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<17>秘策

日付過ぎちゃった件


 翌日。

 学校で目を覚ましてみれば、生徒達が悪戯をせんと扉や窓から侵入を試みるのを学校医が食い止めるという混沌とした状況下にあるのに気が付いた。

 ちゃんとベッドを部屋の隅に配置することで気が付きにくくしておいたというのに、子供にはお見通しだったのである。ヴィヴィが子供たちを追い払ってくれなかったら面倒なことになっていただろう。

 聞いたところ、今日は現代社会で言うところの休日に当たるらしく、授業は無いそうである。

 私も手伝ってあげると、ヴィヴィが大真面目に言って離れないので、セージは用意すべきものと事柄を告げた。

 二人は、最初に塗料を手に入れるべく相談し、結局自作することにした。作り方はいたって簡単、燃料用の炭を磨り潰すのである。

 ヴィヴィは、炭を岩で磨り潰す作業をしながら、怪訝な表情を隠さない。

 セージはその炭を、汲んで来た水に湿らせ指に付けると、ヴィヴィに見せた。


 「これって何に使うわけ? 畑に撒くのかしら?」

 「いいや、塗る」


 ヴィヴィが首の角度を深めた。


 「精霊に勝利を約束する戦化粧にするのなら白とか赤を使いなさいよ」

 「違う違う。瞼に塗る」

 「瞼だけに?」

 「その通り」

 「お日様が眩しいとき目の下に塗ることはあるけど、瞼に塗っても……」

 「いいからいいから」


 ヴィヴィは質問をしようと口をパクパクしたものの、せっせせっせと瞼に塗りつけ出したセージを前に何も言えなくなってしまった。

 セージは瞼に塗りつけた塗料を糊代わりに炭の粉を付けていく。やがて、瞼と眉は真っ黒になってしまったのだった。太陽を見上げて、効果を確認すれば、満足げに頷いた。

 何をしているのだろうと覗き込んだヴィヴィが吹き出す。


 「なによそれっ! 面白ーい! 私もやるから!」

 「遊びじゃないです」

 「遊んで何が悪いのかしら!」

 「悪かないですけど……」


 ヴィヴィが水の入ったバケツを横からさらって、炭化粧を作った。

 頬、額、鼻と塗りたくり、器用にも瞼にもう一つの目を描いた。目を閉じていても開いているように見えるアレである。


 「どうよ!」

 「いったいどういうことですか!」

 「第三第四の目! 我ながらよく描けたと思うわ」

 「見えてないでしょうに」

 「そうね。欠点は出来上がりを自分で見ることができない点ね」


 そんなわけで、二人は汲んで来た水で顔を洗うと、次に準備すべき物を探した。

 一つはコルクのような材質の木と、蝋燭の蝋か油である。後者は比較的簡単に入手できたのだが、前者は思うように見つからない。コルクでなくても程よい柔らかみがあれば木に拘らないとしても、見つからない。

 元の世界では容易く入手できたゴムなどの品も、この世界では手に入らない以前に発明されていない。

 仕方がなく普通の木で代用することにした。

 セージはその木をせっせせっせとナイフで削っていき、凸の字に近い形状に成形した。一つ目は力加減を誤りおしゃかにしたが、二つ目はうまくいった。それを油で柔らかくして布きれをきつく巻いた。完成である。

