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<外伝>森淵の攻防

感想でご希望のあった他の人視点の作品です。

長老のになってしまいましたが。

 鋼鉄製の盾を構えた屈強な兵士たちが、森と平地の淵で戦っていた。

 矢と矢の応酬。魔術飛び交う戦場。人が死に、エルフも死ぬ。刺しては刺され、悲鳴は血の香りに揉み消されていった。


 「盾を構えろ!」


 戦場の指揮を執るのは、やつれた顔をした一人の男である。のちにエルフの里で長老と呼ばれるようになる男の若き姿であった。

 男は手に持ったミスリル剣を強く握り、天から雨あられと降り注ぐ矢を盾で受け止めた。複数人がの盾がまるで一個の塊が如く、矢の雨を受け流す。盾越しに伝わる感触は死の気配。

 人間側とエルフ側の物量の差は圧倒的であり、人間が5に対しエルフは1という有様であった。人数にして1000人弱対200人。

 だが、人間側の兵力は一向に森を進めず、平地に押しとどめられていた。

 なぜか。

 答えは単純明快――エルフという種族の単体戦闘力がずば抜けて高いからである。経験を積んだエルフは個人で軍を薙ぎ払い、地形まで変えると言われることから想像がつくであろう。

 そして指揮をとる男もまた、幾度の戦場を越えてきた歴戦の戦士であった。

 第二波の矢が降り注ぐより早く、エルフ側の弓兵が応射する。外の世界では実用化のめどが立っていない器械式の弩による狙撃が、人間側の兵力を的確に削り取る。

 森という自然の防壁が矢を防いでいるため、人間側の射撃は当たらない。

 弓兵達は緑色の服を着込み、体中に木の枝を付け、緑と茶色の戦化粧をしており、まるで自然そのもののように戦っていた。森に生きる住民の知恵は伊達ではない。

 隊の先頭で、男が剣を天に振り上げた。ミスリルが魔力に感応して淡い色彩を醸し出した刹那、男の口から紡がれる言葉で変貌する世界に同調した。

 人間側の矢の一斉射が、あろうことか空中で静止する。時が止まったように。

 どよめく人間側の兵士たちに対し、矢は向きを一回転すると、順々に流星群となりて襲い掛かった。弓兵の半分がこれで死んだ。

 エルフに槍を突き出した兵士は、突如発生した火炎に全身を焼かれ死んだ。

 エルフに剣を振った兵士は、剣と接触するや感電死した。

 魔術を放った兵士は、それ以上の威力を有する魔術によって殺された。

 隊を指揮する男は仲間に号令を出すと、次々散っていき、前衛の兵士たちを切り刻んでいく。

 思い出したように、人間の弓兵達が距離を離し、弓を射かけてくる。統制がとれず各自で射掛けてくるだけで、効果は薄い。

 装備もバラバラで、訓練を受けてもいないことが容易に理解できた。お雇いのを差し向けてきたのだろう。

 ミスリルの剣で矢を叩き落とし、身を捻るように次の矢を躱せば、槍で突っ込んでくる兵士の一撃を跳躍でいなし、頭を蹴り折って槍を奪い取る。


 「おおおおおおっ!!」


 槍を片手で投擲して一人を仕留め、すかさず地に降り立てば魔術の放射で生じた『圧』で三人ほどを吹き飛ばす。


 「こんにゃろぉぉお死ねぇぇぇ!!」

 「気合は十分だが!」


 奇声を上げて突っ込んできた人間の槍を、剣で体の右側に逸らせば槍を引っ張り、顔面に拳をお見舞いする。顔面を剣で串刺しに。脳漿が飛沫になった。

 次の人間が、剣で斬りかかってきた。馬鹿正直な上段から下段に抜ける振り下ろしを受け流し、肩で体当たり。よろめいたところを、横を疾風が如く通り抜けざまに顔面をスライス。

 戦いに精一杯で背後に気が付いていない人間の背中を突き刺し、肩を掴んで方向転換させた。次の瞬間、まだ若い人間の槍の一撃が、『盾』の腹に突き刺さった。

 驚愕の表情を浮かべる人間に手を向け、呟く。

 見えない力が人間の全身の骨を粉砕した。崩れ落ちる人間。生きてはいない。

 男の横から、槍が投げ込まれた。それは男の肩を貫き首に刺さる運命であった。

 だが、火炎の薙ぎ払いが槍を蒸発させたことで運命は狂った。


 「隊長、突出しすぎです」

 「私が前に出なければ皆が死ぬ!」


 長髪のエルフが飛び込むや、魔術を詠唱し、火炎放射で数人を炭にした。鉄製の鎧も、こんがりと焼かれては意味をなさない。

 エルフ側の弓兵に混じった魔術専門の兵達が、声を合わせて火炎弾を発射した。森の影から飛来したそれは、空中で分裂し、ヒューッという口笛のような音を伴って戦場を焼いた。

