<13>出発の条件 (以降が小説家になろうに移行してからの新規)
こっからは新規分となります。
一話分書き上げたので投下しておきます。
セイジの漢字は想像でお願いします。
どのみちこの世界じゃ漢字なんて象形文字かなにかに見えないでしょうし。
『この手紙を読めるものが居たとしたら、きっと君は日本人なのだろう。
私はこの世界に突如として落とされた。
何故かは分からない。ふと気が付いたらこのエルフの里に私は居た。
周囲に尋ねてみると空から落ちてきたそうだが、さっぱり記憶にない。
エルフの人達は私の看病をしてくれた。
私はエルフに偏見があった。が、そんなことはない。彼ら彼女らは我々と何一つ変わり無い。
私は彼ら彼女らと過ごすうち、ここに骨を埋めることに決めた。』
少女は一枚目の紙から二枚目を捲ると、穴が空くほど見つめる。
決して達筆とはいえず、また保存状況も良好とは言い難かったが、それは確かに日本語だった。
『元々私は人生に絶望しており、命を捨ててもいいとすら考えていた。
だが、ここに来て考えが変わった。私はここの為に生きることを決めた。
薄情者なのは十分に承知している。元の世界を簡単に捨ててしまうのはどうかと。
しかし調べれば調べる程に元の世界への帰還は困難であると分かった。
私はエルフの女性を愛し、子を授かった。
私は確かに最期まで幸せだった。』
ページを捲る。呼吸すら忘れ、久しぶりの日本語に喜びを覚える暇も無く。
長老はその様子をじっと観察するだけで。
『これを読んでいる君に幾つか教えるべきことがある。
元の世界への帰還はいくつか方法があるが、どれも難しい。
一つ目は世界のどこかにあると言う秘宝で元の世界への帰還路を切り拓くこと。
だがその秘宝を扱えるのはごく一部の存在であり、これを読んでいる君がそれに該当していると考えるのは都合が良過ぎる。
二つ目はどこかの国が所有する高度な魔法技術だ。これは異世界に行くための箱舟を作り出すというらしいが詳細は分からない』
ぺらり。埃臭さが鼻をつく。眉間が熱くなるのを感じた。冷静さを見失ったときの焦燥に似ていた。
『最後になるが君は帰るかこの世界に住まうかの二択を選択するだろう。
既に死んだ私には君がどちらを選ぶかはわからない。
だが、もしこの世界に生きるというのなら、頼みを聞いてほしい。
エルフを、私が愛した彼らを守ってあげてくれないだろうか。
剣を取れ、人を殺せと強要はしない。
逃げるだけでもいいし隠れるのもいい。とにかく彼ら彼女らの平穏を守ってあげてほしい。
見ず知らずの変な耳をした違う世界の住民を温かく受け入れてくれたエルフ族にできる最後の恩返しとして君に頼みたい。
もちろん拒否するのもいい。それが君の人生なのだから。
私は筆を置こうと思う。
人間というのはたかが100年で死に至るのが残念だ。
あの世という世界に旅立とうと思う。
ファンタジーがあるならあの世もきっとあるだろう。
さようなら』
本はそれっきり白紙のみが連なっていた。
少女は本の表紙を凝視したまま固まった。
帰る手段が見つかったが、片方は望み薄。もう片方に至っては“どこかの国”“詳細は分からない”という頼りがいのある言葉が付け加えられている始末である。
長老に内容を伝え、どこかの国とはどこと尋ねてみた。
長老は落ちてきた人間は少女と同郷の者である可能性が極めて高い事実に驚いた様子であった。
「言い難いことになるが……該当する国が一つあった」
「……あるんですか!?」
興奮に走る少女を長老がなだめ、もう一度同じことを口にした。
「該当する国が一つ“あった”」
「…………ま、まさか」
「その通り。今から20年程前に宗教の名の元に侵略を受けて滅亡してしまった。彼らは勇敢に戦ったが……」
「でも! まだ術を使える人間は生き残ってるかもしれません!」
「ありえない。少数民族程の人口しかなかった彼らはことごとく拉致され貴重な技術はかの国が接収してしまった。風の便りによれば魔法陣は寸断され線の残骸と成り果て、神殿は石材として扱われたそうだ」
「そんな」
少女の表情が罅割れる。
絶望的ではないか。唯一の帰還の手立てが絶たれ、ひび割れが広がり、決壊しそうになる。帰れる場所が無くなったことへの悲しさが涙腺を緩める。
しかし、少女の頭に隕石が襲来したが如く、ひらめきが生まれた。
らしくなく長老の手を引っ掴むとぎゅっと握る。
「技術を接収と長老は仰いました。事の起こりが数十年も前なら解析が進んでいる可能性が高い………」
「止めておくのが賢明というものだ。かの国は強く、大きく、そして傲慢だ」
「俺にそれ以外に道はありません。村長、国の場所を教えてください。潜入します」
「……許可できない」
「お願いします!」
渋面を作る長老に対し、少女は頭を下げて懇願した。
文化上、頭を下げる行為が頼み込む行為とイコールで結ばれないエルフと言えど、必死にすがりつくように頭を下げて涙声になれば、意図することは分かる。
情けないと少女は自覚していた。みっともないと。だが、唯一の光を失うわけにはいかないのだ。第二の人生に引き擦り込んだあの神に復讐するにはこの手段しかない。
長老からしたら、少女の行動は度し難いものであったかもしれない。
まだ成長の途上の体では、道中行き倒れになる可能性が高い。
セージの心中は複雑である。帰りたい。でも帰ろうとすれば死ぬかもしれない。帰らなければ一生を虚しさとやり場のない憤りを抱えて生きていくことになる。
「どうせなら、セージ君。君が大きくなるまで待ってみてはどうかね。その頃になればかの国の技術解析も進むことだろうし、なにより君の経験と体格が旅路に適したものになっているだろう」
「駄目なんです! ずっと、こんないい人ばっかりの場所に住んでいたら、離れたくなくなるから! 今すぐにでも発たないと、進めなくなってしまうから!」
そういうことなのである。
エルフの里はみんな優しいし、和やかだし、穏やかな空気が流れる幻想的な場所であるからに、住めばずっと居ついてしまうことが目に見えたからである。
悪い意味ではない。いい意味である。いい意味で、離れられなくなるのだ。
長老は渋面を崩さない。
「私個人としては、君はここに居た方がいいと思っている。君は傷ついた。外の世界に行けば傷は増える一方だ。下手すれば殺されるか奴隷の扱いだ」
「どうしても許可がいただけないのなら、無理にでも脱出します」
「森の防御機能はなにも外部からの侵入者だけに働くものではない。特に君のように堂々と公言してしまった相手にはな…………いいだろう、許そう」
いよいよやけくそな口調になり始めたセージを、長老はため息をつくと、肩を叩いて諌め、そして頷いた。
長老は手をぽんぽん打って見せた。
「条件が一つある。アネットに試合で勝つことだ。彼女に勝利できるのなら、最低限の自衛ができるとみなし、里の外への道を開こう。勝てないのなら、少し待ちなさい。大きくなるまで」
セージは、かの国というのが初めて殺害した兵士の母国であると後に知った。
次話は比較的早く仕上がるかと。