 それを見ていたヴィヴィは、ますます首を捻るのだった。


 「なんなのそれ? ごみ?」

 「ゴミじゃなくて勝利をもぎ取るための防具です」

 「どこを守れるというの」

 「それは……明日の秘密です」


 セージは不敵な笑みを見せつけてやった。

 その日はヴィヴィと別れ、訓練場で一日を潰した。体術、剣術の練習よりも、魔術の練習が八割であったことは言うまでもない。

 後日、セージはアネットを呼び出した。

アネットが来るまでの間に、準備を整えてしまう。

 炭を水で溶いた塗料を瞼に塗りたくり、ついでに目の下にも塗す。前髪を目に垂らす。木の細工物に油を足して、耳に詰める。上から蝋燭の蝋で蓋をする。外の音が遮断された。

 精神を研ぎ澄ますために、訓練場の方を向き、あぐらをかいて精神統一をする。

 傍らに木の剣は無い。

 数十分ほど経過した頃だろうか、精神の淀みの一切が沈殿した頃、アネットがポニーテールを揺らしながら颯爽と登場した。

 アネットは手を振りつつ近寄ってくれば、目のまわりを真っ黒にしたセージの異様さを目にし、ぎょっとした。人差し指を己の目にやった。


 「私を倒せるようになっ……………セージ……聞かない方がいいと思うが目をどうした」

 「……………」


 音が聞こえないため、唇の動きで読むしかないが、わからない。

 しかし指で目を指したので、目のことについて質問しているのだろうと予想をつけた。

 セージは手を突き出し会話を制すれば、お尻を叩きながら立ち上がり、ゆっくり喋った。自分の声が骨伝導して、くぐもって聞こえた。


 「気合を入れるために化粧してみました。早く始めましょう、アネットさん」

 「構わんよ、いつでも」


 二人は距離をとったところに立ち、相対した。

 セージは呟いた。


 「〝フレイムソード〟」


 瞬時、火炎が旋風となりて手から生える。

 火炎は瞬く間に硬質な形に縮小し、凝縮されれば、細く鋭い剣へと姿を変えた。片刃、尖った切っ先、緩やかな反り返り、角ばった鍔……日本刀のそれである。

 刀剣類の中で最もイメージしやすかったのは、青少年なら誰もがあこがれを感じる日本刀だった。それだけの話である。

 ぼんやりとした剣しか形作れなかった少し前と比較すれば驚くべき進歩である。

 アネットは、ほぅと感嘆の声を漏らせば、右足を半歩引いた構えを取った。


 「………」

 「………」


 どこかで鳥が鳴いた。


 「であああッ!」


 先手を取ったのはセージだった。

 剣を構え、制御化にある全速力で距離をゼロに近づけていく。心臓が早鐘を打ち、火炎の剣もとい日本刀が火の粉に成り果ててしまう未来図が頭をよぎった。

 次の瞬間、アネットの唇が震え、言葉を紡いだかと思えば、刹那に誕生した蜃気楼が光線となりて襲い掛かった。


 「ぐっ!?」


 火炎の日本刀は、蜃気楼の揺らめきに晒され訓練場の天井まではじけ飛び、突き刺さった。砕けて消えた。アネットが指を突出し、セージの方に向けている。指から何かを飛ばしたことは理解した。

 日本刀を呼び出せる心理的余裕を失えば、突っ込むだけである。

 拳を固め、顔面に突く。


 「まだまだ甘い!」


 躱され、足を引っかけられて転倒する。受け身に成功。

 起き上がろうとして、殺気を感じた。敵意とも、攻撃の意思ともとれる感覚に、総毛立つ。尖った耳がぴくんと痙攣す。

 咄嗟に転がった瞬間、一条の光線が今しがた居た地面に突き刺さり、半透明の網に変化して踊り狂った。捕縛用の魔術か。命中すれば身動きはとれまい。

 アネットの指が、セージを狙う。

 距離、3m。

 セージは突進を慣行し――手の平をアネットに向け目を瞑った。

 コンマ数秒後、アネットの視界と聴覚に暴風が吹いた。


 「――――」


 経験と本能に従い、腕を払う。柔らかいものがぶつかる。絡まってくる。力で引き離そうとして、しくじる。転ぶ。白亜の視界と、キーンという高音の中でもがく、アネット。

 回復魔術を行使して目耳を癒そうとした次の瞬間、馬乗りになられたのを肌で感じた。

 あ、と声を上げる前に、頬を張られていた。

 ――スタングレネード。

 元の世界では特殊部隊などで使用されるシーンがニュースで放映されるなど、広く知られた武器であった。

 セージが練習していた魔術とはこれのことだった。

 純粋な体術や魔術で勝てないのなら、相手の不意をついて視覚と聴覚を奪い、攻撃するという目つぶし作戦。砂を投げることも考えたが、アネットに通用するとは思えず、こちらにした。

 光と音が自らにも害を及ぼすことが想定されたので、瞼に黒い塗料を塗り、木の耳栓を用意した。

 練習の結果、光と音の作用方向をある程度絞ることができるとわかったが、保険は必要だったと痛感する。さらに練習を重ねれば効果範囲を相手の身に限定できるかもしれない。

 動きを止めたアネットに駆け寄り、押し倒し、頬を張る。グーパンチは、セージにはできなかった。

 アネットの体は予想より遥かに柔らかかった。

 

 「……ふふふ………ふふ……目つぶし……音………うかつだった……私の負けか」

 「アネットさん、卑怯な戦法でごめんなさい」

 「謝ることはない。君の姿を見て、考えなしに突っ込むことしかできないと油断した私が弱かったんだ。実戦なら……」


 アネットは虚ろな目を彷徨わせたまま、笑う。首に親指を当てて横に動かしてみせる。刃なら死んでいたと。

 強力な閃光と音を食らったというのに、既に回復し始めているあたりはさすがであるが、堪えたらしい。ポニーテールが押し潰れて曲がっていた。


 「長老に報告しておく。私は負け、君は勝った。できればここに居てほしかったが……君を止められる人物は誰もいない」

 「私……俺にはやることがあるんです。この里はいいところでしたが、すぐに発ちます」

 「わかった。少ししたら行く」

 「先に長老のところに行ってます」


 セージは訓練場を離れると、一目散に塔に向かった。


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