 火力の隙間を埋めるように、弩から次々狙撃が開始される。

 戦闘の主役を担う槍兵よりも、馬に乗った指揮官が狙われた。正確無比な射撃が指揮官の頭部や胸を穿ち、たちまち前線の指揮は崩壊する。

 さらに、魔術の再詠唱を終了した各魔術兵達が、光の光線を発射して、人間の兵だけを狙い打っていく。

 ただ狙い撃つだけではなく、撃っては動き撃っては動きを繰り返すことで場所を悟られないようにするのであるからたまらない。

 人間側は森に火を放とうとするが、目的が適うことは無い。魔の森が焼け落ちることなどありえないし、もし火がついてもエルフが消火作業に移るのだから。

 矢を盾で防ぐ。

 散漫な矢の射撃が戦場に降り注ぐが、あろうことか同じ人間をも貫くのだ。指揮官らしき中年の男が指示を出しているが従うそぶりもみせず、逃亡する者もいた。

 士気は完全に失われ、前衛の近接装備の人間達の中にも逃げ始める連中がいた。

 男はここぞとばかりに雄叫びを上げると、大きく振りかぶって腰の小剣を投げつけ、一人を始末した。威圧的に地面を踏みしめ剣を回収すれば、腰に戻す。

 エルフ特有の端正な顔立ちはしかし血に塗れた鬼そのものであった。

 兜の位置を手で直せば、声を張り上げた。


 「盾を構えろ! 前進するぞ!」


 盾を腰だめに構え、集合を号令した途端、仲間らが一斉に集まって一つの装甲と化した。

 散漫な矢のは装甲に一目散に飛んでいくが、弾かれるだけ。人間側が魔術の砲撃を放っても装甲は一枚たりとも剥がれない。それどころか放たれる魔術で殺される。

 盾そのものにも魔術的な強化が成されていることもあり、生半可な攻撃ではびくともしない鉄壁そのものであった。

 約10人が真正面から突っ込んできた。槍を突き出す。盾で受け止める。


 「やれ!」


 盾が隙間を空けた刹那、火炎と電流と氷の槍が10人諸共粉砕した。人肉の破片が盾を汚す。盾の塊がじわじわと前進し、点々と飛来する矢を受け止めた。

 さっと盾の塊が崩れ、男を先頭に鏃となった。


 「進めーッ!」

 「全軍前へ!」


 男と長髪の号令で、全ての部隊が喊声を上げて突撃を開始した。

 それを見た人間側の兵士たちは慄き撤退を開始した。



 戦が終わった。

 戦場に転がっているのは死体とそして死体である。

 首を切られた死体。胸から剣の生えた死体。矢が刺さった死体。焼死体。凍りついた死体の破片。血の海に沈んだ人間とエルフの死体。刺し違えたのか、エルフと人間が抱き合ってこと切れた死体もあった。

 辺り一帯には生臭さと焦げ臭さが入り混じった不快な煙が散漫していた。

 まず前衛を突出させることであえて弓兵に弓を射掛けさせ足を止めさせる。魔術で近接兵を含む広範囲を薙ぐ。森の遠距離攻撃部隊の支援をもとに前衛が戦線を押し上げる。

 やったことはそれだけだ。魔術を行使できる人間を複数集めて運用すること。精鋭による戦場掻き回しを実行すること。

 男は顔の血を拭うと、腹に矢を受けて倒れている仲間の元に駆け寄り、ただちに回復魔術を行使した。不可視の力場が矢を粉々に粉砕して宙に放りだす。傷口が締まる。血液の流出が食い止められた。

 イメージを内部へと張り巡らす。幸い、矢は内臓に致命的な損傷を与えていないことがわかった。止血、止血、止血、傷口という傷口を結合する。

 男に癒しの力の適性は無かったが、毛細血管の一本に至るまでを動かす力はあった。

 まだ若いエルフの女性兵士は苦痛の表情を浮かべた。


 「ぐ、あ゛………隊長……痛いです……」

 「馬鹿もの……痛くない傷があるものか……終わった。ぞできるなら自分で歩けるか」

 「厳しいです」

 「だろうな、今のは冗談だ。私が運ぼうお嬢様」

 「らしくないことを……」


 男は女性兵士を抱えて立ち、森に向かって歩き出した。

 長髪のエルフが、肩に包帯を巻いたエルフの歩行補助をしつつ、横に並んだ。


 「3人食われました」

 「3人」


 長髪の彼は前を見たまま答える。打てば鳴るように。

 男は顔をゆがめた。3人もの戦士が召されてしまった。エルフの里の総人口から考えれば重大な損失だった。


 「怪我人は」

 「18人」

 「多いな」

 「確かに。実戦を経験させようと新兵を前に出したのが悪かったのではないかと」

 「大規模戦闘に放り込むよりマシだ」

 「連中、お雇いのをさんざん殺され頭にきて復讐挑んでは来ませんでしょうか?」


 もっともな疑問。

 男は薬草汁でも飲み干した直後の顔になる。


 「植民地化した国から雇った連中だと思うが」

 「ああ、むしろやられた方が好都合と」

 「こちらには都合が悪いことこの上ない。戦うよりも内側に引きこもった方が被害は減らせるはずだが、どう思う」

 「いい案ですね。ただし森が破られた時にその案は灰燼に帰すでしょう」

 「巨老人の里のように要塞化すべきではないかと思っている」


 それだけの労働力をどこから捻出するかというのが問題だがと男は続けると、森から出てきた魔術兵に女性兵士を引き渡し、次の怪我人の看病に向かった。

 次の怪我人は比較的軽傷であったので簡単に治療をすると森に送った。

 エルフの兵士たちはこぞって敵兵の装備を剥がし、肩に担いでいる。だが皆嬉しそうな顔もせず暗調をかぶっているようだ。

 男も地面に刺さった剣を抜く。

 これも貴重な資源なのだ。いくら鉱山を森の奥地に有するとは言っても限度がある。使えるものはなんでも使う必要があった。

 男が神妙な顔つきで剣の造形を確認していると、長髪が寄ってきた。彼は副隊長であり男の戦友であり親友である。


 「死者の剣を持ち帰るなど許されざることだな」

 「今更それを言いますか? 精霊も許しましょう」


 長髪のエルフも槍を数本肩に担ぐ。腰には剣が何本もぶら下がっている。


 「帰るぞ。日が暮れてしまう」

 「そうですね」


 男は隊を率いて里に帰還した。

 日が黄昏を帯びた中の帰還だった。


イメージ:『300』

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