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<14>勝てなくて


 受け止められるまでもなく、斬り込みはことごとく躱された。

 拳は受け流され、蹴りはくぐられた。タックルすれば足を引っかけられて転んだ。

 焦燥感が募り、大振りな攻撃を実行した。


 「やあああっ!!」

 「甘い!」


 剣の形に削られた木剣を振りかぶるや、踏み込みを加えた前進に突きを乗せて攻撃する。

 足運びは荒削り以前の幼稚なもので、突きながら叫ぶのではなく、突く前に叫ぶ有様となれば、木剣で受け流されてしまう。

 剣の切っ先が地面にめり込み、余剰分の力が握りしめた手を伝導して骨が軋む。

 アッと息を呑む間もなく、アネットの足が己の踵に回り、むんずと顔面を掴まれ地に投げられた。鍛えられない部位とされる脳が揺れ、意識が円環を描いた。

 遅れてアネットの美しく光を反射する髪の毛が後頭部について、肩からこぼれた。

 試合という名前の格闘が始まってから主観時間にして2時間。セージは、武器ありで挑もうが素手で挑もうが赤子の手を捻るように易々と阻止され続けていた。

 ただでさえ子供の体。武術の心得なし。喧嘩の経験薄し。という悪条件が重なった上の戦いである。歴戦の戦士たるアネットにすれば相手にもならないのは目に見えていた。

 長老は、勝てっこない状況を作ることで、セージを外に出さんとしたのだ。

 子供に旅路を許可して死なれるようなことは、いかなる理由があれど彼にとって許容できることではなかったのだ。

 地面に倒れ朦朧とした様子のセージを、アネットは手も貸さず一定の距離を取るべくじりじりと後退する。

 足運びは、音を立てず、氷の上を滑るかのようであった。


 「どうした? 私に一撃を入れなければ里の外には出れんぞ」

 「……………」

 「ムキになるのが構わないが……今日は休め。明日からだ。長老は試合に関して私に全てを任すと言われた。今日の試合はやめ、明日の試合にかけよう」

 「……明日倒します」

 「出血は無いな? あったらすぐに治療する」

 「ないです」

 「自分で帰れるか? 私が背負ってもいい」

 「少しその辺で訓練してきます」

 「そうかわかった。私が教えてもよかったが、手の内を知られるというのは賢くないか」


 アネットが優しい声で接してくれたのが、嬉しくも悲しくも心に作用した。彼女はくるりと優雅に踵を返すと歩き去った。

 修行場というのだろうか、訓練場とでも称すべき広間の真ん中で、セージが大の字で倒れて天井を仰いでいる。

 長老に与えられた条件を満たすべくさっそく試合をやってみれば、このザマである。

 セージがアネットと遭遇した時のことを思い出してほしい。

 アネットは罠を作って侵入者を排除しようとしていたわけである。一定の戦闘能力が無ければ勤まらないのは言うまでも無く、ズブの素人が戦いを挑んで勝てるはずもなかった。

 セージの知らぬことであるがアネットはそれなりの実力者だったのだ。

 肉体戦で及ばないのなら、勝率があるとすれば、魔術を使う他に無い。

 致命的な問題点として魔術を使用すると(攻撃力を持つ程度の)鼻血を噴いて卒倒することが挙げられる。

 遠距離から弓でも射掛けてみるかと考えるが、アネットに対し通用するイメージが湧いてこない。そもそも、弓に触った経験すらないというのに。


 「あんときの魔術さえ発動すれば……つってもアネットさんに当たるわけが無いんだよなぁ………アネットさんってたぶん幻術とかの類を使うんだろうしリアル残像だしか想像できねー」


 大の字から、上半身を起こす。

 別の場所では弓矢の発射音が聞こえてきて、また別の場所からは魔術と思われる氷の割れる音が聞こえてくる。

 向こうは魔術専用の訓練場なのだろうか。

 とりあえず、木剣を拾い上げ、腰帯に差して立ち上がり、歩き出す。

 他の施設と違い頑丈な岩のブロックで組まれた訓練場に足を踏み入れると、空間から無数の氷の刃を出現させて鉄の柱目掛けて射出する女の子が居た。

 

