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<19>里を目指せ

里を出発する話です。


 エルフと人間を明白に分ける要素とはなにか?

 肌――ではない。白い肌を持つ人間などいくらでもいる。

 目の色――ではない。基本的にエルフも人間と同じ色の瞳である。

 先天的魔術適性――ではない。先天的に適性がある人間もいる。

 答えは単純明快である。耳、である。エルフの耳は尖っており、人間の耳よりもよく動くという特徴がある。エルフか人間かを選別するのに、耳を確かめるのが最も早い手段である。

 逆に考えれば、耳さえ人間のそれに整形できたのなら、エルフか人間かを区別することは困難になるのだ。

 セージは長老に『耳をどうにかできないか』と尋ねてみたが、断られた。自分で斬り落とすことも考えたが、止めた。エルフが耳を削ぐなど種族への侮辱もいいところであろうと。里にたどり着いたはいいものの耳が無くては怪しまれる。

 その日はアネットの家に帰ることにした。

 準備をするのと、心の支度をするために。

 家に帰ってもアネットはいなかった。一抹の寂しさを抱いてベッドで寝た。頭がごちゃごちゃしてまともに考えられなかったからだ。意識が飛ぶ。夢は見なかった。

 少しして、アネットが帰宅した。光と音による無効化魔術をモロに食らったというのに、自力で立ち上がって、しかもきっちり里の仕事を片付けてきたのである。

 長老のところで旅の装備一式を貰い受け、帰宅してみればセージがすやすやと寝ている。

 暢気なものだなと寝顔を覗き込む。

 時間も無いので、旅具のサイズが合うかを上から宛がって確かめてみる。もっとも小さい装備を選んでおいたが、大きすぎるかもしれないと。

 サイズは合っていた。

 ふと、セージは甘い花の香りに目を開けた。美しい造形の顔が目に映った。


 「………ぁ、アネットさん」

 「起きたか。寝ておけ、明日出発なのだろう……その前にご飯か。できたら起こすからな」

 「すいません」


 アネットの好意に甘えて、ふたたび眠りにつく。優しい声が嬉しくも悲しげに聞こえた。

 セージはアネットに起こされてご飯を食べると、また眠りについた。熟睡した。

 翌日。


 「似合わないわね……」

 「見た目はどうでもいいんですから」


 里の入口にセージとヴィヴィとアネットが居た。

 長老は仕事で忙しく来られないとのことである。他の出迎えも特にない。騒ぎを大きくすべきではないという判断があったのだ。情報は可能な限り隠すべきだと。

 セージの格好は、ヴィヴィの感性からして似合ってない。アネットの目にもそう映っただろう。

 関節部を覆う皮板。右肩から左腰を防御する薄皮は、弓を射る際に胸が引っかからないようにとの配慮が見て取れる。腰のベルトは杖や剣をぶら下げられるようになっており、ミスリル剣と小型ナイフがあった。背中には布製バックパック。

 服は、隠者が着込むようなフードが顔に暗調を落とし、エルフの耳を視線から遠ざけているのもそうであるが、黒と茶と緑を多用した目立ちにくいものである。

 まるで戦闘服ではないか。


 「でも、この服なら子供っぽく見えないし被ってれば耳も見えないわ」

 「そうだな……重くは無いか?」

 「思ったより軽いです」

 「弓はいいのか? 弓は狩りでも使えるぞ。器械弓でもいい」


 剣だけでは不安だろうと、アネットが腰を指さした。村長が用意してくれた服は弓を使う人間のことを考え胸当てがついており、持っていかないのかと聞かれるのが当然だった。

 しかし、弓を一度も訓練したことがない人間にとって、お荷物にしかならない。

 セージは里の入口を守る屈強なエルフをちらりと見遣り、二人の顔に交互に視線を配った。


 「荷物は軽いほうがいいですし、俺には扱いきれるものじゃないですから」

 「もっと練習していけばよかったわね! ……私は皮肉で言ってるんだから」

 「しつこいようだが、本当に行ってしまうのか……?」

 

 アネットとヴィヴィはそう言い、セージの顔を見つめてくる。

 気まずかった。だが、引くこともできなかった。若気の至りとでも言おうか、

 

 「行きます。でも安心してください。里を辿っていくので、危険は少ないと思いますから」


 セージは、二人に握手を求めた。

 アネットと握手をする。皮の硬いところのある、大人の手。ゆっくり上下に振る。


 「死ぬなよ」

 「死にません」


 次に、ヴィヴィと握手をする。

 柔らかく小さい手。子供の感触がした。肌を通して伝わる体温が心地よい。ゆっくり振るのかと思いきや、ヴィヴィはぎゅっと握ってブンブン振った。痛かった。

 ヴィヴィが目尻に力を入れて睨んで来たので、睨み返しておく。


 「死んだら許さない……呪うわよ」

 「私……俺は死にません」

 「一ついいかしら」

 「なんでしょう」

 「……なんでもないわ。気を付けなさい」

 「何を聞こうとしたんですか?」

 「ああんもうっなんでも無いったら!」


 聞き返すと、ヴィヴィは赤面して腕を組んでそっぽを向いてしまった。

 続きは帰ってきた時に聞こう。半年先か、一年先かになるかも分からなかったが。

 セージは入口を守る守衛に一礼すると、里の外に向かって歩き出した。少しして振り返ってみると、魔術を教えてくれたアルフがアネットとヴィヴィの横に立っているのが見えた。

 手を振ると、三人一緒に振り返してきた。


 里の周囲を守る森を抜けるのは意外にも簡単だった。元来た道を戻るように、川を下っていけばいいのだから。

 森に巧妙に隠された落とし穴と仕込み矢に引っかかりそうになった点を除いて。前者の罠は穴の底に杭が仕込まれた殺意溢れる罠で、後者は矢じりに黒い謎の液が塗られたものだった。

 あらかじめ罠の情報を耳にしていなければ、死んでいた。

 森を向けた後は、山沿いに里を目指す。向かう最初の里は峡谷の隙間にひっそりあるという。頼りになるのは長老から預かった地図だけである。

 地図と言っても現代のそれとは程遠い。大雑把に都市や山岳や川などが記されているだけである。長老が書いたと思われる、小目標となるたとえば『尖った岩』『朽ちた墓場』があるとはいえ、不安は残る。

 現代社会のように便利な交通手段も無ければ、案内標識も無いし、ナビゲーション・システムなどもってのほかである。

 馬が使えれば時間を短縮できたかもしれないが、馬の扱いを知らなかった。

 無い無い尽くしで里を出てきてしまったということである。

 森を抜ける際に採取した木の実を口に放り込む。小鳥がついばんでいたところを横から掻っ攫ったのだ。鳥が口にできるのなら、人間が口にしても問題ないだろうと考えたのだ。

 木の実はアクが強く果肉が消しゴムの滓のように残るものだったが美味しく頂けた。

 干し肉等の保存食はあるが、可能な限り節約するか外から食べ物をとってこなくてはならない。

 いずれ、動物を殺さなくてはいけないだろう。皮を剥ぎ、内臓を取り出して、肉を採るのだ。木の実や雑草に頼っていては効率が悪いからである。

 森でいくつかキノコを見つけてバックパックに放り込んでおいたが、口にすることはできなかった。万が一毒を持っていたら死の危険がある。魚か鳥に食わせて確かめなくてはいけない。

 セージは森を抜けると、最初の渓谷の里に向かって歩み始めた。


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