の姿を映してみる。

 戦闘時に斬り落としてしまった右側と、放置するがままに伸ばし続けた左側の髪の毛は、それぞれの長さを活かして整髪されていた。

 顔も見てみる。傷が無い。汚れが無い。


 「―――? まてよ」


 服の上をはだけさせて右肩を露出させ、穴が開くほど見つめた。刺し傷も、切り傷も、魔術で修復した際にできたケロイド状の皮膚も、それどころか痕跡すら消滅していた。

 手鏡を布団の上に放り、顎に指を置いて暫し逡巡した後、あたりを見回してみた。

 岩の壁。松明があるべき場所にはランタンよろしく光る岩があった。ベッド、机、椅子、そして棚の下に己の服と思しき塊があった。ミスリルの剣も同じく発見した。

 思考の海に飛び込む準備を始めたセージに対し、彼が言葉を投げかけた。

 ただし手で顔を隠し、目をきっちり覆った状態で。


 「川で熊に襲われていたところを僕が助けました。あのままほっといたら、熊の養分になりかねないですからね」

 「そうなのか……ありがとう。さすがに死ぬかと思ったよ。どのくらい寝てた?」

 「丸一日は。本当に死にかけていたので僕たちで治療をしました。あ、体に関することは僕じゃなくて女性が担当しましたからね」


 彼は、チラッチラッと手の隙間からセージを窺うばかりで、目を合わせようともしない。若干顔も赤い。


 「ところで何で顔隠してるんだ?」

 「服を……服を着て欲しいなぁと」

 「服……? あー、そういうことか」


 セージは、彼の視線の先を追いかけてみた。服がはだけて肩と胸元が露わになっている。

 本人からすれば見られて恥ずかしい要素が何一つ無い。例え胸だろうが、お尻だろうがである。生き延びるためには裸に羞恥を感じるような神経質ではいられなかった。なにより、社会の中で女性の振る舞いの経験をほとんど積んでこなかったのだ。理解できないのも無理はない。

 だが、顔を合わせてくれないのでは進む話も進むまい。服をちゃんと着た。明後日の方角に興味深い物を見つけたらしい彼の肩を叩く。

 振り返った彼の目つきは、何とも形容しがたい感情を孕んでいた。


 「ロリコンさん、服着たぜ」

 「ろりこん? 誰ですか、それ」

 「なんでもないよ命の恩人さん。命の恩人さんじゃ長いから名前を教えてくれると助かる。ところで、丁寧な喋り方にした方がいいかな……今更だけど恩人に対する態度じゃないし」


 気分を害したなら謝ると言うと、彼は首を振った。


 「僕の名前はルエと申します。お堅いのは嫌いなので構いませんよ」

 「俺の名前はセージ。よろしく」

 「ルエって女の名前じゃないのかと思いませんでした?」

 「……いや、俺はこっちのせか……こっちの里の名前は詳しくないから」

 「とにかく、よろしく」


 二人は握手した。

 その後、セージはルエに里の案内を頼んだ。

 里の構造を大雑把に説明すると穴であり、元々ドワーフの住処だったということである。彼らは人を避けて更なる奥地に向かっていった。その後からやってきたエルフが名残を利用したらしい。

 里は川が氾濫してもいいように完全に密閉できるように作られ、地底では食糧や医薬品などになる植物の栽培が行われており、例え埋められようが、食料供給が途絶えようが生きていけるようになっているという。

 セージは、里と言うよりシェルターのようだと感慨を抱いた。

 案内の最中で、光キノコと苔があちこちにあるのに気が付き、これは持ち運びできるかと聞いてみたが、日光に弱いと言われた。なら岩はどうかと聞くと大丈夫らしいとわかった。

 しばらくしてルエが足を止めた。セージは、彼のすぐ後ろで立ち止まった。肩越しに前方を見れば、正面に巨大な空間を認めた。


 「そしてここが主縦坑です。一番下で長老がお待ちです」

 「うわぁ! ……深い」


 ルエが腕で示した先には巨大な円柱状の空洞があった。

 セージらが居る場所が空洞の頂上の位置だったのだ。手すりにしっかり掴まって下を覗き込んでみると、木と岩の歩道が螺旋を描いて地下に向かっているのが臨めた。気が遠くなりそうな高さ。高所恐怖症の者には地獄への入口であろう。

 セージは、巨大な空間を掘り抜いたドワーフの技術と労力に感嘆した。

 円柱状の地下空間の壁には穴があり、扉が存在した。他の場所への通路らしい。荷物を担いだエルフやら、子供のエルフやらが出たり入ったりしている。

 さらに目を凝らすと、光る苔とキノコが壁に生えている。松明を使わないのは空気を汚さないためなのだろうか。

 壁面や通路には金属の管が複数伸びていた。また、螺旋通路の所々に大型の滑車が設けられていた。

 ルエがよく通る美声で解説してくれた。


 「あの管は音を運ぶものです。我々の里は入り組んでいますし、穴の上の者と下の者が意思疎通するのに不便ですから、これを使います」

 「滑車は?」

 「物を運ぶものです。我々を大勢運ぶ装置も取り付けられる予定です」

 「エレベーターか……」

 「誰ですかそれ? エレベウスという先人ならいらっしゃいましたが」


 セージは、居るんだそんな名前の人と思った。

 ともあれ、この里に見学しに来たわけではないわけである。さっそく目的を切り出した。手すりを背後にするのは怖かったので、横にして立つ。


 「いいや、こっちの話。俺はこの里の長老に届けるものがあってね、死にかけてたのはそれが理由」

 「……届けるものがあるのに一人だけで、しかも馬も竜も乗らず徒歩で……ですか?」


 流石に説明が簡単すぎた。神様に殺されて異世界に来ましたと言う説明は口が裂けても言えまい。したところで頭のおかしいエルフと思われるかもしれない。誰もが長老のように理解ある人柄ではないのだ。適当な誤魔化し文句を考える。

 ルエが不審そうに眼を細めた。

 いくらなんでも子供が外の里から徒歩でやってくるのは不自然過ぎるからだ。

 己の目的と今までのことを掻い摘んで要約した内容を語らんと。


 「本当は修行の為かな。目的を果たすためには修行が必要と長老に言われてる。届け物をする修行というかなんというか」

 「そうでしたか。ところでご両親は?」

 「いや、両親は居ない」


 セージは、この世界にはな、と心の中で付け足した。

 ルエがばつの悪い顔をした。両親が亡くなったという意味で捉えたのだろう。


 「迂闊な質問をしてしまいました」

 「いいんだよ、俺は気にしない。長老のところに行くにはどうすればいい?」

 「僕が案内します。もとより、長老に連れてくるように仰せつかっていました。それに長老の建物に入るには僕の顔が必要ですからね」


 その前に。


 「部屋に渡すものを忘れてきた。戻りの道を案内してくれ」


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