 「うおっ」


 雷電が如く空間を走り抜けたそれは、鉄の柱に衝突するや轟音を立てて砕け散り、四散した。そしてきらめく粉となり瞬いた。


 「違うわね……もっと激しくないと………」


 その女の子はしかめっ面を作れば、親指と中指を合わせ、何事かを呟いた。

 パチンッ、指を鳴らした。

 世界が意思の力で変動。次の瞬間、女の子の背後にずらり大量の氷のナイフが出現し、雨あられと鉄の柱目掛けて殺到した。

 鉄の柱が氷の柱と化した。

 否、氷粉塵の濃度が高すぎてそう誤認したのだ。

 女の子はしかし納得しない表情を崩さず、氷の剣を取り出してみたり、槍にしてみたり、驚くほど自由自在に魔術を行使してみせた。

 火を一瞬つけるのが精一杯のセージにはそれはまるでおとぎ話だ。

 ふと、女の子がセージの方を見遣った。きのこでも生えそうな悪い目つきで。


 「何見てんのよ」

 「いえ、すごいなって思いまして」

 「これしか取り柄が無いから仕方ないじゃない。でも火力だけじゃ家は建てられないし、森は癒せないのよ。不便よ、ホント」


 女の子は魔術の使用により疲労しているのか、重いため息を吐くと、セージの顔をじっと見つめた。

 

 「見ない顔ね」

 「外から来ました」

 「外? 森を抜けてきたの?」

 「ええ」


 セージは事情を一通り説明し(神様に転生させられましたのくだりは信じて貰えなそうなので適当にごまかした)、自分が今アネットに勝利しなくてはいけないことを告げた。

 すると女の子は当然のごとく首を振ったのだった。


 「私は魔術の射ち合いなら勝てる自信があるわ。でもね、何でもありの取っ組み合いとなるとアネットさんには勝てない。実戦となれば圧倒されるわね」

 「あのぅ」

 「なによ」

 「魔術を使おうとすると鼻血出てぶっ倒れちゃうんですけど」

 「私だって最初はそんなもんだったわ。くらっときて湖に飛び込んじゃったの」

 「じ、実は……」


 「できれば今日中に勝ちたくて……」

 

 女の子はポカーンと口を開いた。

 何言ってんだコイツとでも言わんばかりに口をヘの字に曲げ、腕を組む。


 「ムリよ。無理無理絶対にムリ。ひのきの棒で鉄の剣に立ち向かうようなもんよ、不可能だわ。そんなに早く勝ちたいなら一点特化の攻撃魔術でも使えるようになって、不意打ちでもすることね」

 「魔術を教えてくれる場所はありますか?」

 「学校があるわ。私が話をつけてあげるからついてきて」


 と、女の子はテキパキとした早足で訓練場を出ていこうとする。案外親切な性格なのかもしれないと、セージは後に付き従った。

 中央道を過ぎ、エルフの里で最も高い塔の根本にそれはあった。

 現代日本なら戦前あたりまでごく普通に見られた木造りの二階建ての建物。美しく整えられた庭にはいくつか石造がポーズを決めて立ちつくし、エルフの民族衣装に加え耳覆いのついた帽子をかぶった子供たちが遊んでいる。

 セージは直観的にここが目的地なのだと悟った。

 庭を通り、道中子供たちに遊ぼう遊ぼうとせがまれながらも、正門から中に入る。

 造りはしっかりとしており、内装も現代日本のものと比較しても見劣りしないと感じた。校内は、木と草の甘い香りが強く漂っていた。

 廊下を歩いていけば、とある部屋に辿り着く。


 「待ってて」


女の子がドアを開いて中に入っていった。

 セージは、日本の場合だと横引き式なのにと感慨に耽っていた。

 数分後、女の子よりも先にドアを開いて姿を見せたのは、思慮深そうな黒髪の男性だった。外見年齢は30歳前後。鋭い目つきと狼のような細見が印象に残った。


 「君がそうですか。話は長老から仰せつかっています。望むまま教えましょう、何をお望みで?」

 「アネットさんってご存知ですか? 彼女に勝ちます」



 かくして、魔術の修行が開始されたのだった。


魔術の設定は適当です。ふにゃふにゃな意味の適当です。

イメージが世界を変化させるとでも覚えておけば問題ないです。

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